人間が向日葵畑に倒れていた。
どうせ冬で少々暇だったのだ。
少しからかってみることにした。

目覚めた男の目は朦朧としていた。
いや、濁っていたと言ったほうが正しいか。

男は幻想郷の説明を受けても驚かなかった。
人里にいれば安全なこと、
博霊の巫女に頼めば帰れること、
何を聞いても興味が無いようだった。

男はどうやら外来人らしい。
何故ここに来たか訊くと。
切り貼りのような言葉だったが。
崖から飛び降りて目覚めたらここだと言う。

……………………。

大方スキマが私にあてたものだろう。
他を壊されるぐらいならば、といったところか。
生憎、すでに壊れているものを壊す趣味は無い。
それにスキマの思い通りになるのも癪だ。

私は男を飼うことにした。


「…幽香さん。」
「…お茶が入りました。」

『そう。』
『ありがと。』
『じゃあ先にあの子達に水をあげてきて。』
『私は飲み終わってから行くわ。』

「…はい。」

相変わらず男は心の全てを開こうとしない。
まぁ最初の頃よりは随分よくなったほうか…。

飼い始めた時は動こうとせず、
死ぬ気のものを脅すわけにもいかず。
どうしたものかと悩んだ。

いい考えは浮かばなかった。
とりあえず死なないように水と餌を与えた。
食べようともしないので無理やり口に入れていた。

数日ほど同じような生活が続くと男は動き出した。
何をするかと思いきや掃除をし始めた。
と言っても男の寝ていたソファーだけだが。

水と餌も自分から食べるようになった。
動くことも多くなっていき。
掃除する範囲も増えていった。

今では男に家事全般を任せている。
さすがにあの子達の水遣りは殆ど私だけど。
男に手伝ってもらうこともある。

自分は有意義なひろいものをしたのだろう。


「…幽香さん。」
「…お風呂が沸きましたよ。」

『そう。』
『ありがと。』
『じゃあ入ってる間に出掛けの準備をして頂戴。』

「宴会ですか?」

『えぇ。』

「…そうですか。」
「では良き時間を。」

……………………。

男も随分、表情が柔らかくなった。
流石に人里の男や道具屋の主人には及ばないが。
スキマに見せ付けるには十分だろう。

『ねぇ、あなた。』

「…はい…?」

『一緒に宴会に来てみない?』

「…いいんですか?」

『駄目ならまた今度でいいわ。』
『強制はしない。』

「…はい。」
「…じゃあすぐにでも。」

『待ちなさい。』
『せめて着替えたらどう?』
『確かクローゼットにタキシードがあった筈よ。』
『それを着なさい。』

「…でも待たせてしまいますよ?」

『私に恥をかける気?』

「…!」
「…すみません。」
「…急いで着替えます。」

スキマはどんな顔をするだろうか。
驚くだろうかそれとも笑うだろうか。
どちらにしろ一泡吹かせることに違いは無い。

……………………。

そういえば自分が男を飼っているのはそのためだ。
スキマに一泡吹かせた後、男をどうしようか。
…まぁそれは後で考えよう。

「…幽香さん。」
「…着替え終わりました。」

『あら結構、似合うじゃない。』
『馬子にも衣装ってやつかしら。』

「…ありがとうございます。」

『じゃあ行くわよ。』
『しっかり私に掴まってなさい。』

「…はい。」



男の周りには人が絶えなかった。
主である私が近づけない程。
私が人を飼ってというギャップなのか。
それとも単なる物珍しさか。
今はあのブン屋が熱心に話を訊いている。
時折、男はこちらをもどかしそうに見てくる。

…これはこれでおもしろいけど。
正直いうと期待はずれ。
この宴会の主催者のはずのスキマが居ない。
今頃、冬眠でもしているのかしら…。

ただ男にとっては幸運だったのかもしれない。
殺すであろう人間をこの私が飼っている。
しかも壊れていたものが直りかけている。
さぞ面白い顔が見れると思っていた。
その後、男をどうするかは気分しだいだったのだから。

………………?
どうやら男とブン屋が困っているようだ。
何を話しているのやら…。
少し聞き耳を立てるとしよう。

「ふむふむ…。」
「はい、ありがとうございます。」

「…いえいえ。」

「やっぱり名前は教えてくれませんか?」
「新聞に謎の人物Aって書くのも変ですし…。」

「…それは……。」

なるほど…。
そういえば男を名前で呼んだことはない。
というより聞いた覚えもない。
問い詰められても言わないということは。
男は自分の名前がわからないのかしら。
それなら…。

『ブン屋。』

「はい…?」

飼い犬には名前を付けないとね。
『こいつの名前は……○○よ。』

「…えっ…。」

「はいはいっ。」
「○○っ…と。」
「ご協力感謝します。」
「次号の文々。新聞は無料でお送りしますので。」
「ではっ!」

そうして天狗は私と私に疑問の目を向ける○○を残して。
別のグループに移っていった。

「…あの…幽香さん?」

『何。』

「…その…。」
「○○って一体…。」

『あなたの名前は○○よ。』

「…はい……。」


あれ宴会以来○○にも変化があった。
いつもあのタキシードを着るようになったり。
命令せずとも私のしたいことを先読みして。
お茶を頼もうとしたら、もう淹れてあったりだ。

○○というあの場で適当に付けた名前も。
最初こそ戸惑ったように見えていたけど。
今では私が『○○』と呼ぶと口元が少し緩んでいる。

私は○○に何か特別なことをしただろうか。
いや、そんな覚えは無い。
ただ私は男に名前を付けただけ。
ただそれだけなんだけど…。

「あの…幽香さん。」

『ん?』
『どうかしたの、○○。』

「食材が少なくなってきたんですけど…。」
「どうすればいいんですか?」

『あー…。』
『じゃあ、人里まで行こうかしら。』
『春に向けて色々と用意しなきゃいけないしね。』

「…………。」
「…あの。」

『来ちゃ駄目。』
『あなたは留守番をしてなさい。』
『他の用事もあるし少し長くなるわ。』
『分かってると思うけど、あの子達をよろしくね。』

「…はい。」


一人分増えたからか少し買い込んでしまった。
運ぶのに手間取ったがまぁいいだろう。
いつもの食事や家事の代わりと考えれば安いもの。

地面に降り立ち、家に向かう。
今でこそ何も咲いていないが春になれば一面に咲くだろう。
それまではあの子達の世話をしよう。

○○はちゃんとあの子達に水をあげただろうか。
流石にあげ忘れるというのは無いだろうけど。
しかしあれだけ大人数なんだし。
あまり水を得られなかった子もいるだろう。
それをネタに○○を脅かすのも面白そうね。

そう考えると段々と足並みも速くなっていった。


結果だけ言うと。
○○は一人一人、丁寧に世話をしたようだ。
そのところは褒めるべきかしら。
楽しみにしていたから少しがっかりしたけど…。
ただ当の○○は頬が少しこけている。
あの子達に懸かりきりで何も食べていないらしい。

命令に忠実なのはいいのだけど…。
まだ私以外のものを自分で考えてすることはできないらしい。
立ち直ったように見えたけど。
もしかしたら私に寄りかかって、やっと立ててるのかしら…。
もしそうなら確かめる必要がある。

『…ねぇ、○○。』

「はい、何ですか?」

『また今度、宴会があるんだけど。』
『その時、人里に行ってもいいわよ。』

「え…。」

『今回のも行きたそうにしてたし。』
『私は博霊神社に居るから。』
『宴会が終わるまで人里を回ってもいいわよ。』

「…………。」

『どうしたのよ。』

「…あの…。」
「…前みたいに一緒に宴会に行くのは。」
「…駄目ですか…?」

『本当にそれでいいの?』
『行くのを断った時、あんなに残念そうな顔してたじゃない。』

「それは…。」
「…………。」

『…いいわ。』
『次の宴会もエスコートしてもらうわ。』
『それでいいのね?』

「…はいっ!」

…やはりだ。
まだ○○は立ち直っていない。
それどころか私に居場所を求めている…。
馬鹿馬鹿しい。
…………。
でも、こういうのもおもしろいかもしれない。
長い間、何も言わずに一人にさせたらどうなるか。
今度やってみようかしら。

「あの…幽香さん?」

『…ぁ、あぁ。』
『もう寝てもいいわよ。』

「…………。」

『今度は何?』

「…その……。」
「幽香さんより先に床に就くのは…。」

『…嫁入りしたわけじゃないんだし…。』
『…というか、あなた今までそうしてたの?』

「…はい。」

『別に私より後に寝ても、私より遅く起きてもいいわよ。』
『○○の好きなようにしなさい。』
『…私は寝るわ。』

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最終更新:2010年08月27日 10:56