白いワインは七色のフランス料理に調和するのか
紅魔館の大広間に並ぶ長い机と豪華な椅子。普段はホールとして開放されている一室は、今日
という日に備えて豪華な飾り付けがなされていた。外界でも口にした事が無いオードブルから
始まり、スープ、一風変わって二種類の魚のメインと続いた料理は招待されていた○○の度肝を
抜いていた。
パチュリーから何気なく招待されていたこの晩餐会が、こんなにも豪勢な物である
のならば、霧雨商店から洋式のスーツ一式を新調するか、せめて香霖堂から外来から流れ着いた
学生服でも、レンタルしておくのだったと後悔にも似た感情を○○は抱いていた。
○○の目の前には当主の吸血鬼が座り、食後のデザート代わりに赤い貴腐ワインを飲んでいた。
銀色の髪にホワイトブリムを付けたメイドがパチュリーの横に座る○○に次のワインを注ぐ。
白いワインを注いだ彼女は芳醇な香りを漂わせたまま、ジッと待つ。誰かの紹介を待つかのよ
うに。
「XXX9年製白ワインよ。」
奇しくも自分と同じ年に作られたワインを、隣のパチュリーが○○に紹介する。コース料理の際
にテーブルマナーに慣れていない○○に、小声で色々教えていた時とは異なり、周囲の人間に聞
こえるように今までよりも大きな声を出す。その言葉が切っ掛けになったかのように、周囲の列
席者がワインの品評を下していく。
「大変澄んでいて良いワインです。」
悪魔の翼を持っている図書館の司書がいの一番に口火を切る。
「まろやかな味で良いですね。」
普段は人民服をきている門番の女性も、
小悪魔に続く。
「大変結構で御座います。」
いつの間にかメイドをしていた女性が当主の横の席に付いていた。
「今日の七色の魚料理だけじゃなくって、赤いワインにも良く合うんじゃないのかしら…。あら
冗談よパチュリー。」
当主の妹が冗談を言うが、直ぐに訂正する。
「素晴らしいモノだわ、パチェ。」
最後に目の前に座った当主が言葉を発する。
「それでは、今後の紅魔館の発展に乾杯。」
レミリアの言葉に各自ワイングラスを掲げ、グイと一飲みする。冷たいワインは○○の喉を通る
と熱く喉を焼いていった。
「フランスXX地方の赤ワインに○○様が当館にお持ちになられた、
オレンジを使用しました
当館オリジナルのになります。」
またいつの間にかメイドの格好に戻った咲夜が○○にカクテルを注ぐ。今度は○○だけに注がれ
たアルコールを、何気なく口に運ぶ。口当たりの良い飲み物は、直ぐに小さな器から無くなって
しまっていた。
「一息で…」
「本気なのね…」
周囲で控える妖精メイドがざわめくが、メイド長の一睨みで直ぐに静まる。
「御客人、もう一杯いかがかしら。」
レミリアの勧めに○○は、自分のグラスを少し上げることで答えた。
再び満たされたグラスを口元に運んだ○○は、先程から周囲の人の視線が自分だけに注がれて
いることに気づいた。晩餐会であるのに、誰もグラスを持たず、喋りもしない。ただ無言の視線
が自分に注がれている事に漸く気づいた○○は、アルコールが回ってぼやけた頭でも感じたきま
りの悪さを拭い去ろうと、もう一度勢いよくグラスを傾ける。やはり舌が緩む甘さと、喉を通る
時に感じる焼けるような刺激を感じると、急に自分の意識が遠のいていくことを、どこか他人事
のように○○は自覚していた。
ふかふかの絨毯の感触を足に感じ、漸く○○は自分が今パチュリーと並んで紅魔館の廊下を
歩いていることに気づいた。魔法でも都合良く使っているのであろうか、アルコールで制御の効
かない自分の体は、魔法使いの細い腕に従って廊下を進んでいた。自分の意識がはっきりした
ことに気づいたパチュリーは、呪文を唱えるように言葉を紡ぐ。
「白いワインは人間を示し、赤いワインは紅魔館を示す。」
「魔女の特製のカクテルは、人間には良く効いたかしら。」
明るい廊下の中、銀色の蝋燭立てを持って二人を先導していた小悪魔が図書館の一室のドアを開
ける。大きなベットの傍らのサイドテーブルには、湯気の立ったカップが二つ置かれていた。
「それでは御主人様、旦那様、ごゆるりと。」
背後でドアが閉まるのを感じながら、○○はどこか予想外のような、納得したような心持ちで
あった。
最終更新:2017年06月03日 22:53