歯車

  一

 俺は今日も暇だったので、知人を訪ねてみることにした。
俺は和服の上に、手軽なバッグ、黒いマントを着て、妖怪の山の、草が生い茂った道を登っていった。
……この妖怪の山の住人に気に入られるのも随分ムヅかしかったナ……なんてことを考えながらトボトボ歩いていると、先程から薄く立ち込めていた霧がヒドクなってきた……。

 進むにつれて、霧から顔を覗かせるブナや樅の、青々した葉が時々俺の顔にピタリピタリくっ付いた。
俺は鬱陶しく思って葉を掻き分け掻き分け、霞の中を進むと、急にパッと視界が開けて、九天の滝へと着いた。

 俺はその雄大な情景を眺めながら昼飯でも食おうかと考え、滝の飛沫が当たらない位置にある大きく平らな石に腰を掛けた。
……スルト、何者かが俺の左肩をコツコツ叩いている……。
俺がパッと後ろを向くと、一人の少女がキュウリを齧っていた。
「やぁ、おはよう盟友」
彼女はニッコリ笑ってそう言った。

 二

 俺は彼女のフシギな道具のおかげで、無事霧を抜けて、彼女への工房へと辿り着いた。
俺が感謝の言葉を述べると、彼女は唯ニコニコと笑っているだけであった。

 彼女の名は河城にとり、河童である。
俺は元々外来人で、今現在は小説家として筆一本で生計を立てている身であるのだが、彼女とは小説の題材として取材をしたのをキッカケに仲良くなった。

それ以来、俺はよくここへ小説を書きに来るようになっていた。この工房はナントナク落ち着くのだ。
また、にとりの発明群を観察することで自然にアイデアも出るので一石二鳥というわけだ。

「デ……今日はどうしたんだい?また小説執筆?」
「あぁ、いい題材を見っけたからな」
にとりは薄汚れたバッグの中からペンチだの鉄鎚だのを取り出しながら質問した。
「フーン……。その題材っていうのは一体ドンナ……」
俺はバッグの中をガサゴソとあさって、一つの新聞紙の切り抜きを取り出した。
「最近人里である男が自殺をした事件は知ってるか……」
にとりは機械をガチャガチャ弄りながら言った。
「知らなーい」

 【耐えかねた結果か―――老人無理心中自殺画策】
『前日未明、人里から数千里離れた小さな川で、遊郭の女の証言により、先日より行方不明の男の水死体が発見された…………一部省略。
……この男は天涯孤独の身であり、遊郭の女との無理心中自殺を図るが、見事に女にも逃げられてしまい、仕方なしにモルヒネや大麻、睡眠薬等を注射した後に独り入水し、自殺したと考えられる……………云々。』

俺はこの【文々。 新聞】特有の煽るような文面の事実を、省略省略しながら話した。
しかし、にとりは右から左といった風で、たまに相槌をうつのみで機械の改造を進めた。

「しかし、カワイソウだね。この男も……」
「そうなんだよ。孤独に圧された末の自殺……俺にも他人事じゃないかもシレヌ…………………」
俺がこう言うと、にとりはピッタリと手を止めた。
「……へぇ……ナンデ?」
「……え……イヤ……俺も一人でいることが多いから……この男みたいになっちまうカモと……」

 俺がこう言うと、にとりはクスッと笑った。
「ナァーンダ……アハハハハ……それは杞憂だよ盟友……」
「……どうして……」
にとりはクスクス笑いながら、さも当然という顔で、振り返って言った。
「盟友には私がいるじゃないか」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年02月12日 14:31