幻想郷の舞姫
 
 石炭をば、はや積み果てつ。平成の世にて月日重ぬ折り、我は一人の少女を見たり。年の頃おほよそ
二十歳を越ゆ様に覚へ、金の髪と翡翠の目を持てり。帝国の首都の大通りより筋を入りし裏道にて、
彼女は途方に暮れなぜり。我は彼女に、如何として、ここに居らんと尋ねれど、彼女は頑なに口を
閉ざさすのみ、雪が舞ふ中、薄ひ姿で居るのは寒かろうと言えども、貝の如く口を閉ざしけり。埒が明
かぬとは此の事なれば、我は金の時計を与え、質草にせんとて少女に給ふ。
 次の日に又、我は同じ場所にて彼女に会ふ。我には先日と同じ様に途方に暮るる様に見へ、その日は
近くの食堂に彼女を誘ひたり。平成の世に在れども、未だにオムライスの存在を知らぬ様に見へ、彼女
は初めて食べんとて、黄色の卵を口に運ばん。ケチャップの赤色が頬に飛べし事にも気付かぬ程に、い
と美味しき物でありにけらん。

 更に明くる日、我の姿を見た彼女は此方に向けて微笑まん。先日と同じ様に食事に誘へば、やはり
つひてけり。その日は牛肉屋に連れてゆき、分厚いビフテキをあてがえれば、以前の素っ気無さがまが
ひ物と思わん程の笑顔なり。食後の珈琲を女中に頼み、少女に元の家に帰る様に勧めるも、彼女は家に
戻れなしと言ふ。路銀ならばついでに貸し与えんと言ふも、少女は金子の問題に非ずと言ひけり。
 平成の帝都の折りに帰れんとは、家庭の問題が有らんかと尋ぬるも、やはり少女は違ふと言ひけり。
なれば我には分からぬといへば、少女は己が妖怪だと我に告ぐ。文明開化の音がして早百年、機械の発達
せしこの折りに、妖怪とは我もさては担がれたかと思へど、此の少女はあくまでも真剣であつた。
 それ程までに妖しであると言ふのなら、なれば我が家にて身を寄せんかと尋ぬると、彼女は其れは
願ってもなきことなりと言ひ、かくして我が家に妖しの少女が一人住まわん。
 暫く我とその少女は同棲をせり。その少女は妖怪と言へども見た目は人間と相変わらず、さりとて怪し
げな術を使ひたるかと思えども、さにはあらじ。なれば我も単に少女が住んでいるものと思ひたりて、
そのまま生活を続けたり。二人共に暮らさんば、その少女も此方に心を開きたりて、いつしか懇ろになり
たまひけり。

 或る日我の元に電話が掛りたり。田舎に住まいし我が親は農業を行いけれども、突然の事によりて暫く
の間動けなくなりければ、我が帰りて家を継ぐべしとの事なり。我は以前より畑は面白くなく思ひており、
されば帝都にてホワイトカラーの職に就きたらん。其れを何とぞ考えたるかと、電話口に居る妹に向けて
怒鳴れども、さりとてむべならん。
 田舎に少女を連れて行きたきことは重々であるが、我が故郷は古の場所なれば、そのような所に行けれ
ば返って好奇の目に晒されん。さりとて、この電話を破り捨てたる訳にもいかじと煩悶すれば、少女も我
を訝しみて、訳を尋ねけり。
 少女に隠すことも出来ずに我はその話をせども、少女の方は我に捨てられんと思ひて、すさまじく乱れ
狂わん。さては妖しの力なりと思えども、その力が単に妖力なれば、我の苦境を解決するにあらじ。我は
幾夜も閨にて少女と話せども、吾を見捨て給ふなと少女は言ひ募りて、唯いたずらに月日が過ぎ去らん。
 つひに我が田舎に戻る日と成りて、流石に寄る辺無くなる少女が哀れに思へし我は、少なひながらも
金銭を渡して、少女に達者にせんと言いたり。彼女は、貴方が居らねば達者も何も有りはせんと言ひ、
涙が零れるも、我はそのまま列車に乗りにけり。走りたる列車の窓よりホウムを見返さば、少女は渡した
封筒を地面に落としたまま、そのままずづと立ちにけり。
 幻想郷の舞姫

 石炭をば、はや積み果てつ。平成の世にて月日重ぬ折り、我は一人の少女を見たり。年の頃おほよそ
二十歳を越ゆ様に覚へ、金の髪と翡翠の目を持てり。帝国の首都の大通りより筋を入りし裏道にて、
彼女は途方に暮れなぜり。我は彼女に、如何として、ここに居らんと尋ねれど、彼女は頑なに口を
閉ざさすのみ、雪が舞ふ中、薄ひ姿で居るのは寒かろうと言えども、貝の如く口を閉ざしけり。埒が明
かぬとは此の事なれば、我は金の時計を与え、質草にせんとて少女に給ふ。
 次の日に又、我は同じ場所にて彼女に会ふ。我には先日と同じ様に途方に暮るる様に見へ、その日は
近くの食堂に彼女を誘ひたり。平成の世に在れども、未だにオムライスの存在を知らぬ様に見へ、彼女
は初めて食べんとて、黄色の卵を口に運ばん。ケチャップの赤色が頬に飛べし事にも気付かぬ程に、い
と美味しき物でありにけらん。

 更に明くる日、我の姿を見た彼女は此方に向けて微笑まん。先日と同じ様に食事に誘へば、やはり
つひてけり。その日は牛肉屋に連れてゆき、分厚いビフテキをあてがえれば、以前の素っ気無さがまが
ひ物と思わん程の笑顔なり。食後の珈琲を女中に頼み、少女に元の家に帰る様に勧めるも、彼女は家に
戻れなしと言ふ。路銀ならばついでに貸し与えんと言ふも、少女は金子の問題に非ずと言ひけり。
 平成の帝都の折りに帰れんとは、家庭の問題が有らんかと尋ぬるも、やはり少女は違ふと言ひけり。
なれば我には分からぬといへば、少女は己が妖怪だと我に告ぐ。文明開化の音がして早百年、機械の発達
せしこの折りに、妖怪とは我もさては担がれたかと思へど、此の少女はあくまでも真剣であつた。
 それ程までに妖しであると言ふのなら、なれば我が家にて身を寄せんかと尋ぬると、彼女は其れは
願ってもなきことなりと言ひ、かくして我が家に妖しの少女が一人住まわん。
 暫く我とその少女は同棲をせり。その少女は妖怪と言へども見た目は人間と相変わらず、さりとて怪し
げな術を使ひたるかと思えども、さにはあらじ。なれば我も単に少女が住んでいるものと思ひたりて、
そのまま生活を続けたり。二人共に暮らさんば、その少女も此方に心を開きたりて、いつしか懇ろになり
たまひけり。

 或る日我の元に電話が掛りたり。田舎に住まいし我が親は農業を行いけれども、突然の事によりて暫く
の間動けなくなりければ、我が帰りて家を継ぐべしとの事なり。我は以前より畑は面白くなく思ひており、
されば帝都にてホワイトカラーの職に就きたらん。其れを何とぞ考えたるかと、電話口に居る妹に向けて
怒鳴れども、さりとてむべならん。
 田舎に少女を連れて行きたきことは重々であるが、我が故郷は古の場所なれば、そのような所に行けれ
ば返って好奇の目に晒されん。さりとて、この電話を破り捨てたる訳にもいかじと煩悶すれば、少女も我
を訝しみて、訳を尋ねけり。
 少女に隠すことも出来ずに我はその話をせども、少女の方は我に捨てられんと思ひて、すさまじく乱れ
狂わん。さては妖しの力なりと思えども、その力が単に妖力なれば、我の苦境を解決するにあらじ。我は
幾夜も閨にて少女と話せども、吾を見捨て給ふなと少女は言ひ募りて、唯いたずらに月日が過ぎ去らん。
 つひに我が田舎に戻る日と成りて、流石に寄る辺無くなる少女が哀れに思へし我は、少なひながらも
金銭を渡して、少女に達者にせんと言いたり。彼女は、貴方が居らねば達者も何も有りはせんと言ひ、
涙が零れるも、我はそのまま列車に乗りにけり。走りたる列車の窓よりホウムを見返さば、少女は渡した
封筒を地面に落としたまま、そのままずづと立ちにけり。

 我は田舎にてその後暮らせば、一年経てば田舎での暮らしに慣れにけり。あれだけ嫌がっていた農業も、
すんなりと馴染みたるは我も驚きけり。此の地でも良い縁が出来、このまま暮らしていきしかと思ふとき
に、あの少女が現れり。我は大層驚けども、少女は只ならぬ様子を示し、正に夜叉の如くなり。
 少女は我に、貴方に一年会えず、エリスの如く狂ひたらんと言ふ。少女は椿姫の妖怪なれば、嫉妬の余
り狂いたることなり。一体どふしたと此方が言えば、彼女は我に、邪魔ものを消したりと告ぐ。以前頬に付
けたるはケチャツプなれば、では今の之は何ぞと問わば、彼女は唇を歪めて笑えど一様に答えず。ならば我
の家族は無事かと問へば、人を見るに罵声を浴びせ、日本語すら覚束なし、教養無き様は最早人に有らじ、
それが齢二十を越ゆて生きし様なれば、その人生は貴方の如き人ならじ。さりとて妖しでもなきことなれ
ば、最早其れは人以下の物であらん。さの様な奴を如何せんとて、なんとならんと言へば、我はついに言葉
を失ひて、ただ立ちつくすのみなり。
 そして我は今、地獄の橋の家に居たらん。暖炉は赤々と燃ゆれば、我の前に座りたらん少女の緑の目を
良く照らす。石炭をば早積み果てつ。我が此処よりいでし日は来たらんや。

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最終更新:2017年04月08日 04:49