永琳女史の診察カルテ7
診察室に患者が来る時に、家族も付き添いとして来ることもある。特に重大な病気の告知であったり、手術など
の選択をする際には患者も一人では心細いであろうと、永遠亭も診察室への付き添いを認めている。今日も二人の
人間が診察室で永琳の説明を受けていた。午前中の日の光が明るく差し込む部屋は、白い壁を清潔感たっぷりに映
し出している。これで患者の容態が良ければ文句の付けようも無いのであろうが、
事はそう単純では無いのであろう。患者の病気と同様に。
永琳は患者に対して診察を行う。外界での診療基準を参考にして改良を加えた質問を永琳は患者に投げかけて
いく。永琳は優秀な医者ではあるが、鬼才は普段は使わない。天才が天才たる由縁は、彼女が常に正確な診断を
下していることがあろう。奇手、妙手に頼らずに詰め将棋の様に正道で解決できる。億年に渡る膨大な知識と経験
をもってすれば、高々百年にも満たない人間の病歴などは、日の元に新しき物など無しと断言出来るのであろう。
1、患者の興味は固定されている。対象以外への興味は減退しているが、対象に対する興味は向上している。
2、極端な気分の変動が見受けられる。対象の行動に対してのみ強く反応が見られる。
3、奇跡を起こし、神の声が聞こえるとする。
4、睡眠障害が見られなず、身体的な病状は見られない。
此処までの質問の結果をみれば、統合失調症を疑うことが出来るのであろう。しかし患者が現人神であるならば、
そもそもの幻覚の症状の前提が崩れ去る。永琳が月で遠い昔に開発した特殊な試薬のセットに患者の血液を数滴
垂らし、二人の前に提示する。
「鬱病に、統合失調症。強迫性障害とおまけにヒステリーまで陰性ですね。」
永琳の診断結果が気に入らないのか、男性の方は反論をする。
「そんな血液でどうやって病気が分かるというんですか!いくら現代でもそれは無理でしたよ!」
怒気に対して、永琳は柳に風とばかりに受け流す。
「γ種のコロイドのタンパク質が脳に蓄積され、それに対する反応を見るのがこの試薬、θカルボキシ酸の呈色
反応を利用して色が
オレンジに反応すれば陽性だけれども、青色の反応ならばδの環状イオンが分離していると
考えられてこっちの試薬での分離反応から、xenonが検出されているから、分かったかしら。」
弟子の優曇華ならば半分以上は理解できるだろうと、意地悪を込めて四分の三程に端折った説明は、男の怒声を
ごっそりと削いでいた。
「つまり、結局どういうこと何ですか。彼女は病気なのですか?」
しばらく沈黙をする永琳は珍しく答えを濁す。
「病気といえば、病気ではあるけれども、それは問題の観点からは外れるわ。」
「そんな抽象的な事を言われても分かりませんよ。」
あくまでも男は答えを求める。追い詰められた男には、この診断が最後の望みなのであろう。
「病気みたいに性格の悪いのは治らないわ。」
「えっ・・・。」
男にど真ん中のストライクならぬ、脳天へのデットボールをぶつけた永琳は、なおも男に危険球を投げ続ける。
「鬱病やら統合失調症ならば薬で何とか出来るけれど、そもそも病気じゃないんだから、直しようがないわ。」
「そんな!一体どうすれば・・・。彼女に拘束されるのはもう嫌なんですよ!」
悲痛な男の訴えにも耳を傾けずに、永琳はバッサリと切り捨てる。
「諦めたら?」
「嫌だ!そうだ、カウンセリングで何とかして下さいよ!医者なんでしょう?!」
「変わる気が無い人間を変えることなんて不可能だし、それはもはや洗脳だわ。」
「だったら・・・」
「当院では犯罪行為はお断りしております。」
「~!!!」
興奮のあまり最早声が出なくなった男を差し置いて、永琳は隣の早苗に話しかける。
「むしろ彼の方が病気じゃないかしら。さしずめ、興奮によるヒステリー。」
「治療法は?」
「静かな環境での安静をお勧めするわ。」
「最高ですね。それ。」
髪飾りの白蛇のうねりが収まった所を見ると、解決策はいたく彼女の気に召したようであった。
最終更新:2017年06月09日 23:24