「・・・あー駄目だ、暑い」
いつものようにまだ薄暗い早朝に起きて、眠い目を開きながらそんな事を言ってみる。
いくら冬になって寒くなったからって、毛布や部屋着を色々重ねすぎたかもしれない。
そう反省しながら布団から出ようとした時、体がやけに重く感じた。
もしやと思って中を見ると、俺を抱き枕代わりにして寝ている天子の姿があった
「んん~。・・・何、○○。もう起きるの?」
天子はだらしない顔をして、よだれを垂らしながら起きて来た。
うつらうつらと、もう一度夢の中に戻ろうとしている。
「もう起きろ、今日は早めにやらなくちゃいけない仕事があるんだよ」
「いいじゃないそんなの~。知らんぷりして寝よう?」
寝起きとはいえ、なんてこと言いやがる。こっちは生活掛かってんだぞ。
「じゃあ、今日は別行動なのか」
「・・・嫌よそんなの、一緒に行く」
天子は一瞬で目を開いてから、不機嫌そうな顔で言った。
正直、ハイライトまで消すのはやめてほしい。
「じゃあさっさと準備しろ。服ならそこに入ってるだろ」
俺が壁際のタンスを指差すと、「分かった」と一言だけ言って服を脱ぎ始めた。
「おい馬鹿、俺が出てから着替えろっての!」
俺は恥ずかしくなって、顔を隠しながら玄関の方に行く。
「むしろ見ていいのに・・・」
そんな言葉が聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。
「・・・どうしてこうなったんだっけか」
思わず呟いて目を閉じ、思い出してみる。
あれは数か月前、秋になりはじめた頃の事ーー

あの日は、残暑にしても少し暑かった。
俺は仕事の休憩がてらに、行きつけの店の、ぜんざいを食っていた。
白玉はなめらかな舌触りが心地良く、小豆も上品な甘みを出していて、とても美味い。
そんな幸福を味わっている時に、天子が現れて小言を言った。
「あら○○。またぜんざいを食べてるの?あんまり食べると体に悪いんじゃない?」
「うるさい、小豆で苦しむなら本望だ、俺の至福を邪魔すんなよ、ヒナ」
俺の返しに、天子はむくれながら怒った。
「だから、何度も言ってるでしょ!私の名前は比那名居天子だって
呼び捨てでいいから、名前で呼べって言ってるのに!」
「だったらこっちも、毎回いってるだろうが!
比那名居は長いし、天子なんて言いづらいんだからヒナで十分だって」
「じゃあ、せめてヒナって言うのをやめてよ」
「・・・分かった」
俺の言葉に、天子はやっと観念したかって顔をした。
「それなら、今日からてんこって呼んでやるよ」「だから名前で呼べって言ってるでしょうが!」
口論が激しくなりかけた所で、天子の後ろから衣玖さんが出て来た。
「落ち着いてください。総領娘様に○○さんも。
日が高いうちから喧嘩しちゃ駄目ですよ」
衣玖さんの注意を聞き、俺は即行で謝った。
「悪かったな、これからは名前で呼ぶように善処する」
「・・・腑に落ちないけど、まあいいわ。許してあげる」
天子の上からな態度にイラつきながらも、衣玖さんに謝罪する。
「衣玖さんも、お手数かけてすみませんでした」
「いえいえ、そんなことないですよ」
「ちょ、ちょっと。なんで衣玖には敬語で、私にはいつも通りなのよ!」
天子の問いに、俺は何言ってんだって顔で返した。
「当たり前だろ。衣玖さんは優しいし、綺麗だし、仕事の手伝いもしてくれたからな。
それに比べてお前は、人の飯を盗るわ仕事の邪魔するわで迷惑行為ばっかりじゃないか」
天子は図星を突かれたのか、「う、うるさい。そんなの私の勝手でしょ」と言った後に黙った。
「○○さん。あまり総領娘様をいじめないでくださいね?」
「え?あ、いや、別にいじめてるわけでは」
そう返すと、衣玖さんは少し微笑んだ。
「では、喧嘩するほど仲が良いという事でしょうか」
「「え?」」

衣玖さんの発言に、俺と天子は声を合わせて驚いてしまった。
「い、衣玖。何言ってるの?私達の仲が良いって、そんなわけ」
「違いましたか?でも私には、二人が喧嘩している恋人にしか見えなかったので」
そんな事を平然と言う衣玖さんは、少しだけ、寂しそうに見えた。
「ちょっと衣玖さん!冗談はやめてくださいよ」
「ふふ、ごめんなさい。ちょっとふざけてみたです」
そんな風には聞こえなかったんですが・・・
「質の悪い冗談はやめてよ、衣玖。というか○○も、それ食べてさっさといくわよ」
どこに行くのかと考えつつ、天子に気になったことを問う。
「俺は仕事があるんだけど」「さぼっちゃえばいいじゃない」
「・・・一応聞くが、拒否権は」「そんなのあると思う?」
やっぱりと思いつつ、俺は残った汁を一気に飲み干す。
下ろした空っぽの器の隣に、食った分の代金を置いた。
「終わったぞ」
「それじゃあ、出発ね!」
天子の掛け声とともに、俺は天子と衣玖さんについて行った。

あれから約2時間、日が真上から少し傾いた位まで俺は天子の買い物に付き合わされた。
天子は飾りや小物の様な物を中心に、色々買って行く。
俺は今回、天子の荷物持ちとして連れてこられたらしい。
途中、衣玖さんも何か買っているように見えたが、何を買っていたかまで良く見えなかった。どんなものを買っていたのか気になって、衣玖さんに直接聞いてみたが、
『○○さん?女性の買い物を詮索するのは無粋ですよ』
と、軽く流されてしまった。
まあそんなこんなで、俺の手には山積みの商品が乗せられていた。
「おい。ヒ、比那名居。ちょっと買いすぎじゃないか?」
「まだまだよ、もっと欲しいものはあるもの」
まじか。こんだけ買っておいてまだ何かいると?
正直、こんなにものがあっても困るだけだと思うが。
そして次の店に入ろうとした時、店のすぐそばで揉め事が起こっていた。
「どうしたんでしょうか」
少し近づくと、男数人が、一人の女性に絡んでいた。
「やめてください!」
「まあまあ、そんな事言わずに。ちょっとだけだから」
そんなやりとりをしながら、男たちは嫌な薄笑いを浮かべている。
「・・・最低ですね」
「全くですね。比那名居もそう思うだろ」
そう言って隣を見たが、そこに天子はいなかった。
どこに行ったのかと少しまわりを見渡すと、男三人に向かっているのを見つけた。
      • って、何やってんだあの馬鹿!?
「ん、何だアンタ。俺らになんか用か」
三人の内の一人が天子に気付き、ゆっくり近づいていく。その一人を、天子は思い切り殴った。
「オラァ!」「がはっ」
男は数歩先まで吹き飛び、ビクビク痙攣してはいるものの、動く気配はなかった。
その光景を見た他の二人は、何が起こったか分からないという顔をしている。
「さて、と。あんたらもこうなりたい?」
状況を理解した二人は舌打ちをすると、倒れた仲間を連れて逃げて行った。
「あの、ありがとうございました」
「ああ、気にしないで。私はただあいつらがムカついただけだから」
お礼を言った女性に、天子は照れくさそうな表情で言葉を返している。
      • 正直、あいつの事を見直した。
そう思えるほど、今のあいつの姿は凛としていてかっこよかった。
そんな風に考えていると、いつの間にか天子がこっちに戻ってきていた。
「○○、その荷物を頂戴」
「ん、どうしてだ」
「そんなの、帰るからに決まってるでしょうが」
天子は呆れた様な溜息を吐きながら、そんな事を言う。
「買い物は?もういいのか」「なんかやる気がなくなっちゃった」
全く。本当にきまぐれだな、こいつは。
「了解だ。落とすなよ」
適当に言いながら、山積みになった品を天子に手渡した。
「おっとっと。危ない」
崩れそうになった山を立て直しつつ、天子はゆっくりと飛んで行く。
「○○。今夜は貴方の家に行くから、部屋を隅々まで綺麗にしときなさい!」
「は?」
去り際にそんな事言われても困るんだが。
「すみません、ご迷惑をかけてしまって」
「そんなことないですよ。とても楽しかったですよ?」
「そう言ってもらえると、ありがたいです。では、また今度」
丁寧な挨拶を残して、衣玖さんも天子を追いかけるように飛んで行った。
「さて、どうするかな」
部屋の掃除か?散歩もするか?いっそ昼寝でもしようか?
取りあえず、今日の仕事をどうにかしてから考えよう。

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最終更新:2017年06月04日 00:25