易経講座 EX

 最近僕は紅魔館に、人里の商店で買った物を配達をしている。人里の村人は妖怪に対しての警戒心が強い所為か、こういった人外
の者が住む場所に者を配達するのは、僕らのような外来人がほぼ全てであった。最初はあの吸血鬼が住んでいる場所であるので、
「二度と帰って来れない」だったり、「吸血鬼や魔女の生贄にされてしまう」といった根も葉も無い噂が飛んでおり、商店の店員も
散々に僕を怖がらせてから送りだしたのだが、存外普通のメイド長が対応しており、いつでも逃げ帰れるようにと、巫女の札を握り
しめて訪問した割には、拍子抜けやらあっけにとられるようなものであった。
 その内に慣れて何回も紅魔館に出入りするようになった僕は、これ幸いと他の商店からも押しつけられる様になった商品を運ぶた
めに、しょっちゅう館と里を往復する様になった。今までは人間のメイド長ぐらいしか接していなかったが、門番の女性は言われる
までは妖怪と気がつかなかったし、図書館にいた女性も普通の人間、それも病弱ではっきり言って僕よりも弱い様に見受けられた程
であった。流石に司書の女性は悪魔の翼を持っていたし、当主も吸血鬼であることは一目了然であったが、しかしそれはそれ、正直自
分にとって害が有るものでなければ、何度も目にするうちにどうでも良くなって来るもの-つまりは慣れというものなのであろう。
 僕からしてみれば最近里の貸本屋で暴れて、巫女に真っ二つにされ退治されたという野良妖怪の方が、遥かに人間に危害を加えら
れそうで危ない気がしていたし、図書館に何時も居る彼女がいくら界隈では知られた魔女と言われても、僕にとっては何の感慨も起
きない物であった。

 ある日何時もの様に、里の霧雨商店からの配達の品物を厨房へ持って行き、その後で香霖堂からの古書を図書館へ持って行った時、
最近では配達ついでに時々紅茶を頂くまでになったパチュリーが、何冊かの本を机の上に置いているのが目に入った。彼女はいつも
の様に、机の上に何冊もの本を置いていただけであったののだが、僕はなんだか一冊の本が目に入って気になってしまった。古ぼけた
和紙の表紙に、手作業で作られたのことが良く分かる紐綴じの本、御世辞にも美麗とは言えない本であるが、僕はその本を見かけた
瞬間に、丁度ふとした時に、偶然忘れ物を見つけた様な心持ちがして、僕は彼女に思わず彼女に、その本を見せて欲しいと言った。
 すると彼女は僕がその本に興味を持った事が分かると、暫く答えを返さずに黙り込んで考えていた。横にいる悪魔の司書の女性で
すら、話しかけることが出来ない程の圧迫感。何かを決めた様な、真剣な顔をした彼女は僕に話しかける。
「貴方、この本を知っているの?」
-全然知らない-と僕が答えた返事を聞くと、彼女はまた暫く考える。突然ふわりと空中に、幾何学的な模様が浮かぶ。探査の魔法
をひとしきり僕に掛け正常を確認した後で、彼女は僕に訳を話す。
「この本は妖魔本なの。」
-ヨウマ、本?-聞きなれない言葉に疑問を返す僕に、彼女は答える。
「ざっくりと言えば、本に特殊な仕掛けがしてある本の事ね。」
-それとも、読んだら呪われる本とでも言った方が良いかしら-悪戯をするかのように、僕の目の前に乗り出して、挑発するよう
に彼女は言う。
 -君でも手に負えない様な本かい-とあえて此方も煽り返す様に答える。彼女の性格からすれば、ムキになってくるのであろう
と思いつつ。
「魔女の私の手に負えない訳ないでしょう。私の。」
呆れたように彼女は言う。ならば大丈夫じゃなかいと僕は返すが、彼女は焚書となり、里の貸本屋や香霖堂から回収された内の一点
物だから、貴重なものだと言う。僕が尚も彼女に迫ると、ならば、と彼女は条件を僕に付けた
一つ、必ず彼女の目の前で読む事 一つ、その本を読む事は紅魔館以外の誰にも話さない事 一つ、この本を読んで何が起こって
も、文句を言わない事。
-呪いで死ぬのかい?-と軽口を叩く僕に、彼女は-そんな物貸すわけ無いじゃない-と冷静に返す。
-それじゃ、大丈夫だ。-と僕は本を読み進めていった。


沢風大過

 この卦には風の文字が入っています。それはあたかも強い風が吹きつけ、家の柱が撓んでいるかのような場面を想像すれば良い
でしょう。何か強い物が圧し掛かり、その重圧に耐えている様な状況を表しております。
自分の力を越えた様な大変な重みがかかっている場面ですが、その重みに耐えて対策を講じれば苦境は脱出が出来るでしょう。
その際には、柱がどっしりと構えて何事にも動じない様に対応するべきでしょう。

占例 沢風大過 五爻

 私がある日客を待っていたところ、一人の死神の女性が飛び込んできました。その女性は大変慌てた様子であり、今すぐにとある
男性の行方を占って欲しいとの事でした。私としては、その男性の事を十分に聞いてから占いを行った方が確実だと申し上げまし
たが、その女性はその時間も惜しいとのことでした。そこで私が占ったところ、沢風大過の五爻という結果と成りました。
 その男性は行方知らずでありましたが、生死すら分からぬという状況でありましたので、まずはそこより易の神託を見ることとし
ました。この卦は俗に言う遊魂の卦とされており、魂が現世にも冥界にも行かずに、どこか彷徨う状況を示しております。まさに生死
が不明のその男性と同じ様ですが、死亡を意味する帰魂の卦では無いので、男性は首の皮一枚繋がっていると見ることも出来ます。
 続いて、五爻の中身を原典より参照しますと、「枯れ木に花が咲く様に、年を取った女性が若い男性を夫とした。」と記載されて
おります。女性からしますと、お叱りを受けそうな中々の書きっぷりですが、これはどうにかご勘弁願いたく思います。そこで死神
の方にはそれらを伝えますと、流石は地獄にお勤めの様で、これだけの情報で見当が付いたようです。ひとしきり恐らくは上司の方で
しょうか、私ではとても恐れ多くてこの場では言えない程の方に向けた怒声を叫んだ後、釣りは要らないと代金を叩きつけてあっと
いう間に去って行きました。

 その後私は、死神の彼女が彼を見つけることが出来たのかと気になり、私は占いを行って様子を覗き見てみました。その結果は
山風蠱の四爻でした。この山風蠱は古くなった物事を打ち破る卦であり、一見この場合、彼女にとっては良い結果を暗示するよう
です。しかし爻の部分を解読するといけません。「前任者の失敗を大きくしてしまった。」と書かれています。これが三爻や五爻な
らば、前任者の失敗を-つまりは男性に降りかかった誤りを解決が出来たと予測できるのですが、この場合は解決できなかったとみ
るべきでしょう。
 ならば、その後彼女はどうなったのでしょうか。山風蠱は先に書いた通りの帰魂の卦であります。ここでは六爻に至る時に命運が
尽きる、つまり四爻では未だ、彼女の命は尽きていないと考える事も出来ますが、相手の方はそれ程生易しい相手では無いと思われ
ます。その点を踏まえて山風蠱の成り立ちを考えることが適切でしょう。
 果たしてこの卦は、何かが腐敗して虫が湧く様な状況を表しております。恐らくは死神の女性は・・・。私は惨すぎてこれ以上、
ここで書く事が出来ません。ああ、この占いは是非に外れて欲しいと存じます。



 酷い話を見てしまい、彼女はどうすれば良かったのかと、横で自分の本を読んでいるパチュリーに思わず尋ねてしまう。私の微
かな狼狽を感じたであろう彼女は優しく答える。
「易経には、三日前に準備を終わらせるように、と書かれているわ。つまり、事前の準備をしっかりしてから臨めってことね。
同じ事は争いを示す他の卦でも記されているわ。結局、何かを成し遂げたければ準備をしてから本番に臨むべきって事ね。」
-普段から私がやっているように-と僕に諭す彼女の目は深く優しく、僕には見通せなかった。

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最終更新:2017年05月28日 22:05