「おはよう、○○。
 元気かしら?」

「……」

「ふふっ、愛してるわ、○○。
 今日も一杯愉しませて?」

「……はい」



「大好きっ! 大好きっ!
 私の中をあなたで一杯にしてぇぇ!!」

「…ッ!」

「うふふ…やっぱりあなたの側が一番落ち着くわ…
 あなたは何も話さないけど、私のことは構ってくれるものね」

「……」

「言葉なんて不要な関係。 そう言いたいんでしょう?
 素晴らしいわ本当に。
 こうして言葉にしないとあなたに愛を伝えられない自分が惨めなほどに」

「……」

「さあて、私はまた仕事をしてこないとね。
 あなたの側から離れるのは嫌だけど、
 日常を崩すことで誰かに感づかれるのは面倒だからね」



 私が彼女に囚われてからどれだけの月日が経つだろう。
彼女は初め、私にたどたどしく、初々しく接してきていたのを憶えている。

『まるで、男を知らぬ生娘のように』
『まるで、恋に恋する乙女のように』

私は普段通り他人に接していた。
私としてはそのつもりであったが、どうやら彼女は違っていたらしい。
彼女は私に愛を強いて来て、自分だけに愛を貫くように言ってきた。

 この手のタイプは無視する、あるいは適当に受け流すのが有効。
それが外の世界の場合の対処の仕方だった。
だが、常識外れのこの幻想郷の世界では外の世界と同じ方法は意味がなかったらしい。
気が付けば私は部屋に拘束され、閉じ込められていた。

 例え捕まったとはいえ相手は自分と同じ生き物。
知恵を生かせば脱出など造作も無い。
そう思っていた…彼女の力を目の当たりにするまでは。

 彼女がこの世界で名のある存在である、
ということに気づかされるのに時間はそれほどかからなかった。
私は絶望した。

『逃げ道のないこの状況に』
『自分の処理能力を超える異常事態に』

この状況を打開するべく私は変わることにした。
相手の言うことを聞くだけの人形のように。

 相手の要求を満たし続ければその内飽きてくる。
その状況に慣れてしまう。 そうすれば彼女は新しい刺激を求めるだろう。
刺激を与え続け、いつかネタも尽きたとき…私は消されるか、追い払われるか。
どっちにしても彼女から開放される良い方法であると私は思っていた。

『女は自分勝手である』
『熱しやすく冷めやすい』

その考えも間違いだと気づくのにもやはり時間は掛からなかった。

 私が彼女を喜ばせれば喜ばせるほど彼女は私をより受け入れようとする。
私が彼女を突き放せば彼女は私に縋ろうとする。
例えどれだけ極端に接しようとも、彼女は私との関係を解消しようとしない。
何をしようとも彼女は、私を離そうとしないのだ。

『もう無理だ』『諦めよう』『受け入れよう』

そんな考えが頭の中を少しずつ支配していく。
既に理解はしている…もう抜ける事が不可能な沼に入ってしまっている事は。
そして、その沼は入ったものを捕らえ続けて離さないということも。

 きっと私はいつか人でなくなるのだろう。
きっと私は人ならぬものにされて愛され続けるのだろう。
いつかお互いが滅ぶ時まで、永遠に。
その時の私は何を考えているだろうか。

『情欲?』『絶望?』『肉欲?』『希望?』『それとも…何も考えてない?』

私がまだ『私』であり続けている事を願うばかりである。


私が彼を壊したのか 彼が彼を壊したのか

真相は知っている 全ては私のせいだから

 女は涙を流していた。
大切なものを見つけ出せた喜びからか、
大切なものが壊れてしまった悲しみからか。
それとも両方か。

 彼を離したくはない。
けれども彼は離れたがっている。
当然だろう、彼は帰還希望者なのだ。
私に捕まり、永劫に愛されることなど考えもしなかったであろう。

『けれど私にとって彼は全て』
『彼がいれば何にもいらない』

驕った考えである事は理解している。
私にとって彼が全てであれば、彼にとって私が全てであろうとするなど。
そのために彼には何でも与えた。
食事を出し、愛を与え、自分で与えられるだけの力を与えた。

 けれど彼が望んでいた事は変わらなかった。
彼が欲しいのは食事でも愛でも力でもなんでも無い。
外の世界に帰りたい、ただそれだけだった。

 でも、私の側から離れる事は許さない。
外の世界に帰ろうとする事は絶対に許さない。
だからこそ、他の方法で気を引き、彼を幸せにしようとした。
…自分勝手な理想のために。

 彼と身体を重ねているとき、私は嬉しく感じた。
彼が達するとき、そのときだけは氷で張り付いたような表情が一瞬だけ弛緩する。
私を喜ばせるためなのか、それとも雄としての生理的な現象なのか。
ともかく、いつも見る表情とは異なる顔を見せてくれる。

その氷を取り除き いつものあなたを見せて欲しい

あなたを帰してやれないけれど 他のことならしてあげるから

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最終更新:2017年02月12日 14:45