秘封倶楽部のバレンタインデー談義

2月14日。毎年この日になると、世間は所謂バレンタインデーというものに沸く。
この国においては、乙女達が想いを寄せる者に対してチョコレートを送り、自らの想いを密かに伝えようとする日でもある。
昔は『製菓業界の陰謀』などと囁かれていたこともあったらしいが、今となっては立派な文化として根付いている。

そんな恋する乙女の日が迫るなか、この私、宇佐見蓮子は思考を巡らせている。
バレンタインデーに実行すべき事の詳細なプロトコルを組み立てている真っ最中なのだが、進捗の程は芳しくない。なにせ主役であるチョコレートの時点で詰まったからだ。

いくら脳をフル稼働させようとも、ブドウ糖が消費されるだけで何もいい案が浮かばない。
そんな事を続けて二時間二十八分。うんうんと唸りながら銀色のフォークを口に走らせること数十回。

『ちょっと蓮子?蓮子ってば!』
「……はぐっ?!」

突然大きな声で自分を呼ぶ声が聞こえ、がちんっ、と音を立てて小さな槍を噛み潰してしまった。
顎がビリビリする。

「もぉー……メリーってば脅かさないでよぉ」
『フォークを進めるのも良いんだけど、いい加減議題の方を進めないと駄目でしょう?』

気だるげにそう指摘するのは我が親友、メリーだ。彼女の言う議題とは、即ち本日の活動目的である。

バレンタインデーを前に、我ら秘封倶楽部も意中の相手に送るチョコレートをどうするのかについて幾度か話し合っていたのだ。

まずチョコレートを作るにあたって明確な前提を設けた。
単純にして究極。それが『遺伝子まぜまぜ』である。
自身の体組織を相手に取り込ませるのはこの上無い愛情表現なのだが、一般論として受け入れがたいものでもある。良くある話だと、髪の毛を入れた……とかそういうものである。

なので、如何にして相手に悟られず、バレンタインデーを通じて遺伝子まぜまぜができるのかという事がここ最近の議題であった。


「そうは言ってもねぇ……前回の案が完璧過ぎて」
『ええ、確かにアレの完成度は高かったわね。バレンタインとは別の時も楽しめるし、互いの心も満たされるでしょうね……』

「でしょう?髪の毛だとどう細かく切っても食感が残っちゃうし、血だと鉄分独特のあの味が気になっちゃうし……」
「やっぱりアレが一番メリットが高い気がするのだけど」


アレ……とは前回の活動の際に私が提案した画期的な遺伝子まぜまぜである。

マウス・トゥー・マウスでチョコレートを渡して一緒に味わえば自然な形で、かつ自動的に遺伝子まぜまぜが完了する。私って天才?

『でもね、蓮子。わかってると思うけどあの方法は危険すぎるわ』

実のところ、先週の活動が終わってからメリーと一緒に練習したのだ。したのだが……

「あぁ………」

結果として、当初の目的を忘れて数時間ほどまぜまぜに没頭してしまった。
甘さといい、色々と強力すぎた。

メリーとのまぜまぜの時でさえこの有り様なのだ。
○○とそんなことしたらドーパミンだばぁで死ぬだろう。

だがそれは困る。バレンタインごときで命を落とすなど馬鹿者でもやりはしないだろう。

それに、私が○○とまぜまぜしている間はメリーと○○がまぜまぜ出来ない。逆もまた然り。これは不公平だ。

「と……なると、また振り出しに戻るってワケね」
『残念ながら、ね』

どうやらまたケーキを注文しなければならないようだが、外をみると日が急速に落ちはじめている。
そろそろ締めに入らなければならない。


「あ、すみませーん。珈琲2つお願いします」


今日も手詰まりのまま終わるのか
天井を見上げ、少し疲労を含めた吐息を吐き出す。

『…………珈琲……ねぇ』

「んー?どしたのメリー。珈琲いらないの?」

いつもの癖でついつい2つ注文してしまったが、いらなかったのだろうか。まぁいいか、2杯とも私が飲んでしまおう。
そう考えていた矢先、

『そうよ蓮子!ドリップすればいいのよ!』

メリーが目を輝かせながら身を乗り出してきた。

「ドリップ?珈琲みたいに?」
『その通り。血液とか髪の毛とか単体をそのまま入れようとするからいけないのよ』
「なるほど……つまり珈琲と一緒にドリップすれば」
『私達の遺伝子情報が添加された珈琲になるってわけ』
「それをチョコレートに混ぜれば!」
『美味しく手軽に遺伝子まぜまぜ!』


Niceメリー!さすがは我が大親友。
生物分野は履修してこなかったからこの方法で遺伝子情報が保持されるのかわからないけど
私達の体由来の物質が美味しいチョコレートになるという事が大切なのだ。

『なんとか代替案出せたわね』
「いやぁーさっすがメリー」

一人では出来ないことも二人ならば実現出来ると言うことを改めて思い知った。
持つべきは友である。

「それじゃあ今日の活動はここまでにしよっか」
『そうね、でもあと一週間のうちに準備しないと』
「忙しくなるわね……まぁ、でも冬休み入ったし検証にかける時間はたっぷりあるわ。メリー明日とか空いてる?」

『アルバイトはしてないからいつでも大丈夫ー』
「じゃあ明日買い出しいこ!」
『遅刻はしないでね?』
「ふえっ……」

こうして、秘封倶楽部の特殊な活動は続いてゆくのだ。
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最終更新:2017年05月27日 22:05