永琳女史の診察カルテ6 記憶喪失について

 その日やって来た患者は村に住んでいる男性一人と連れの女性であった。これだけならば
普段永琳が診察している十把一絡げのクランケと変わらないのであるが、女性の方が彼に
抱えられているのは他の患者と違う点であった。それも若い男女が時折結婚式場でする
ような-俗に言うお姫様だっこではなく、まるで赤ん坊を抱くように二十代の男性の方が、
恋人に相応の年齢である女性を抱きかかえ、引っ切り無しにあやしている様子はさながら
披露宴の後で開かれる二次会で(ややもすれば悪趣味な)出し物として披露される、お遊びの
ような印象すら受けるものであった。

 永琳は病状を確かめるために男性の方に話しかける。女性の方は喃語を喋ってばかりで
話が出来そうにないし、第一彼女の事は良く知っている。

『今日は霧雨さんのことでお見えになられましたか。』
「ええ、彼女のことなんですけれども、実は記憶喪失になってしまっていて。」

『記憶喪失ですか。』
「ええ、その記憶喪失でして、ショックのあまり自分が赤ん坊と思っているようで、このような様子に。」

 患者は、退行を起こしていると言いたいのであろう。一先ずショックの原因を伺って
みることとする。

『ショックとは一体どういった物ですか?』
「実は、以前魔理沙とは付き合っていたんですけれど…。」

『交際されていたが…?』
「二週間程前に別れようって言ったら、ショックだったみたいで、こう、なってしまって。」

『二週間程ずっとこのままなんですか?』
「ええ、といっても僕が世話をしたのは十日程ですが。」

『他の人が世話をされていたのですか?』
「僕の家に魔理沙の友人とか言う人が魔理沙を連れてきまして。それで僕は初めて知りまして。ほ、本当です!まさか、こんな事になるなんて、思ってもいませんでした!」

 男性のこの慌てように、永琳は何か急激な変化を感じた。もう少し男性から状況を探る事とする。

『何か彼女が思い詰めることがあったのですか?』
「いえ、とんでもない!そ、そんな濡れ衣です!あんな女が言った事なんて嘘っぱちです!」

椅子から立ち上がって永琳に詰め寄る男性を、優曇華が制止して椅子に座らせる。

『落ち着いて下さい。何があったのかゆっくりと話してみて下さい。』
「魔理沙には普通に別れようって言っただけなんです。それをあの女、「魔理沙がこうなったのは貴方の所為よ」って… 違うんです、単に重くて合わなくなっただけなんです。」

男性が混乱しているようであるので、治療のために原因の魔理沙と引き離すこととする。優曇華に男性を処置室に連れて行かせて、永琳自身が魔理沙の診察を行なうこととする。

1、栄養状態は良好、口腔内及び身体の異常は見られず、清潔な状態であった。
2、過去1年間の幻想郷での写真を視認させた際に、前頭野の血流の増加を認めた。
3、過去を年単位でさかのぼっていくと、それに反比例する様に前頭野の血流量は減少した。
4、体内での魔力の活発な循環を確認。



手際よく検査を終えた永琳は、天井をぼんやりと眺めている魔理沙に声を掛けた。

『魔理沙、いい加減起きなさい。』
「…。」

反応を示さない魔理沙に尚も話し掛ける。

『栄養状態も万全、歯も磨いている、おまけに魔力も活発に動いていたら、丸わかりよ。』
「…。」

『彼に入って来て貰って、てゐに貴方をひんむいてもらって診察させましょうか。』
「分かった分かった、降参だぜ。」


苦笑いしながら起きた魔理沙に、呆れたと言わんばかりの視線を向ける。

「しかし、バレないようにしたんだけどな。あいつに歯を磨かせてたんだけど、全然気づいていなかったし。」
『それなら、もっと不潔にしておきなさい。』

それは勘弁だぜ。」
『あと彼に随分、暗示を掛けていたじゃないの。かなりの情緒不安定よ。』

「時折お腹に手を当てて見せつけていたのが、効きすぎたみたいだ。」
『はいはい、それじゃいつ退院するの。』

「折角あいつを縛り付けれたんだから、入院で離ればなれにするのはないんじゃないか。まあ、二、三ヶ月居候したら徐々に戻していくぜ。」
『随分都合が良いのね。』
「褒め言葉として受け取っておくぜ。」

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最終更新:2017年02月07日 21:46