◆Dreamy Sweet Night sideドレミ―

『 孤独 』とはソレを悪くとらえなければ別段害のないものである。

夢の支配者であるこの私、ドレミ―・スイートもかつては孤独感などというものを感じたことはなかったし、誰のともつかない夢の中をひとりさまよう事も、私にとってはただ当たり前のことでしかなかった。
いや、‘はじめからそうであった’からこそ、孤独というものを何とも感じなかったのだ。
しかし、いつもでもそうとはいかなかった。

事の始まりは‘あの騒動’までさかのぼる――

元々、外部からの侵略者によって月の平穏は定期的に脅かされていたのだが、
そのたびに月の為政者によって水際で防がれていた。
それ故に月に住む者たちの殆どが襲撃に気付きすらせず、毎日変わらないルーチンで生活をしていた。
しかし、そのときばかりはいつもとは違った。侵略者が月面を穢れ、すなわち生命力溢れる妖精たちで満たしたのだ。それも元から月に居た只の妖精が増えただけでなく、特に穢れを極めた者が大量の妖精達を扇動していた。
これには月の為政者もなすすべがなく、知り合い――稀神サグメを通して私に声がかかったのだ。
有効な策が‘現れる’まで都を全面凍結することで外からの脅威を遮断し、その間は月の住人を夢の中の仮初の都に避難させておくというものであり、しかもほんの数名を除いて極秘裏に行わなければならなかった。
中々狂気じみた話だが、逆をいえばそれ以外に手段がなかったということなのだろう。
昔の好とはいえ、協力した私も大概ではあるのだが。

そんなわけで奇妙な‘ふたりぼっち’の生活が始まることとなった。

彼女――稀神サグメはその能力のこともあり普段から口数が少ないのだが、なにも考慮する必要のない‘夢の中’では普段の抑圧もあってか饒舌になるのであった。

『――というわけのなの。結局私一人がこの騒動のかじ取りと終息までの指揮をとらないといけないの。まったくもってストレスフルな生活だわ。あぁ、兎たちは今この瞬間も仮初の都で普段通り暮らしているのでしょうね。私を差し置いて、なにも疑わず呑気なものだわ。
……ちょっと、ねぇ、ドレミ―?聞いているの?』
「はいはい、きいていますよ、サグメ様」

『ここでは敬語も敬称もいらないって言ったでしょう?』
「あぁ、そう言えばそんなことも言っていたような、いないような」

『いいえ、言ったわ。昨日の晩にも。そこだけははっきりとおぼえているもの』
「ウフフ…それは失礼。でも貴女にちゃんとした言葉遣いをしていないと、これが終息したときに‘うっかり’してしまうかもしれないわ?」

『私は一向に構わないのだけれど…あぁ、もうこんな時間。貴女と話していると時間の経過が早く感じるわね。起きれば退屈ながらも平穏とは程遠い現実へと戻らなければいけない』
「事態を見守る大事な仕事でしょう?」

『そうではない。一人で誰一人居ない凍り付いた都を眺めるだけの仕事ね』
「ではそのことについて、次の夢でお話しましょう。さぁ、横になって?今はゆっくりとお休みなさい」

「あなたの槐安は今作られる」


夢の中で彼女と談笑し、時間が来れば休ませる。
毎晩、このようなやり取りを繰り返すのだ。こんな単純なことでも私は楽しかったし、誰ともつかぬ夢をかわるがわる見張るよりは彼女と話している方が気分がいい。

私はもしかすると、凍り付いた都にただ一人残された彼女の姿と、夢の中を一人さまよう私の姿を重ねるようになっていたのかもしれない。

そうこうしているうちに、半年間が経過した。してしまった。


――――
――

『――というわけのなの。ええ、ようやく、ようやく解放されるんだわ』
「それはよかったわね」

『ええ、ほんとに。あぁ、ありがとね、ドレミ―。半年間おつかれさま』
「ウフフ…どういたしまして。でも半分趣味みたいなものだから」

『それは羨ましいわね。私なんてこれから兎に起こされ兎に囲まれる生活が再開するだけなのだから』
「…そう。ンフフ…騒がしくてよさそうね」


澄み渡った水面に波を起こすのに難しいことは必要ない。
ただそこに、一つの小石を投げ込めばよいだけなのだ。
そう、それはとても単純な事


サグメには迎える者がいた
私には迎えるものがいなかった


たった、それだけのことである。
それだけのことなのに、あぁ、私は初めて「 孤独 」を意識してしまった。

まとわりつくソレを意識から振り払おうとすればするほど、体に絡みついて離れなくなる。
雪だるま式に大きくなり、穏やかにこころを蝕む。
膨らみ続けるソレが限界に達したとき、私はついに行動を起こした。


夢の中では何にでもなれる。ソレに気が付いたものが、決して悪用しないように、そのために私は夢を監視しているのだ。
故に他人の夢に入り込んだり、あるいは外側から誘導したりといったことは珍しいことでもない。
当然、私がその立場を使わないわけがなかった。
ただ夢に入るだけでなく、接触をする。
適当に選んだ夢の中、私が立っている場所は小さな丘の上、一本の大きな木の下。
たまたまそこにいた一人の人間に話しかけることにした。ソレが○○さんだった。


「こんにちは、人間さん」
『こんにちは、ええと…妖精さん?』

「ンフフ…残念ながら少し違います。でも大体合っている…かもしれません」
「あぁ、失礼。私はドレミ―・スイートというものです」
『ドレミ―さん、ですね。私は○○といいます』
「○○さん、良い名前ですね。ええ、とっても」

自己紹介から始まった他愛もない会話だが、私の孤独感を癒すには十分すぎるほどである。
それから私は○○さんの夢を頻繁に訪れた。そして始まりは決まってこの木の下だった。


――――

「こんにちは、人間さん」
『こんにちは、ええと…妖精さん?』

「ンフフ…残念ながら少し違います。でも大体合っている…かもしれません」
「あぁ、失礼。私はドレミ―・スイートというものです」
『ドレミ―さん、ですね。私は○○といいます』
「○○さん、良い名前ですね。ええ、とっても」

夢、とは現を生きる者の妄想などではなく、現を生きる者が寝ている間だけ存在できる現実の世界である。
しかし、生きるべき世界が現であることにはなんの変わりもない。したがって元々知り合い、
あるいは余程強い想いがない限り、仮初の現実――すなわち夢の記憶を鮮明に保存することは叶わない。
夢でみた冒険は、覚めれば忘却の彼方へと置き去られてしまう。

でもそれは現を生きてゆく者のためのシステムなのだ
決して、『夢に現をぬかさない』ように、そのために。

だから毎度結末は違えど、始まりは必ず同じ。
この木の下から始まる。いつも初対面から始まる。
初めのころはそれでも癒された。けれども○○さんを知るにつれて、だんだん物足りなさを感じるようになっていった。

私はあなたのことを覚えているのに、あなたは私のことを忘れてしまう。

孤独がわずかに癒されてもこの矛盾が消えない限り、私の心の安寧は訪れないだろう。
そのためにはあの人の記憶に強く残らなければいけない。

だから○○さんには悪夢を見せた。そう、何度も。
そして悪夢にもがくあなたを救い出すのはこの私、夢の支配者ドレミ―・スイート。
あぁ、なんて卑しいのでしょう。でも救いを求めるあなたがとても愛おしい。

あなたからすれば何の前触れもなく、突然のことだったでしょう。
数週間立て続けに、しかも妙に生々しくて現実と夢の区別がつかないほどの悪夢をみるのだ。

夢の中では‘夢’だと気付けない。いや、気付かせない。

そんな事を続けたある日のこと――

――――
――

夜空みたいに深く青い私の髪。
サンタクロースのように真っ赤なナイトキャップ
白と黒の玉がついている、白と黒の服。
手には本と夢魂。○○さんにはどう映るのだろうか。
妖精?悪魔?それとも獏?
あぁ、そんなことより‘今日も’挨拶しなくては

「こんばんは、○○さん」
『あなたは誰?ここは?どうして私の名前を知っているのですか?』

こんなやり取りを何回繰り返したのだろう。私が‘いつも通り’の挨拶をすると、
○○さんもまた‘いつも通り’の返答をしてくれた
○○さんは私を知らない。でも私はあなたを知っている。

「ああ、随分とせっかちなのですね。夢の中だというのに」
『夢…ですか?』
「そうですとも。ここは夢の中ですよ。…今日は怖い夢、見なかったみたいですね」
『ええ、そうみたいで……えっ…?』


なぜ知っているのだろう、という顔だ。ああ、きっとこう思っているに違いない
‘初対面なのになぜ’‘誰にも話していないのになぜ’ってね。

「フフフ…困惑していらっしゃるみたいで」
「私はドレミー・スイート。夢の番人、とでも言いましょうかね…あぁどうなんでしょう…フフ」

私はあなたの夢にずっといたのだから、あなたのことはよく知っている。
そして悪夢を見せているのは私なのだから、当然それも知っている。

『それなら私が怖い夢を見ないように何かしてくださいよ』

目の前にいるのが夢の番人と知れば、当然そうも言いたくなるだろう。
悪夢を払拭すべく、懇願するような視線が私に向けられる。

「そうしてあげたいところは山々なのですが、そういうわけにもいきません」
『どうしてですか?』
「色々あるのです。あなたには説明できない事情が、ね」

そう、とてもではないけどこんなあさましい理由を言うわけにはいかない。
でも○○さんは私の言葉を聞いて非常に落ち込んでしまった。
ああ、どうしよう。やっぱりもっと慎重に答えるべきだったのだろうか。
それともうそをついてごまかした方がよかったのだろうか。あぁ、どうしよう…

私がどうしたものかとおろおろしながら顔を上げると、○○さんはくすくすと笑っていた。
絶望して壊れてしまったのだろうか?ああ、それは困る。

「あの…○○さん?大丈夫ですか?」
『あっ…いえ、すみません。‘まともな夢’を見たのは久々なのでつい…』

ああ…なるほど。そういうことだったのか。
いけない、いけない。つい早とちりをしてしまった。次はもっと冷静に見極めないと。
自分の行動を反省しながら○○さんに告げる。

「…フフ、そうでしたか。楽しんで頂けたのなら幸いです」
「ですが、時間です」

ぱちんと指を鳴らすと、ゆっくりと○○さんの姿が溶け始める。

「明けない夜はありません、少なくとも今は。ですから今回はこのままお別れです」

そう、少なくとも今はね。

「ではまた…ンフフ…次もよい夢を」

あぁ、次はどんなゆめをみせてあげよう。


―――――

見せる夢は決まっている。悪夢だ。
いきなり強烈なものを見せたらショックで死ぬか廃人になってしまう。
だから毎日少しずつ、ゆっくり、ゆっくりと恐怖の度合いを上げていくのだ。

頻度も増やす。夜でも、昼寝でも、たった数分の転寝でさえも。
ええ、寝ている時間は貴重だもの。

でも普通の人間ならば、そんな悪夢が続くことに到底耐えられないだろう。
やがては眠ることが恐ろしくなり、徐々に睡眠に費やす時間が減っていく。
だが人間は眠らなければ生きてはゆけない。
ゆっくりと腐り落ちるように疲弊してゆき、ついには屍人とそう大差ないほどやつれてしまう。

量は正確に。タイミングを誤ってはいけない。お薬と同じなのだ。
だが今日に限っては少し様子が異なる。
私は確かに悪夢を見せたはずだが、いざ夢の中に入ってみればどうだろう。
枝葉の間からは暖かい木漏れ日が降り注ぎ、時折小鳥のさえずりが聞こえてくるではないか。
ああ、なんてここちよいのだろう。こんなのは悪夢ではない。

恐怖などとは無縁の空間。いったいどうしたというのか。

どうしたもこうしたもあるものか。外的要因がなければこんなことにはなっていない。

○○さんはといえば動物たちに気を取られている。

と、こんなところで考え込んでいても仕方ない。
原因は本人から聞くとして、早急に対応せねば。

そうだ、動物だ。○○さんはいま愛くるしい動物に注意が向いている。
そこを‘鍵穴’にしよう。
私は服についている白と黒の玉を外すと、宙へ放り投げた。

[ぺぽぺぽ ぺぽぺぽ]
[ぺぽぺぽ ぽぺぺぽ]

ソレは白と黒の鳥となり、奇妙な鳴き声を発しながら森の中へと溶けていった。

ああ鳥たちよ、愛しいあの人を悪夢へと導け。

―――――
――


しばらくすると、それまでの安らぎなどまるで無かったかのように強烈な叫び声が聞こえてきた。
ああ、よかった。○○さんはちゃんと悪夢をみてくれている。
さぁ、私の出番だ。今回も○○さんを悪夢から救うのだ。

『いやだ!いやだ!助けて!助けて!』

声が聞こえる。愛しい人が助けを求める声が。
私はそれに応える。

「はい」

指をぱちん、と鳴らすと世界が白く溶け始めた。

ゆきましょうか、‘いつもの場所’へ――


視界が切り替わると、そこはいつもの場所。
小さな丘の上、大きな木の木陰に○○さんは横たわっていた。

「あぁ、こんなにやつれてしまって…かわいそうに」

誰でもなく私のせいなのだが。
○○さんの頭を自分の膝の上に乗せ、ゆっくりと撫でる。
ほんの少しの罪悪感と今こうしている喜びをかみしめながら。
しばらくすると、○○さんが目を覚ました。

「随分と魘されていましたね」
『あ…ぁ…』


聞き覚えのある声は随分とやつれてしまっている。
でもいまからいっぱい癒してあげますからね。あぁ、その前に初対面の挨拶をしなければ。

「安心してください。こわいゆめは私が処理しました。あなたは槐安は守られたのです」

今から自分の名を告げようとした、まさにその時だった。

ドレミーさん…』
「――」

突然自分の名を呼ばれた。誰に?○○さんに?ドレミ―って?私の名前?
完全に思考が停止し、固まってしまった。覚えていてくれた。
私の名前をついに○○さんの記憶に残したのだ。
一瞬の遅れを伴ってようやく言葉を紡ぐ。

「……覚えて頂けていたのですね。うれしい限りです」

あぁ、いけない、いけない。顔が緩んでしまう。だらしない顔がみられてしまう。
ああ、でも内側から湧き上がってくる感情を抑えられない。


何か変なことを口走ってしまう前に、気になっていたことを聞くことにした。

「そう言えば、○○さん。あなたは今催眠療法のようなものを受けていたりしませんか?」
『いえ…そんなことはありませんが…』
「そうですか…ふむ…」

となると、原因はなんだろうか。自然に発生した夢ではないことだけは確かだ。
明らかに外力を受けている。するとそれは一体――

『あの…なにか…』

考え事は○○さんの声によって遮断されてしまった。
だがやはり、本人の口からきいた方が早いだろう。

「…あっ、いえ。実はあなたがさっきまで見ていた悪夢についてです」

どうやら○○さんはさっきまでの夢を反芻し始めたようだった。
いけない、今は安らぎの時間なのだ。私といるこの瞬間に恐怖はいらない。


「ああ、思い出さなくて結構です。大部分は処理しましたが、残滓を無理に思い出そうとすると記憶に定着してしまいますよ?」
「そうなれば今度は現世でも‘見えて’しまいます」

この言葉が効いたのか、○○さんは考えるのをやめたようだった。
それを見計らって話を切り出す。

「で、その悪夢なのですが、強制的に誘導されたような夢だったんです。特に、楽しいと感じる方向へ…ええ。なにか心当たりは?」
『それは…』

○○さんはしばらく考え込んだが、やがて口を開いた。

‘胡蝶夢丸’
‘見たい夢をみる薬’

他にも薬売りがどうとか言っていたが、それだけ聞けば十分だった。

「…なるほど、それのせいか…」

そんな薬があったとは。さしずめ‘あの人’が作った薬だろう。
その知識と技術に対し素直に感心したところで○○さんに告げた。

「わかりました。では○○さん、その丸薬を飲むのはこれっきりにしてください」
『そんな…!そうしたらまた悪夢が!』

胡蝶夢丸は一縷の望み、とでも言いたげな顔をしている。
それもそうだろう。連日の悪夢を断ち切る唯一無二の手段なのだ。○○さんにとっては。

『もうあの恐怖はいやなんです…怖い…いやだ…あの薬だけが頼りなんです…』

弱々しい声でそう言いながら、○○さんはとうとう泣き出してしまった。
ああ、かわいそうな○○さん。わたしのせいでこんなふうになってしまった。

でも安心してくださいね。苦しめた分、いや、それ以上に安らぎを与えてあげますからね。

「大丈夫ですよ、○○さん。わたしがいますから」
「こわいものは、ぜんぶ私が除いてあげますから」
「だから、お薬なんてやめてしまいましょう」
「大丈夫、ずうっとわたしが見守ってあげますから、ね?」

ああ、愛しいひと。私の胸の中で泣いてくださいね。私が受け止めてあげますからね。

私は○○さんが泣き止むまでずっと抱きしめていた。
溢れる思いが顔に出そうになるのを必死にこらえながら、ずっと。


――――
――

「もう、大丈夫ですか?」
『…はい…ごめんなさい…』

よかった、すっかり落ち着いたようだ。

「…もう、起きる時間ですよ?」
『……』
「怖いのですか?」
『…はい』

起きればまた寝る時がきてしまう。そうすればきっと悪夢を見てしまう。
それを恐れているのだろう。
でも心配はいらない。すべて私の手の上のことだもの。

「もし怖い夢に入ってしまったら私の名前を呼んでください」
「たとえ白昼夢であったとしても、私が駆け付けます」
『でも…覚えていられるか…』
「大丈夫ですよ。あなたは私の名前を覚えていた。間違いなくできます」

○○さんの記憶にはとうとう私の名が刻まれた。夢から覚めても問題はない。
ならば気持ちよく朝を迎えてもらおう。

「さぁ、ゆきなさい」
『…はい!』

○○さんの強く芯のある返事を聞き届け、私は夢に幕を下した。

―――――

それからは○○さんが悪夢に遭遇する度、私の名を呼んだ。
私は応え、安らぎと安寧を与えた。
あるときは頭を撫で、あるときは抱きしめた。
毎日、毎日。

悪夢から逃れようとする○○さんも
やがては私を求めるようになり
とうとう悪夢など見せる必要もなくなって
そうして数か月が過ぎていった。

――――
――

「また会いましたね。○○さん」
『またきました、ドレミーさん』

他愛もない会話を紡ぎ、共に過ごす。
どうしようもなくしあわせで、かけがえのない時間。

『私は思うんです、こうしてドレミーさんとお話している時がとっても楽しいんです』
『そして、唯一安らぎを感じるんです』
「そうですか。それはそれはよかった」

○○さんからでた言葉は完全に私を受け入れてくれたものだった。
なんて心地よく、暖かい言葉なのだろう。
だが、少々危険な領域に達している。ならば――


「ですがこれ以上はよろしくありません」

案の定、というべきか目を丸くして驚いている。

『…なぜ?』
「夢は現実以上に精神を侵します」
「あなたも分かっているのでしょう?眠っている時間がどんどん長くなっている事に」

○○さんは明らかに起きている時間がどんどん短くなっている。
生命の維持に必要な行為に費やす時間以外はほとんどすべて寝ているようなものだろう。
それゆえ、私が今言った言葉は警告。
私は夢の中であなたに会えれば十分なのだ。命まで取ろうとしているわけではない。

「このままだと貴方は二度と現世に戻れなくなりますよ」

上の空…というか固まっている。ああ、まずい。無理やり夢を切らねば。

「それでも良いなら、ずっとここにいさせてあげますけれど…どうします? 」

甘言という名の警告。そして時間稼ぎ。もう少しで準備ができる。
私は後ろ手に本を開き、夢を強制的に終了させる所定の文言を書き込む。

『ドレミーさん!わた―――』

○○さんがそう言いかけた瞬間、準備は完了した。
私は勢いよく本を閉じ、告げる。時間切れだ。

「そんな事を言っている間に起きる時間になりましたよ。ああ、今回もお別れの時間ですね」
「今回は一体何時間……いえ、何日間眠っていたのでしょうね」
「でもどうか安心してください。ここで起きればもう二度と私に会う事はないでしょう」
「さすれば貴方は日常へと戻ることができるでしょう」

警告と軽い冗談のつもりだった。
夢とは甘く恐ろしい毒なのだ。
夢に現を抜かしてはいけない。

また体調が戻ってから――また『健全な』お付き合いをしましょう。
あなたが死んでしまったら私もこわれてしまうだろうし。
本当はずっと一緒にいたいけれど、そこは節度を守って我慢しなければならない。

「では、さようなら」

いつもの、ああ、名付けてドレ顔を向けながら別れを告げた。

『―――ッ!――っ!』

あぁ、そんなに抵抗しないで、また会えますから。

「現実に未練はないのですか?」
「無理やり来てはいけませんよ?」
「それ以上は…ああ、切れてしまいます」

みしみしと千切れそうなロープが軋むような嫌な音がする。まずい、本格的にまずい。切れる。切れ――

『ドレミーさんとずっと一緒にいたいから!!!!!』


ああもう、なんでそうやって私の理性を粉砕するんですか。もう。我慢してたのに。
ンフフ…ンッフフフフっ
ああ、いやらしい笑みがこぼれてしまう。止めないといけないのに。

ぶちん、と嫌な音が響き、気が付くと○○さんの姿はなかった。

しまった、悦に浸っている間に本当に切れてしまったようだ。
そうなればややこしいことが待っている。
無数の夢の中から○○さんの夢魂を探さねばならない。
要は樹海から一寸法師を探せと言っているようなものだ。

ああ、でもそんな面倒ごとでもソレがあなたならば愛おしい。宝探しをするようで只々愛おしい。
まっていてくださいね。いま、探しにゆきますから。

――――
――

暫く…どれくらいの時間かはわからないが、とにかく暫く経ってからのこと。
それなりに苦労をした結果、ようやく○○さんの夢魂を見つけた。

『――――こわい!!どれみーさんたすけて!!!』
「ああ、こんなところにいたんですか」

ふよふよと漂っているピンク玉を手に取って話しかける。

「フフ…もう大丈夫ですよ。全てうまくいきました。さぁ、いきましょうか」


ふわふわ。ふわふわ。
とてもうれしそうな気持が伝わってくる。
それに触れると私も幸せになる。

――ふわふわ、ふわふわ。いっぱい、どれみーさん、しあわせ

「そうですか。ああ、それはよかったです」

――どれみーさんといっしょなら、わたしはいっぱいしあわせ
――ああ、どれみーさん、どれみーさん、すき。ああどれみーさん、だいすき

「フフ…私も好きですよ、○○さん。いえ、愛しています。こっちの方が正しい表現です」

ああ、どうしてこんなに素直に気持ちを伝えてくるのだろう。
もう鏡を見れないかもしれない。

――「どれみーさん。ああ、どれみーさん。しあわせ。わたしもあいしています。すき」

「これからもずっと一緒ですよ」

――どれみーさんと、ずっといっしょ。いっぱいしあわせ

私もしあわせですよ。

あぁ、もう夢しか見えない。

―――――
―――


○○さんは図らずも自らの意志で肉体を消滅させた。
戻るべき肉体を失った夢魂は二度と現世に戻ることは無い。
永遠に私と共にある。共にあり続ける。
そう、これでずうっと一緒にいられる。

           ドレミー ・ スイート ・ ナイト
「ようこそ。永遠の “ 夢みるような甘い夜 ” へ(ドレェ…)」

ああ、愛しいあなたと共に、永遠の春夢を。


ENDoremie

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最終更新:2017年05月28日 07:25