羅生門にて

 ある日、そう何でもない普通の日のことだったのだが、その日もいつもの様に○○は人里の外の畑に
出かけたのであるが、秋の長雨が終わった日々には相応しくなく、帰り道に大雨に見舞われてしまっていた。
辺りはやや薄暗く成りつつあるも、こう雨に降られては敵うまい。○○は暫くの雨宿りの積りで人里の外と内を隔てる門に入った。

 薄暗い建物の中は何だか不気味に思えた。電灯が点いていない幻想郷特有の雰囲気や、雨がシトシトと降り注ぐ音だけでは無く
-後で○○は分かるのであるが-薄らと入り口に漂う臭いが○○の感覚や或いは本能に訴えていたのかも知れない。
 ○○は一先ず入り口で半時ばかり雨を凌ぐ積りであったのであるが、門の奥より僅かな音、それも生き物が活動する時に立てる様
な不規則な音が聞こえてきた。そういえば最近近所の子供が、門の近くで妖怪を見つけたと盛んに喋っていたことを思い出し、○○
は背筋がブルリと背中に氷を押しつけられたみたいにゾクリとした寒気を感じた。

 ○○は唯の一般人であり赤白や白黒の様な力は使えない唯の人であるので、いくら低級とは言っても妖怪なんぞに襲いかかられては
一溜まりもない。しかし雨は依然として降り続いており、しかも少し強くなってきた 様である。このまま雨に濡れて帰り色男ならぬ
風邪男と成るのは避けたいものであったので、○○は思い切って門の中を覗いて見ることにした。
 雨宿りの最中に背中からガブリとやられるよりは、真っ正面から襲われた方がまだマシという理屈である。

 門の階段を上り薄暗い二階に上がる。臭いが何やら強くなってくるのを感じながら夕闇の中に眼を凝らすと、そこには人の姿があった。
 人ひとヒト-元ヒト。そこに有ったのは人間の死体であった。恐らくは葬式をあげる金すら無かったのであろう、襤褸切れを着た人間
の死体が無造作に放り捨てられていた。表に見える長閑な人里の綺麗な風景の裏にある、闇の様な物を見た○○は思わず仰け反ってしまった
が、視界の端でガサリと動く物を見つけた。
 其方に眼をやると死体と同じ様な継ぎ接ぎだらけの布を身につけた、少女が蹲っているのが目に入った。○○は手に鍬を取り構えなが
ら、怪しい少女に声を掛ける。

「おい、お前さん、こんな所で何しているんだ。」
「い、いえ、別に…。」
あくまでも言葉を濁そうとする少女に、○○は鍬の刃先を突きつけて脅すように質問をする。
「唯の子供がこんな所で何もしない訳無いだろ。さてはお前、妖怪か。」
流石に首元に刃を突きつけられては降参なのだろう、少女は○○に答えを返す。
「此処には皆死体を捨てて行くんだよ。だから、その死体からお零れを頂いていたって訳さ。」
「葬式を出す金も無いのに、金目の物なんてあるのか……あっ。」

 ある事を思い出した○○は、少女が後ろ手にしている右手を引っ張り出そうとする。少女の方でもさせじと頑強に抵抗するが、大人の男
と少女の力では勝負は直ぐについてしまう。拒む少女の背中より引きずり出した右手の握り拳が其程大きくない事に気づいた○○は、少女
の背中に無遠慮に手を廻す。無い、ならばとばかりに懐に手を突っ込む。羞恥心から暴れる少女を押さえつけ、○○は懐より財布を取り
出した。目の前の少女に似合わない程の豪華な財布は、外見に似合った金銭を中に貯め込んでいるようである。
「六文銭で大分稼いでいる様だな。」
「悪いかよ。生きる為にしているんだよ。」
-六文銭が無くっても、私のお経で無事に送り届いているさ-と言い訳をする少女と自分の手元にある財布を見比べていると、不意に○○の
心に正体不明の感情が湧き上がってきた。

「なあ、お前。」
「何だよ、早く返しておくれよ。」
恥ずかしさを隠すように手を伸ばす少女に、○○は財布では無く拳を返した。
「悪いな、俺も生きる為にこうするよ。」
そして門の階段を降りて夜の闇に消えようとした○○の背後から、鮮やかな尻尾が四肢に絡みつく。暴れる○○を物ともせずに二階に引き
戻した少女は、襤褸ではなく黒いワンピースを身に纏っていた。
「悪いね。私も妖怪として生きる為に、アンタを浚わせて貰うよ。」
「化け物め。巫女に退治されてしまえ。」
全身を絡めとられながら悪態をつく○○に、少女は答える。
「残念、他人の物を取ろうとした悪い○○は、逆に取られても仕方ないよね。」
「…。」
「大丈夫、食べたりはしないから。ただ、人間じゃなくなっちゃうけど。ウフフ。良いよね。」
「そんなの巫女が許さないぞ!あの妖怪の様に頭を割られて死んじまえ!」
「そんな巫女に頼っても残ねーん! ○○は命蓮寺で敬虔な信者に生まれ変わるのでーす!! ウヒャヒャ!ヒャハハッ!!」

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最終更新:2017年02月06日 22:02