「魔法の森の近くとは……?場所的にはどこら辺なのですか?」
「そうだね……少し抽象的な答えだけど。人と妖怪の生息圏のちょうど中間、かな?」
使えるかもしれない。
「危なくはないのですか?そんな曖昧な場所じゃ、特に夜とか」
「僕は、半分妖怪だから。ある程度はね」
笑顔と、人当たりの良い物腰を交えながら。○○が、朗らかに会話できるように仕組みながら。
霖之助は、○○の利用方法について思案を重ねていた。
「ああ、慧音先生と同じなんですか」
「それに関しては……知ってはいるんだ。里での暮らしは、どうだい?」
その下準備として。一体、この○○と言う男が。どれくらい、この世界の事を知っているのか。
それを計ろうとしていた。
「里ですか?お恥ずかしい事かもしれませんが……まだ何も分かっていないんですよ」
「何も?」
○○は、霖之助の思う以上に朗らかな顔をしていた。気楽な顔に、霖之助の眉根が少し硬くなる。
○○の映し出すその顔は、霖之助のように作っている物でないという事は。作り続けている霖之助自身が一番よくわかっていた。
「ええ、慧音先生の手伝いをしていまして。全部の授業ですから、基本的に朝から夕方まで」
「そう。じゃあ、誰かと喋る時間ってのは……」
「ええ。少ないですね」
恥ずかしそうな顔をする○○。霖之助は心中でそんな顔が出来る○○を思いっきり、哀れに思っていた。
少ないんじゃなくて、少なくさせられているんだ。最も、それにすら気づけるような材料を。上白沢慧音が与えているとも思わなかったが。
「楽しい?上白沢慧音と、寺子屋で働くのは」
「ええ、とっても」
「そう、それは良かった」
質問を重ねながら。霖之助は○○が持っている、上白沢慧音に対する好意を計っていた。
「上白沢慧音の事は……どう思う?」
「え……そうですねぇ」
霖之助は、じっと○○の表情の変化に注目していた。
慧音の事を質問に出されると、○○は明らかに返答に困っていた。
「質問を少し変えようか。子供達の相手をする上白沢慧音は、どう思う?」
「そりゃ。立派なお手本ですよ」
「授業以外の時は、どんな話をしてる?彼女の人となりとか、どう感じてる?」
「うーん……そうですね」
○○が、上白沢慧音と言う人物をどう思うか。そう捉える事の出来る質問だと、○○は途端に答えに詰まる。
十分すぎる反応だった。気になる女性の事を敢えて考えないようにしている。
霖之助の観察眼は、○○の反応をそう結論付けた。
これ以上は、聞き出す必要がない。あとは、○○が答えやすそうな質問を繰り返して。○○の中の印象を良くするだけで構わなかった。
「じゃあ、寺子屋で助手をする切っ掛けは?」
「お手玉をしてる子供たちと、上手くやってたら。慧音先生が、うちで働かないかと。相性も良いみたいだからって」
「へぇ……上白沢慧音の方から」
意外だった。てっきり、厄介物をひとまとめにする為に。里の方から、寺子屋の仕事をあてがわれたのかと思っていたが。
まさか、それより先に上白沢慧音の方から声をかけていたとは。
これは存外、○○と言う男は。想像以上に、使える存在かもしれない。
「そう……向こうから、声をかけてきたんだ。へぇ……」
ニヤ付き顔がが止まらなかった。この○○と言う人物が、上白沢慧音の心を揺さぶる為の。想像以上の逸材だったから。
「あの……霖之助さん?」
下世話に笑う霖之助に、○○も少々身構えるが。
やはり慧音が○○を寺子屋と言う、ある種の無菌室に仕舞い込んでいたせいか。
その身構え方も、なっちゃいなかった。
まだ笑顔で相手を射殺す事を知らなかった自分は、こんな身構え方絶対にしなかった。
本当に、ぬるい世界で生きているのだなと。おまけに、保護者である上白沢慧音はどう考えても○○より長く生きる。
つまりは、仮にこのまま膠着状態が続いても。○○は、ぬるい世界だけしか知らない状態で鬼籍に入れる。
少し、イラッとしたが……それ以上に。
里が、完全なよそ者である○○を、一気に追い込めない。○○が被るはずの心労を、全て上白沢慧音が引き受けている。
この点に、霖之助は一つの光明を見出した気がした……無論その光明とは、里との和解などでは断じてなかった。
里を追い込むための光明。これ以外の可能性を、霖之助が探すはずがなかった。
「森近霖之助さん!」
霖之助の後ろから、誰かが鋭い声をかけてきた。
「おや……鈴仙さんじゃないですか。何か僕に御用ですか?」
「…………ッ」
その鋭い声の主は、鈴仙だった。鈴仙は、霖之助の近くにいる○○の姿を見て背筋が凍った。
その上、○○がいると言う事は。鈴仙が、霖之助を追い出す為に。強硬手段が取れないことを意味していた。
○○に怪しまれないように、霖之助の帰宅を促すしかなかった。
しかし、その方法ではどうしても時間がかかる。その間に、霖之助はまた二言三言ぐらい、○○の心に自分を巣食わせかねないし。
森近霖之助ならば、十分可能だ。
「霖之助さん、そろそろ帰らなければ。魔法の森は、ここから割と遠いですよ?」
「えっ……そうなんですか?」
鈴仙の促しに、声を上げたのは霖之助ではなく○○だった。
不味った!○○に怪しまれないように作っている笑顔の裏で、鈴仙は頭を抱えた。
霖之助の帰りが遅くなると言う事で。霖之助と話し込んだ事に対して、○○の方が申し訳なさを感じてしまったのだ。
話し込むように仕組んだのは、他ならぬ霖之助の癖にだ。
「ああ……すいません、霖之助さん。予定も聞かずに、ずっと喋ってしまって」
「ははは、気にしなくて良いよ。質問を続けたのは僕だから」
何か、○○の自責の念を軽くする言葉を……鈴仙は、それを必死で探していた。
「ふふふ……霖之助さんったら……相変わらず、お喋りが好きなんですね」
「古道具屋だからね。その上、よく分からない骨董品が主だから。客が来ても、売買よりも話す方が多いから」
「まぁ……そんな開店休業状態だから、正直暇なんだ。買わなくても良いから、○○君も良かったら来なよ。お茶ぐらいは出せるから」
必死でひねくり出した、鈴仙が紡いだ言葉だが。霖之助は、それを簡単に受け流して、また○○との親睦を深めてしまった。
「ええ、いつか必ず」
鈴仙の作り笑顔。その口角の端が、ヒクヒクと痙攣をおこし始めた。
この状態では、何か良い返し言葉が見つかっても。流暢に話す事が難しかった。
「じゃあ……僕はそろそろ帰路に付こうか。鈴仙さん、八意先生に宜しくと伝えてください」
「え……ええ」
間々ならない鈴仙をあざ笑うかのように。霖之助には、鈴仙の方に笑顔で向き直り。
鈴仙の存在を、霖之助の追立役ではなく。見送り役に仕立てる余裕があった。
残念ながら、ここまでされては。鈴仙は短く返答をするしかなかった。
「じゃあ……さようなら…………」
「○○さん。もう大丈夫なので、中に入りましょう。外は冷えますので」
「あ、そうだー!○○くーん!」
霖之助が背中を見せた事で安心しきったのが不味かった。
ここは嘘でも良いから、慧音が○○をうわ言で呼んでいると伝えて。○○にはあわてて永遠亭の中に入って貰うべきだった。
最も、そちらの方が良いと思う事が出来たのは。霖之助が少し遠い場所で、○○の名前を呼んだ時だった。
「上白沢慧音はぁ!○○君、君の事が好きだよ!!」
なので、ただの結果論。盛大な後出しじゃんけんでしかなかった。
「大丈夫!君も、悪い風には思っていないんだろう!?慧音先生の事を!」
最後に「応援しているよ!」と言う風に。内面を知る者からしたら、不気味なほどに爽やかに手を振りながら、霖之助は帰路に付いた。
恐る恐る、鈴仙は○○の方を見やった。
明らかに、照れている。その表情の感じは、確か鈴仙がいつかの時。
てゐから「師匠の事、好きなんでしょ」と、悪戯っぽく言われた時の反応と。よく似ていた。
「あらあら…………可愛い顔しているわね」
どうすれば良いのか。鈴仙は、自分の思考内容が整理できないでいると。幸いな事に、師である八意永琳が来てくれた。
「○○。慧音の所に行ってあげて」
「ッ!何か、あったんですか?」
「体の方は、特には。でも、うわ言で貴方の事を呼んでいる。近くにいれば、安心するわ」
「分かりました!」
永琳の言葉を聞いて、○○は急いで永遠亭の中に入っていった。
「さっき、慧音を寝かせていた処置室と同じ場所だから!」
走り去っていく○○の後ろ姿に声をかけると。○○は「はい!」と、緊迫した声で返事を返した。
霖之助の想像通り。上白沢慧音は、○○にとって。もうただの同僚ではなくなっている、確かな証拠だった。
「不味いわね」
○○の背中が完全に見えなくなると。永琳は、一気に声の調子を落とした。
その声の調子は、戦う時の声だった。
「鈴仙。森近霖之助に、釘を刺さなければいけないわ」
「……はい。申し訳ありません、師匠」
「いえ……私が出るべきだったわ。慧音が少し暴れたぐらいなら最悪、薬と縄でどうにかするべきだった」
慧音に対する、不用意な投薬と縛り付けることによる生傷を。永琳が嫌がったツケにしては、余りにも大きかった。
「鈴仙。藤原妹紅の所に言伝を頼むわ」
「はい……何と伝えれば」
「一言で良いわ。余り、慧音の周りで暗躍するなと。それで十分よ……行って」
返事の代わりに、鈴仙はお辞儀をした。
そして、くるりと。永琳に背を向けたかと思えば、全力で走りだした。
最終更新:2013年09月15日 23:48