踏み越える瞬間はあっけなかった

なにも忘れていない
がっつり覚えてる
いつもみたいに、二人っきりで飲んでいた。
コンビニで買ってきたツマミを頬張りながら、仕事の愚痴を言い合っていつの間にか寝てて朝になってた
今夜もそうなると思ってた
ただ、今夜は珍しいお酒を見つけて、すごく美味しくて
……飲み過ぎていた。

どこかで心の箍が外れていた

酒の勢いで、体を重ねてしまった

嬉しくないと言えば嘘になる、密かに秘めていたものが満たされていくのを感じていたし
『こんな関係』を、心の隅で望んでいたのも本当。
けれど手をあげてバンザイできるほど現状を喜ぶことはできなかった
今回のことは、理性の延長にはない性欲を零してしまっただけのことだったから
愛はなかった
仲は良くても、軽口が言えても、馴れ馴れしくても、どこまで行っても私たちの関係は友人止まりで、そこにある愛は男女のものではなかった
少なくとも彼はそう思ってる

彼は、何か言おうとしていた。
でも、多分かける言葉を見つけきれないでいた。
今回のことを何も言わないまま全部アルコールのせいにして『しょうがなかった』と元の関係には戻れない。
けど、だけど、こんなことになって『じゃあこれからはこういう関係になろう』とはならない…彼は私のことを愛してはいないから
友人としての責任を探してる
わかってる、今回のことはそういうものだ。でもやはり目の前で罪悪感にかられる彼を見ると…心は痛む
友人だけど、女の端くれだから

「ホラ、お互い、酔ってたんで、お互い、ね?だからぁ…まぁ何ですか?水に流しましょうよ!ハハハ!ほら!もう起きないと仕事間に合わないですよ!」

気休めにもならない言葉だった。もう少し言葉を選べなかったのだろうか私は
『こんなこと』になってどの面下げて友人に戻れるというのか…
だから彼は必死に言葉を選ぼうとしていたのに…

そう、戻れるはずなんかなかった……

あれから顔を合わせる度にギクシャクした。
決まった曜日にやっていた二人っきりの飲み会もなくなって、寂しく思うけどそれでホッとしてる自分がいる
でもやっぱり面白くなかった。友人として彼は誠実に悩んでくれているのに、女としてのちっぽけなプライドがそこをつっついていた
考えようとするのを辞めようとするほどにそのことがぐるぐる頭の中を走り回っている
そうやって頭を悩ませながら眠りについた時、決まって『あの夜』のことを夢に見る

確かに、確かに『あの夜』は言いようのない感動があった。素晴らしいものだった、夢みたいで、お互いに産まれたままの姿になって普段のストレスや悩みから解放されて、本能のままに獣のように求め合った
痛みさえ、置いてきぼりにして。
……ずっと言えなかった好きという言葉も、私の嬌声が代替わりしてくれるだなんて、馬鹿なことを考えてた。
体を求めてくれることに、一方的な好意を感じていた。もちろん私の勘違いなのだけど


でも、その時だけだった。
気持ちいいのは『その時』だけ…
できるならば、『愛』が欲しかった
そういう末に辿りつきたい場所だったのに
初めても、こんな風に散らしたくはなかった
酔って、ムードもなく、愛もなく、ただ酒の勢いで…
しかも、そんなこと言っておきながら私から迫った。なんて女なんだろう

元の関係に戻れるのなら

もしくは

ずっとずっと『あの夜』のままいられたら……


……

…………………


『もし』なんて言いたくはないけれど
もし、あの夜に戻れて
過ちも全部許せる言葉を彼にかけてあげられていたならば……

そこに愛はあっただろうか


本当に自分の弱さが嫌になる。

あれから、ほんの一時の愛が欲しくて私は過ちを犯した
お酒に薬を混ぜて、彼を惑わせた。
私も彼を誘惑した。
何故なんだろう、こんなもので得られるものなどまがい物なのに。きっと愛ではないのに
何度も口づけをして、何度も何度も彼の体を貪り、私も彼に身をゆだねた

本当はもっと優しくて、温かくて、愛おしい。
そんなものなのに、なんで、どうして
こんなまがい物から逃れることができないのだろう

どこでつまづいたんだろう

ほんとはそうじゃないのに…




その朝、彼はまた項垂れていた。
私も死んでしまいたかった。




それでも、私はやめられなかった
その後も同じような手口で彼と『あの時』を繰り返した
彼が渋る時は無理矢理組み敷いたりもした
でも次第に彼から求めてくれるようにもなった
けど、お互い笑顔になれたことはなかった
あなたの笑顔が好きだったのに
本当に、最低だった。

けれどまた
また
何度でも
彼を誘惑するのだ。
指をたてて、唇に押しつけて
『また後でこっそり、皆にバレないように』
淫靡に、下品に。彼の男である本能に訴えかけるように。

惨めなのに、もう抜け出せない

アルコールが全身にまわっていく
もう、抜けないだろう
まわっていく、まわっていく。
あの頃、まだ笑えていた頃の気持ちを侵していく…


オワラナイ
最終更新:2017年02月12日 14:47