易経講座4

 ここ最近はあの本の事ばかり考えしまっている。著者の作る大きな易経の世界に魅せられて、どうしてもあの本の事が頭から離れ
ない。本が読める日が待ち遠しく感じて、家の中を落ち着きの無い犬の様にウロウロとしてしまう。時間が経てば経つほどその焦燥
は増していき、とうとう紅魔館に行こうと決心した。
 約束の日までは間があるが、あそこに居る魔女は滅多に外出していないようで、いつ見てもあそこで座って本を読んでいるのだか
ら。逸る心臓を押さえつけて、僕は仕事そっちのけで紅魔館に向かうのであった。
 紅魔館に着くと、普段は昼寝をしている門番が珍しく起きている。ははあ、さては今日は来ると前もって言っていなかったから
警戒しているなと思いつつ、僕は彼女に話しかける。いぶかしげな目で僕を見た門番の女性は、やおら太極の構えをとろうとするが、
次の瞬間に僕はいつもの図書館のテーブルに座っていた。

「珍しいじゃない。明日来るはずじゃなかったの?」

そう言う彼女に僕は突然来たくなったと返事をし、何時もの本を見せて貰えないかと頼む。
数秒考え込んだ彼女に、僕はあの本が読めないかと不安になる。折角ここまで来たのに、それでは意味が無い…。

「私の隣でレミィが居ても良ければ、大丈夫だけれど…。」

なんだそんな条件かとホッとした僕は、彼女の隣に座った女性の事など半ば無視をして、出された本を読みふけった。残りページは
あと僅か。


 水火既済

 この本で書かれた易経の世界も、ついに終わりに近づいて来ました。この卦は調和、既定路線という意味の卦です。これは一見良
さそうな意味ですが、易経の世界では完成したらそれで終わりではなく、そこから混乱が始まると見ます。永遠など無いとするのな
らば、栄華は衰退への第一歩であるのかもしれません。この卦でも始めは良いが、後に悪いと書かれています。その際には無闇に進
むので無く、じっと堪えて我慢することがベターでしょう。

 占例 水火既済 上爻

 ある所に一人の易経を修めた人物が居ました。その人は色々な人から相談を受け、易を用いて占っておりました。幻想郷という世界
には色々な妖怪や、はては神といった人間を越えた人々がおり、その人々がなす世界を見ていると、その易者からすれば何だか今の
世界は色褪せて見えて来ました。しかしその人物は人の身、そのままでは博麗の巫女の様な力でも無い限り、とてもとても人知を越え
た領分には踏み込めません。
 そこでその人物は考えました。転生すればこの矮小なる人の身から抜け出し、妖怪としてこの幻想郷を人外の領域から、眺めるこ
とが出来るのではないかと。そこで易者は自分が良く知っている易を用いて、転生の手法を採る事としました。念のために本を複数
用意して魂と呪法を込めておき、そのどれかに読者の生命力が触れた時に、

妖魔本の回路が作動して、読者の生命力と魂を吸い取り、

 それをもって私は妖怪に転生を果たすのです

 ああ、もうこの本を閉じようとしても無駄な事です。すでに貴方はこの本の虜となっています。そもそもこの本は、貴方の「元
となる気」を得て作動すると共に、貴方の知識も得ていわば成長する本として作ってあるのですから。どうして本の内容が、貴方が
聞いた事のある人間ばかりだったのでしょうか?どうして本の中身に明治ならず大正の人物まで描かれたのでしょうか?
どうしてこの文章に外来語がふんだんに使われていたのでしょうか?それも後半になれば成る程に!
 この本は貴方の力を使って、成長していったものなのです。貴方の知識と力は全てこの本に吸い取られ、貴方は私の転生の犠牲と
なってしまうのは、もはや水火既済の示す通りの予定調和の事なのです。まさに原典にて「川を渡ろうとして動き回ったところ、
溺れてしまった。凶。」と書かれているこの状況そのものなのですよ。





 貪るように本を読んでいた○○の体から、力が抜けて崩れ落ちる。彼の体が床に落ちる前に指を振って彼の体を浮かせて、此方まで
引き寄せる。本来は妖魔本に生命力を吸い取られて死んでいる筈なのだが、来る度に振る舞っていた紅茶に魔女の秘薬を混ぜていた
所為で、体の方は気絶だけで済んだようである。
 妖魔本の方は、○○の力を切っ掛けに妖怪を生み出そうとしている。どうせ以前人里で出現した時には、霊夢に頭を一撃でかち割ら
れてしまったという話を聞いているので、あまり力の無い妖怪なのであろうが、一応話半分に妖怪の話を聞いておく。
 魔方陣を床に発光させながら。

 「待ってくれ、話せば分かる。」

 魔術の回路を見た瞬間に実力が分かったようで、いきなり許しを請うように低姿勢で来た妖怪の易者であるが、すでにそいつの
ことは占ってある。

 「何かしら。」
 「そこの男の記憶を私は持っている。もし私を見逃してくれたなら、記憶を返してやるぞ。もし私を此処で殺してしまえば、
  その男の記憶は永遠に失われるぞ。」

此方になんとしても訴えかける男の姿であるが、私は何の感慨も無く魔方陣を発動させる。すると慌てた易者は、考えを変えさせ
ようと必死に説得を続けてくる。無駄な事であるのに。

 「良いのか、この男を見殺す様な事をして良いのか!」
 「貴方、嘘ついてるでしょ。」

「ついてなどいない!」
 「水火既済から火水未済を狙ったようだけれど、残念。表は火のようにすばらしい事を言うけれど、内心に嘘をついていると
はっきりと出ているわ。ついでに易経には力の無い子狐が川を渡ろうとして失敗する。と書かれているじゃない。つまりここで
おぼれ死ねってこと。」

水符を発動させて易者目がけて莫大な量の水を叩き付ける。魔方陣の周囲には水飛沫一つ飛ばずに周囲の本が濡れる心配は無いが、
魔方陣の中には妖怪の存在を一欠片も残さずにかき消す程の水が荒れ狂っている。

  「やめろ、やめっ、ウヴォボボ、ヴォ・・・。」

 あっさりと消滅した妖怪は意識の先に追いやり、○○の容態を見る。魔力の乱れは無く、意識も直ぐに戻りそうである。彼にそっ
と起こすように声を掛ける。起きた○○であるが、どことなく焦点が合っていない様相である。

  「大丈夫?」
  「ここは、どこでしょうか?」

彼の記憶が混濁していることを確認しながら、更に会話を続ける。

  「紅魔館という名前に聞き覚えは?」
  「いえ・・・。ありません。」

  「自分の名前は分かる?」
  「分からないです・・・。」

 彼の記憶が妖魔本に吸い取られてしまったのは、始めから分かっていた事である。館に出入りしている○○を見た時に、私は彼を
絶対に自分の物にしようと思った。そして彼が里で回収された妖魔本に興味を示した時に、私は之れを利用して彼を手に入れる事を
思いついた。この妖魔本を使って、彼を虜にした挙げ句に記憶を全て消去させてしまえば、彼は私の元に身を寄せる他はない。
 彼が今までに私の知らない所で過ごした時間を全て消し去り、全てが真っ白な彼を一から育てると考えると、私の胸はとても高鳴っ
た。全てを私が思うがままに出来ると思うと、思わず涎が出てきそうになる程である。横のレミィは少々面白く無さそうな顔をして
いる。運命が見られると誘ったのに、運命が変化することなく終わったからであろう。

 「何か、一気に運命が変わりそうな雰囲気だったのに、結局規定通りの運命だったじゃないの、パチェ。」
 「レミィ、それは当然よ。運命が変わる火水未済を反対側の立場から見ると、水火既済、つまり規定事項の通りってことなのだから。」

 「ふぅん・・・。まあ、歓迎するわ貴方。紅魔館へようこそ。」

 じゃあね-と言って彼女が去っていった後、私は状況を掴もうとしている○○に話しかける。易は流転する。水火既済は火水未済と
なることで世界ほ未完成となり、再び乾為天より始まった世界にて、私は彼を水雷屯の卦の通りに生みだした後に、山水蒙の卦にて
教育する。まずは彼に名前を付けなければ成らない。

 「貴方の名前は○○よ。」
 「○○・・・。」
 「ねえ、○○。私の所に来ない?きっとこれは運命の出会いなのだから。」

 万物は流転する。易を利用することで、この流れを都合の良いように変えたり、都合の悪い結果を変化させることも出来る。
そして人はこれをこう言った、当たるも八卦当たらぬも八卦、と。 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年02月12日 19:29