易経講座

 私はいつものように彼女の所へ行く。古びた蔵書の臭いは黴臭さを鼻に訴えかけるが、同時に何やら外の世界で慣れ親しんだ安心感の様な物を私に感じさせてくれる。静かな部屋の中に足音
が良く響き渡る中、重い本棚を曲がった先のテーブルに本を山のように積み、彼女は安楽椅子にもたれ掛かって本を読んでいた。動かない図書館と彼女が言われて久しいのであるが、成る程
折角来客が訪れたと言うのに、立ち上がりもせずに椅子を勧めるのではホストとしては少々問題があるように思われる。しかしそれはいつもの通りであるので、私は彼女に声を掛けてから
椅子に座り、前に読んだ本の続きを読むこととした。
 外界では丁度明治か大正に当たる時代に差し掛かっているこの幻想郷では、最近易経が流行しているらしい。私も外の世界では時折手相占いを兼ねた易者が駅の近くで座っているのを
見た事があるのだが、幻想郷では最近凄腕の占い師が居たらしい。何でもよろず占いと称して仕事やら家庭やら恋愛やら、果ては外来人の帰還の可否まで占っていたらしいが、最近風の噂で
は自殺をしてしまったらしい。
 そしてその占い師が書いた本を、村の半獣が大層な剣幕で貸本屋から回収していたらしく、今では希少本となっているようである。偶々紅魔館に出入りしていた
私が彼女の書庫でその本を見たのは全くの偶然であったが、これも易経で教える「運」だったのかも知れない。私はその本を見た時から目が離せず、彼女に頼んで漸く見る事が出来た次第で
あった。

 回収された筈の希少本だけあって、彼女は中々この本を見せる事を渋っていたが、彼女の見ている前でならばこの本を読んで良いと許してもらい、私は此処でこうして椅子に凭れている次第
である。最も、あれだけ見せるのを渋っていた貴重な本という割には、彼女は私の前に座って自分の好きな魔道書を読んでいるだけであり、ちっとも此方を監視しようという気では無い。
ならば勿体ぶらずにあっさりと本を貸してくれても良さそうなものであるが、私の前でリラックスして本を読む彼女を見ると、単に本を一緒に読む友人が欲しかっただけではないかと思ったり
もして、私はここ最近休日には彼女と本を読む様になっていた。
 そして肝心の此の本であるが、易経の解説が載っており入門者にも理解し易い様に親切に解説をしており、此の本の作者が大変中国の古典に詳しいことが伺えた。そして此の本には易経の
解釈のみならず、占い師が易占の参考に出来るように占例が掲載されていた。それがどれもこれも恋愛に関する事が大半であり、しかも妖怪と人間の恋愛がその中でも多数を占めていたの
には驚かされたが、古今東西で惚れた腫れただのは人間の関心の最たる物であるのは、真昼のテレビのワイドショーを見れば納得出来る話である。私はページを開き前回の続きを読んでいった。

地火明夷 

この卦は地面を表す坤の要素と、火を表す離の要素が入っている卦です。この卦はあたかも、太陽が地面の下に潜ってしまっている事を示しています。周囲は暗闇となり何も見え
なくなってしまうでしょう。古代の聖人はこの卦の時には悪い王様の目に留まらないように、無能な振りをしてひっそりと隠れていました。貴方も次に備えて身を潜めましょう。明けない
夜は無いのですから。

占例 地火明夷 四爻

 ある日自分がある若者を占った時にこの卦が出ました。その若者は、冥界の主に気に入られて今度白玉楼に住み込みで働くことになったが、その働き口が良い物か占って欲しいとの依頼で
したので、卦を立ててみるとこの卦が表れました。この卦は太陽が沈んで暗い状況を表しており一般的に悪い状態を意味するので、普通の占いでしたらこの卦が出た時には行動を見直すように
勧めるのですが、太陽が地面の中に潜るということは、夜の世界、あるいは冥界を表すこととも考えることが出来ます。この卦が冥界を意味するのであれば、この働き口は良い物であると考える
べきでしょう。そこで今回は爻と呼ばれる詳しい部分を解釈することとしました。
 易経において六十四の「卦」の中に各々六個の「爻」があります。それぞれの爻は卦の詳細な解説をしますので、ここを分析するとより状況が詳しく分かることとなります。
 今回の四爻の部分を占いの原典で見てみると、「相手の支配者の内部に、プライドを捨てて潜り込んだ。相手の考えていることが全て分かったので、直ぐに逃げ出すべきである。」
と大体このような事が書かれています。ここでの支配者とは、地火明夷にてのさばっているとされる人物のことで、この人に頭を下げて衝突を避けながらも、自分の意思を貫くべきで
あると易経は教えております。
 しかし相手の男性に聞いてみても、このような悪いことに思い当たることが無いとの回答でした。普段からそこの女主人には良くして貰っており、感謝こそすれ、害を被ることは何も無い
と言います。ならば他に女主人が頭が上がらない人物がおり、その人が悪意を持っているのではないかと尋ねましたが、やはり親友がいるとは聞いているが、直接その友人を見たことは無いと
のことでした。それに従者に聞いてみても、そのような相手には思い当たることが無かったとの事であり、私は不安を抱えながらも若者に対して、

 ・何か不遇にあった時には、表面上やり過ごしつつも、自分の意思を貫き機会を窺うこと。
 ・逃げるときにはだれか協力者を得ることが望ましい。それも主人の下にいる従者が適当である。

という助言を行いました。最初の回答は、地火明夷そのものの解釈から導き出されますが、次の回答は当時の若者の状況から得られたことです。原典には庭を出て直ぐに逃げるように
と書かれており、従者が庭師を兼任していること。更に易経では、火、地、水などの世の中の 様々なことを分類して、それぞれの卦に分類すると同時に、一から六までの爻にも同時に
社会の人々を当てはめています。一爻は下働きの者、二はその上にいる者、などと分類しており、五爻の主人に仕える人物として四爻の人を定めています。
 依頼者の話を聞いていると、主人の従者もまた、依頼者に対して良くしてくれている様です。ですので何か苦境から脱する際にはこの従者の手助けを得る事が、恐らく必要となってくると依頼者の男性に伝えました。

 果たしてどうなったかと申しますと、依頼人に助言をした後、依頼人をとんと見る事が無くなっており、私自身も彼が苦境になってはいないかと心配をしていたのですが、後に
冥界に幽閉されており、そこから従者の助けを得て逃げ出し、後に遠い場所で幸せに過ごしているとの話を、伝手を辿った末に「風の噂」という形でのみ聞くことが出来ました。
 読者の皆様に置かれましては、では一体依頼者をそのような目に遭わせた人物の方はお咎め無しかと憤懣遣る方無し、という方も居られるかもしれません。しかしそこは天の網は粗い
ように見えて悪人を漏らす事は無し、ということです。易経においてもそのような悪人の末路は示されております。地火明夷の最後の爻である六爻にはこの様に書かれています。
「暗君は、始めは天に昇るようであるが、後に地に墜ちる。」
「天に昇るとは、周囲に君臨するという事である。そして無茶苦茶なことをして人の道に外れてしまうので、後に排除される。」
中国での革命において、王様はしばしば物理的に排除されてきたことを考えると、地に墜ちるという言葉も、殺されて地面に埋められると考えた方が印象として合致するのかもしれません。

 周という国の元を作った文王という人がいますが、この人は暴虐な王様に捕らえられて幽閉されていたことがあります。その時に文王は大変な苦労を味わいながらも、耐えて後に偉大な
功績を残しました。貴方も困難に出会ったとしても、いずれ脱出できる事でしょう。文王については色々な故事がありますが、今回の事については省略させて頂きたく存じます。
 特に、この今回の男性にどのような仕打ちがなされたかを知るために、文王の故事を御調べになるのは止された方が賢明かと存じます。あまり気分の良い物ではございませんので。

 あと、貴方が占いを行いこの卦がでた時の注意として、この卦は女難の卦と言われております。特に幻想郷では美麗な女性が多いですから、貴方もゆめゆめ注意をなされんことを…。

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最終更新:2017年02月12日 15:33