「やっぱり消えないのですよ、情念や情欲と言った感情が」
○○は酒を飲んでいるマミゾウの横をすり抜けながら、庭先に出て行った。
マミゾウが一つ気になったのは、○○の履物が共用の物ではなく彼の持ち物である靴であった事だったが。
「一輪は酒を般若湯と言ってごまかしておるし、ワシなんて今も堂々と飲んでおるぞ?」
今の○○を無視する方がはるかに危ないのは、すぐに分かった。

「その程度じゃ終わらないんですよ……私は聖様の下で修業を積ませてもらっていますが。修業を積むほどに情欲が大きくなるのです」
「酒も……いくらか以上は飲みました。でもそれでも誤魔化すことすら出来なかった」
「はしたないことに……お手洗いの個室で私は私自身を―ー
「それ以上は言うでない!!」

○○の表情が悲しくなった、怒りや呆れなどの突き放すようなものでないのは非常にまずかった。
「いや待て○○、責めた訳ではない。ワシも男は好きだぞ?」
「清濁が併せ呑めないのですよ」


「それすらも……彼女は、聖徳王は理解してくれました」
最悪である、一番出てきてほしくない奴の名前が出てきた。
「彼女も、彼女の配下の方達も。私の情欲や情念に対して、最大限の理解と尊厳を与えてくれました」
「○○!何なら今晩、一緒にどうじゃ!?ワシもそこそこ自信はあるぞ!?」

「……そうじゃない」
○○が呟いたが、マミゾウは確かにその通りだと内心で毒づいた、これではただの哀れみだ。
自尊心のある者が、嫌がる物の中では最たるものであろう。


「彼女は、聖徳王は、豊郷耳神子様は。すべてをお話になられました」
「あの方はご自身の情念や情欲に対して、後ろ向きな感情を何一つ見せずに。お話になってくれました」
もう駄目だ、落とされている。
最早この場での説得は不可能である、マミゾウは○○がどこにも行かないように捕えておくことに決めた。
聖から一発ぐらいは殴られるかなと思ったが、逃げられるよりはマシだと覚悟を決めたが。

「そうはいかん」
と言う声がマミゾウに聞こえたのとほぼ時を同じくして、彼女は全身にシビレを感じた。
思い出した、こいつは蘇我屠自古だ。神子の取り巻きのうちの一人、当然そういう関係も持っていた。
そしてこいつは……電撃を操れる。

そうか……マミゾウは○○が自分用の靴を履いているのを倒れながら見て気づいた。
「お主!手引きしおったな!!霊廟の者を!!」
満足に動けない体ではあるが、憤慨からなのか言葉の方はするりと出てきてくれた。

「明るいお方でした、情欲や情念に対してあんなにも明るくお話になれる方を、私は初めて見ました」
だが○○は否定も肯定もせず、自らの感動を伝え続けた。
その先、と言うのをマミゾウは容易に想像できた。何せ神子は“どちらでもいける”と言うのはもっぱらの噂である。
「やめろ○○!それ以上の事を言うのだけはやめろ!!知らなければ、無かった事とほとんど変わらない!!」

「それじゃあ私の情念はどうなる!!いったいこいつをどうすればいいんだ!仏教はそれを教えてくれなかった!!」
だがマミゾウの妥協案は、生真面目な○○にとっては火に油の一言であった。
「彼女は私の一番奥に聖白蓮がいても構わないと言ってくれた!そのうえで、私は!」
マミゾウは目を閉じた、もう止めることができないと悟ったからだ。
「豊郷耳神子様と寝床をともにした!!」

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最終更新:2017年06月05日 21:31