エイプリルなフール
「他に好きな人が出来たんだ。」
必死に溜めた思いを
さとりに言うが、彼女には予めお見通しであったのかも知れない。ふうむ、フうム、フウム
と僕の言葉を噛み締めた後、咀嚼が出来たのかいつものにやけ顔で僕に返答をする。
「エイプリルフールですか。あんまりな嘘は感心しませんね。」
-退屈ならば、何をしてもいいという訳ではありませんよ-と余裕を見せながらも、第三の眼は僕をやや非難する
ように細めている。
渾身の思いを込めた言葉であったが、あっさりと躱されて拍子抜けしてしまう。そうでは無いと言おうとして、
はたと止まる。
「そうでは無い、そう仰りたいようですが嘘はいけませんよ。」
あくまでもさとりは僕に諭すように言う。
「嘘じゃあないよ。」
息をふぅと吐き、さとりは僕に近づく。
「他の妖怪には通用したかもしれませんが、」
冷たい手が僕の頬に触れる。
「さとりの私には通用しません。」
彼女の唇が額に触れ、舌が僕の皮膚を舐める。皮と骨を貫いて脳髄を犯す様に。
ふと、携帯が鳴っていることに気が付いた。数回のバイブレーションは、メールの着信用である。さとりに食べ
られるような格好で、メールを開いた僕は文面に目を凝らす。-上手くいった?-と短く書かれた文面と、知ら
ないアドレスであった。-どちら様ですか?お間違えでないですか?-と返答しようとして、さとりが僕の手を
掴む。
「私が居るのに他の女を考えるなんて、悪い人。」
心を読んだのか、目を向けずに携帯を僕の手から器用にスルリと取り去る。
「間違いメールだよ。」
携帯を目線で追いながら答える。
「最近流行の詐欺メール。」
「まさか。」
だとすれば、とんだ間の抜けた詐欺師もいたもんだ。名前も連絡先も何も書いてないのでは、鴨にしようがない。
「はい、削除。」
口に入ってくる彼女の舌の感触と僕の体にかかる重みによって、小さな疑念は桜が散るように消えていった。
最終更新:2017年06月09日 22:27