「えいっ♪」
 目の前で笑顔一杯に笑っている幽香。
 は、○○の隣に居た人間を浚い、殺して崖から投げ捨てた。

 彼女は全く気にした様子も無く、
 透化した状態に戻ると、鼻歌を混じえながら彼の元へと戻ってゆく。

「当然の事が判らない愚か者ばかりね。
 近付く害虫は瞬殺されるだけだって、何で分からないのかしら♪

 大量虐殺も出来て、いい暇潰しにはなるけどね」
 そう言いながら彼の腕を取り、組もうとして、やめた。
(流石にばれるか)

 ちゅっ

 と、頬にくちづけるだけに留めておく。

 ――足元に小鳥の姿。
 自分達を意味も無く見上げていたが、足元から蔓の様なものが延びると、
 それに絡め取られ、力尽きる。
「……覗くなんて無粋じゃない。小鳥さん」
 そうしてまた、距離を取って尾け始めた。


 彼、○○の周りには……もう、誰も居なかった。
 家族、友人、知人、顔見知り。そして、他人であれ、何であれ。
 その殆どが、ある日を境にしてから。
 忽然と消えるように、居なくなっていたから。

 けれど、彼は悔やまなかった。
 寂しさを紛らわす為に育てていた、植物達だけは変わらずに。
 ……ずっと傍にいてくれたから。

 それが原因とも、知らずに。


「最初はあの、すきま妖怪の気紛れだったのよ?
 家族が神隠しに遭ってから、あれが植物を愛でる姿に、ね……
 こ、心奪われたって言うか。惹かれたと言うべきか……」
「はぁ」
 ジト目でエリーが話半分に聞いている。
 この話を聞くのも今回で百度目位だろうかと、視線を逸らしながら。

「で、エリー」
「はい?」
 いつもと違う所で話を振られる。
「人間の寿命が短いっていうのは分かるけど、
 流石に尾けるだけってのも飽きてきたのよ」


「確か、これだったわね」
 人差し指を立てると、幽香は花々の中から一本を選び出し、丁寧に植え替える。
 植木鉢へと、移し変えられたそれは、まだ咲いてもいない真っ白な蕾だった。


 ――数日後。
 道端で突っ伏して倒れている○○の傍に、幽香が居た。
「この花の香りを吸ったら、丸一日は起きられないわよね。
 さぁて今まで我慢した分、何をしてもいいわよね?」
 誰に聞いているのか、一人でそう呟く。
 そして○○を抱き抱え、家へと運んでいった。


 ……朦朧とした意識の中、○○は覚醒する。
 目が覚めた○○の目の前には、見知らぬ女性の姿があった。
「ん……くぅ……」
 自分のベッドに頭を乗せて、疲れ切ったように眠る女性。
 久方ぶりにまともに見た、その女性の姿は……何よりも綺麗なものに思えた。


 ……○○の想像通り、彼女は行き倒れになっていた自分を助けてくれたと言う。
 悪い事が無いように、自分をずっと見守ってくれていた、らしい。
 優しい人だと、彼は思った。

 そして彼が口に出さずとも、彼女は此処に居る事を望み、そう告げる。
「ずっと一人だなんて、つまらないでしょう?
 ……貴方さえ良ければ、”ずっと此処に居て上げる”わ」

 ○○は、疑う事も無く了承する。
 寂しさからか、孤独から逃れる為なのか。

 それともただの一目惚れか。


 そうして二人で過ごす内、幽香に○○は溺れてゆく。
「気持ちいいかしら……?○○」
 日課だった植物の世話も忘れ、彼女を求め、ただただ生きている。
 膝に頭を乗せていた○○はキスをせがむ様にして、幽香に顔を近づけた。
「ふふ……私も、丁度したかった所なの」
 なのに、植物は前よりも健やかに、育っている。

 不気味なまでに。


 次第にまるで、中毒するかの様に、彼女と距離を取る度に彼は激痛に襲われた。
 といっても、家にいる間は別で、外にいるだけの間の話である。

 彼は幽香の事を愛していたので、既にそれは苦ではなくなっていたが。


 そう、これよ。
 ……これが見たかったの。

 孤独を味わった貴方が、貪る様に愛を求め、私に縋り付く姿を。

 本当は、貴方が寿命を終えた後……
 この蕾に魂を宿し、妖怪にしてからって……思ってたんだけど。
 どうせ結果が同じなら、早い方が良いわよね?


 何時もの様に幽香の姿を見つけると、○○は話し掛けようとする。
 が、足を一歩踏み出した瞬間、自分の足元は葉っぱの様なものに掬われて、
 上からも々、葉っぱの様な天井があった。

「おはよう♪ あ な た」
 幽香は何時もと変わらない。
 が、何かがまるで違う。
 雰囲気、威圧感、そして、視線。
 自分を見る瞳の色も、どこか赤みを帯びて感じられた。

「ねぇ○○、私を出会ってから、どれだけ経ったか憶えてる?」
 妙な事を聞く、と思い、遠目に見えたカレンダーを見て答えようと――した。


 思考が固まる。

 そんなこと、ある訳が無い。

「正解よ。あれから110年と少しって、所かしら」
 自分の手を見るが、目に見えた姿はあの時から変わっていない。
 いや、あれからどう過ごしていたのかさえ、はっきりとは憶えていなかった。

 気が付くと、幽香はお腹を摩っている。
「うふふ。どうしたの?」
 まさか……

「さ。立派な妖怪のお父さんになってね、○○?
 この日の為に、ずっと見守って居てあげたんだから♪」

 愕然とした精神状態のまま、彼女は続けた。

「それじゃあいらなくなった、その鉢を処分しないと。
 ……といっても、寿命を迎えたその体を、処分する為だけどね。

 ああ、ソレを失う痛みに関しても、抜かりないわよ?

 だってその子、貴方が大切に育てた」

 ハエトリソウ――

「だから、きっと気持ちよく溶かしてくれるから、安心して頂戴ね」
 幽香がそう言うと、視界は閉ざされて、葉の棘が自分を拘束する。

 意識は突き破られ、溶けていった。


 ……幽香に抱かれているような感覚。
 視界はないのに、何故か○○はそう感じた。

 彼女はゆっくりと、白い花を抱き抱えながら歩いている。
「そうそう、もう少ししたら、あの花の季節が来るのよ。
 今度、二人っきりで見に行きましょう?

 ……きっと、その頃には。

 もっと色々な事が出来ると思うから♪」
 片手で押す乳母車には、彼女の面影ある赤子の顔が見えていた。

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最終更新:2010年08月27日 10:59