○○の寿命が視えてしまった、あの時から。
    、は狂い始めていたのかもしれない。

「死神のお前が、毎日用も無く俺なんかに会いに来てて大丈夫なのか?」
 彼は、彼女がどう答えるかを知っていた。
 そして、彼女も何時もの様に答えた。
「休憩も仕事のうちってね。
 気にする事は無い、あんたと会ってたほうが、仕事の効率も上がってるんだ」
 嘘は言っていない、それ故にまるで悪気の無い笑顔で答える。
 そうしながらも、小町は自分の体で○○を受け止めるようにして、
 ○○もまた、小町に体を預ける様にして、ただ穏やかにその時を過ごしていた。

「あのさ……」
 そんな中、小町がばつが悪いと言った感じで、○○を強く抱きしめる。
「どうしたんだ?」
「……実は、ね。ほんと、言いにくい事なんだけどな」
 中々言い出せずにいる。
 ○○を信じてはいる小町だったが、こればかりはどうにもならなかったらしい。
 ごくり、とつばを飲み込むと。
 意を決したように、口を開いて言う。

「○○。あんた、もうすぐ……その寿命を迎えるよ」

 彼は、何も答えられなかった。


 暫くして、やっと○○が口を開く。
「死ぬのか……?」
 実感の沸かぬ顔のまま、小町を真っ直ぐと見ている。
 その目には、まだ光があった。
「あ、でもあくまで寿命だもんな……?
 俺が頑張れば変わるかもしれないし、それにいざとなったら、
 小町が俺の寿命の距離を延ばせば……」
 冷静に取り繕おうとする○○だったが、手の小さな震えが、彼の中にある、恐怖を示している。
「寿命は距離とは別で、無理、かな……」
 肯定か、否定かはともかく。小町は答え。
「……残念だね。あたいだって、少し、辛いけど……」
 そうして首を振る。
 ……小町からの続きの言葉を待つ○○だったが、
 場は沈黙のまま、誰も、何も、口にする事はなかった。

 がばっ。

「小町……?!」
 覆いかぶさるようにして、小町は○○を包み込む。
「……せめてもの餞。
 あたいには、これくらいの事しか、してやれないんだ……」

 涙を眼に溜めたまま、小町はゆっくりとその胸を押し当てて――


 そして○○は、いともあっさりと死んだ。
 あの話をしてから二週間経った、後の事だった。


 彼岸に一人、男が座り込んでいる。
 小町の姿を見つけると、服についた埃を払い、手に持っていた銭を全て小町へと渡そうとする。
「結局、お前には何も残せなかったけど」

「転生して、もしもお前の気が向いたら。また俺と一緒に、過ごしてくれ」
 男の手を、小町が握り返すと、銭を持っていた手を押し返すようにする。
「あんたは、あたいの”大切な”知り合いだからね。
 ……渡し賃は要らないよ。
 あんたの積んできた、徳って奴に免じてね」
 そうして船の椅子に座るよう、促す。
「職権乱用じゃないのか?」
「いいんだよ。うちのボスだって、あんたの事を知らないわけじゃない」
 ○○が座ると同時に、小町はすぐに舟を漕ぎ始め、他の客には見向きもしなかった。
「お、おい。いくらサボリとはいっても、他の客を置いてくのは……」
「いいんだって」
 小町は華麗に、かつ力強く水面を漕いでゆく。
 彼岸が見えなくなった頃、水平線しか見えない河の真ん中で、小町は漕ぐのをやめた。
「また休憩、か?」
 ○○が軽くそう言うと。
 小町は体当たりするように、○○へとしがみついて――

「――あたいだって!○○に何も出来なかったんだ!!」
 泣きじゃくるように、顔を伏せたまま。
「……でもね、あたいには出来ない!
 寿命を弄って不幸になるのが、あたいなら構わないさ。

 でも結局、その報いってのは、あんた自身に返って来ちまうもんなんだよ」

「だから……だから……何もして、やれないんだ」

「ずっとに一緒にって気持ちは。変わってないのにね……」

「小町……」
 何処か弱々しい、彼女の名前を呼ぶ○○。

 ――が。

「だから……」

「だからさ」

 小町が舟を漕ぎ始める。
 が、それは先程までとは別の方向。
「……えっ?」

「だから」

「あんたはこの河を渡らなければ良いんだよ」


 ……彼岸の何処か、誰も辿り着けないかのような場所に、悪霊の男が一人、住み着いていた。
 が、悪霊化したと言う割には、人間らしく、そしてまた人並みに良識的であった。

 あの河から、丁度一年掛けてこれる距離の場所だろうか。
 だが小町は、その自身の能力のお陰で誰にも立ち入る事の出来ないこの場所へと、
 毎日の様に通う事が出来ていた。

「あは、○○……」
 何時もより服をはだけたまま、男の顔を見るなりキスをせがむ。
「何恥ずかしがってるんだよ。今更、あたいから逃げられるとでも思ってるんじゃないだろうね」
 あいも変わらず、屈託も邪気も無い、それでいて何処か不思議な雰囲気で笑ってみせる。
「ずっと一緒に居られるなら、なんだって構わないよ……
 だって好きなんだ。愛しちまったんだ、仕方ない。

 でも結果で考えれば、あんたをこうして独り占め出来た訳だし、
 ……あんたも、こうして、……出来るんだよ」
 自分の方へと手を手繰り寄せると、小町は口づける。

 一つだけ、隠し事をして――


(……○○。
 転生なんて、させないよ。

 あんたは、あんたのままで、居て欲しいんだ


 かわらず、いっしょに)

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最終更新:2010年08月27日 11:01