いくら草花を繁らせ、
その心を聞く事が出来ても、
誰かの心を開く事は出来なくて。
どれだけ力を誇って、
人々に畏怖されたとしても、
過去の自分と決別する事が出来なかった。
人間が怖い。
腹の底で何を考えてるか分からない。
あの巫女や魔法使いの様に私を殺しに来るかもしれない。
だから、強くあろうとした。
妖精や人間から怖れられ、それでいて一切強者弱者を見分けない様は、
鬼や天狗から見ればさながら子犬の様に見えたかもしれない。
しかし退く事も出来なかった。
何も知らない外界人が、
私の向日葵畑に落ちて来たのは何の因果か。
彼にとって、私は、
「人間に優しい不思議な妖怪」で、
ここは「妖精が存在する不思議な世界」だった。
強くなりたい、なんて思ったのは始めてだった。
この世界を幻想郷から隔離したい。
ずっと○○と一緒に暮らしたいと思った。
「ここに人間は貴方しかいないわ。
妖怪ならいくつかいるけど」
嘘をついた。
失いたくなかったから。
一つ一つ、彼の逃げ道を潰すように。
「幽香は、寂しくなかったの?」
「貴方が来てから、ね」
これだけ、嘘か真かわからなかった。
自分の口から出た言葉なのに、
もはや私の日常は彼に依存しきっていて、
失うのが余計に怖くなるだけだった。
噂を妖精から聞き付けたか、
向日葵がブン屋を見つけた。
危険じゃない事はわかってるし、
好戦的とはいえあの天狗がわざわざ挑発をしてくるとは思わなかったが。
○○に逢わせたくなかった。
植物、私が造った物だから何という訳では無いが、
蔦を伸ばし片足を引き地面に引き落とす。
落下の衝撃で顔面を打ち俯せになったところでさらに蔦を伸ばし、全身を地面に貼り付ける。
命乞いや言い訳をする暇など無い、
そのまま羽根を蔦で締め上げ、
骨を破壊した。
激痛とショックで泣き声すら上がらない天狗を蔦で引きずり、畑のへりに投げ捨てた。
何、家から一番近い畑の端でも1キロはあるのだ、
○○の目には入るまい。
「今日は日差しが強いし、家で過ごしましょう」
○○は何も考える事なくそれを受けた。
ふと、
「あれ?あそこ、妖精が何か集まってるけど……」
「……カラスでも落ちてたんじゃない?」
しまった、窓から見えない位置に捨てるべきだった。
○○がそのまま興味を失ってくれたから良かったが。
天狗への処遇は良い威嚇になったらしく、
次の日から新聞は届かなくなり、
畑に強い自我を持った妖精を見かける事も無くなった。
それで良いのだ、
○○がいれば、
○○さえいてくれば私は孤独じゃないんだから。
人間に手をかけた訳じゃないのと、
○○が私から離れたいと思わない事からか霊夢が襲来する事は無かった。
一度里の近くですれ違ったが、
興味なさ気に「面倒事が減って楽になったわ」と笑っていた。
ある意味では彼女なりの祝福なのだろう。
しかし、
魔理沙が畑を訪れた。
○○に隠し通せる状況じゃなかったので、
彼には睡眠毒を用いて眠って貰ったが。
魔理沙は魔理沙で面倒臭そうに、
「好きな奴でも出来たのか」と笑っていた。
「そういう事よ」
「病んでるなあ、おまえ」
「他の女を見せたくないんだろ?」
内心を見抜かれて、
自分が不機嫌になるのがわかった。
「いや、私は他人の恋愛は応援したいし、
霊夢だっておまえが弱小妖怪といざこざを起こさないからって喜んでる。
いいか、幽香、おまえの敵なんていないんだ」
「で、何が言いたいのかしら?」
傘を向けると流石に魔理沙も構えた。
「だからそうカッカするなって。
幸せにしてやれ、いや、幸せになれよ。
私だけじゃない、皆がそう思ってるんだ」
それだけ言うと魔理沙は飛び去って行った。
わかったような口を聞いて、
要は私を除け者にする口実が出来て嬉しいんだろう。
その口実を大事にしろだなんてよくまあ本人に言えたものだ。
失うものか、絶対に。
○○が日を追うにつれ病んでいくのが分かった。
食事が合わなかったのだろうか、
私に何か悪い所があったのだろうか。
○○は顔を青くしながらも「大丈夫だから、少し一人にして?」と優しく言った。
心配だが、本人の望み通りに一人にする事にした。
「気を遣いたくなるもの。
心苦しいけど、出ていくわね」
○○は笑顔で「ありがとう」と言った。
最終更新:2010年08月27日 10:58