私の姉は妖怪だ。
『鴉天狗』という種族らしいが、姉からは妖怪としての威厳や威圧感をまったく感じられない。
部屋を散らかしても片付けようとしないし私が準備をしなければ平気で仕事道具を忘れる。
まさに典型的な駄目妖怪である。
だが、この典型的な駄目姉に対して感謝しても感謝しきれないことがたった一つある。
それは私をここまで育ててくれた事だ。
今から十年前、幻想郷に迷い込んだ私を引き取ってくれた日のことを鮮明に覚えている。
当時幼かった私は自分が体験した出来事に訳も分からず泣きじゃくってしまった。
そしていないはずの親の名前を呼んでは自分が一人だと痛感して余計恐怖心を煽ってしまった。
不安で心が限界に達したときだった。
目の前に私の姉、『射命丸文』が現れたのは。
ずっと一人だった私は涙を流しながら彼女に抱きついた。
一瞬動揺した彼女は何かを察したらしく、すぐに微笑んで「よく頑張ったね」と私を抱きしめてくれた。
(あとで聞いた話だが、私はこの後緊張が解けて死んだように眠っていたらしい。
今更だが何故姉さんはあの場にいたのか。今度聞いてみ――
「手が痛くなる作業だな…」
筆を置き大きく伸びをする。
長時間座っていたため体からパキパキと枯れた枝が折れたような音がした。
喉が渇いたので少し休憩しようとしたら背後に姉が立っていた。
「おやぁ?これは面白そうな匂いがしますね。お姉ちゃんに見せてくれます?」
「無理です。ところで『原稿が終わらない』ってぼやいていましたけど終わったんですか?」
顔が青くなっても笑顔を保ち続けるのは流石だなと思った。
だが情けない姉の姿を見て自然と溜息が出てくる。
「あ、あの、疲れてますよね?一緒に休憩しましょうよ!」
「はぁ…棚の奥にお菓子が入っているので取ってきてください」
小刻みにパタパタと翼を揺らしながら姉さんは台所へ向かう。
「これで家事ができたら完璧な姉だったんだけどな」と小声で呟く。
……何か忘れているような気がしたが、どうせ取り留めもないことだったのだろう。
そんな事を考えてたらおねえちゃんがかえってきた
なんでわらってるの?おねえちゃん?
なにかたのしいことでもあったの?
「はい、とても楽しくて嬉しいことですよ」
その言葉を最後に私の意識は手放された
最終更新:2017年02月12日 15:18