探偵助手さとりif4

 探偵とさとりはその日紅魔館に招かれていた。シャンデリアが赤々と輝く広間には、高価な調度品が控えめに
飾られている。それらに似合うように豪華なフルコースが饗されているが、卓に付いているのはスカーレット当主
夫妻とさとりと探偵の四人のみである。かつての古明地探偵事務所が数個入ってお釣りがくる位の、いくら広い部
屋といえどもレミリアの親友すらもいない中での食事は、探偵にとっては窮屈な感覚をもたらしていた。

 メインの食事が済んで残すはデザートとなった時、レミリアは気まぐれの様な顔をして探偵に言う。
「御客人、折角なのでちょっと心理テストはどうがかしら。」
そう言って指を鳴らすと、たちまち側で控えていたメイドが二人の目の前にゆっくりと皿を提供する。
「ラズベリーのソースにクリームチーズケーキは如何。」
探偵は何気なくケーキにスプーンを入れる。白い端から順に、ゆっくりと赤いソースが掛かる中央へ匙を伸ばして
いく。ふと隣を見ると、さとりは丁寧にソースをケーキに伸ばしていた。一面に赤いソースを塗り白い面を消し去
ってしまう。全てを覆い隠す様に、隙間無く。
探偵が内心驚いている内に、さとりはそのケーキを食べ終える。パチリという指が再び鳴らされる音で、探偵は自
分が横を凝視していたことに気づき、慌てて前を向いた。

「プレーンなクラッカーとカカオのチョコレートムース。」
レミリアが次の品名を告げると、目の前に皿が置かれていた。探偵は横目でさとりを伺いながら、クラッカーに
手を伸ばす。クラッカーに少しチョコを付けて食べるが、チョコが苦すぎる。黒い色のチョコには砂糖が殆ど入っ
ておらず、カカオの苦さを探偵の舌にダイレクトに伝えていた。顔を蹙めた探偵を見てレミリアは悪戯が成功した
子供の様にニヤリとする。
「外来人には苦すぎたかしら。」

自分よりも数十倍も生きていながらも、数分の一しか経験がないような外見の少女からそう言われると、探偵も多
少は言い返したくなる。
「いやいや、そ-」

カツン、と隣より飛び込んで来た音で、探偵の言葉が途切れる。隣を見ると、さとりはスプーンでクラッカーを
ムースの中でバラバラにしていた。綺麗な色のクラッカーを一面黒に染め、スプーンで磨り潰す。探偵の言動を止
めるような音を立て、その後にここまで露骨なさとりの行動を見れば、探偵も何か自分が思い違いをしていること
に気が付くが、それが何か分からない。さとりが静かにクラッカーを口元に運び終えるまで、探偵は紅茶を飲みな
がら考える。浮かんでは消し、思いついては否定していた幾多の考えも、次の物が運ばれると一気に晴れた。

 大きなマグカップに入った珈琲。二人の人の前に置かれた一つのカップは、露骨に当主の問いかけを示していた。
今回もレミリア夫妻の前に同じ物が置かれる。レミリアの隣にいた男性は、同時に出された二つのコーヒーカップ
に丁寧に珈琲を注いでいった。ミルクと砂糖を同じだけ注ぎ、丁寧に混ぜる。甘露と平穏と苦難を等しく分け合う。
-健やかな時も、病める時もいかなる時も等しく汝を愛します-結婚式で新郎新婦が宣告する台詞が探偵の脳裏に
浮かぶ。探偵が自分の側の珈琲を取ろうとするが、さとりは先に手を伸ばす。
 「はい、あーん。」
場違いな明るい声で、さとりは探偵にスプーンを差し出していた。小さなスプーンには珈琲がなみなみに入ってい
る。子供にするようなさとりの言動に戸惑った探偵の口元を、さとりは反対の指で摘まむ。唇をかき分け歯をこじ
開ける様に開き、スプーンを探偵の口に入れる。スプーンを傾けて中の液体を溢せば、探偵は顔を自然と傾けてい
た。さとりは手で探偵の喉を撫でる。喉に流し込んだ珈琲を落とし込む様な手の動きは、まるでペットに薬を飲み
込ませる様と同じであった。

これまでの蒟蒻問答に似た無言の問いかけに探偵は気づく。いや、気づいてしまった、と言うべきなのであろう。
幻想郷での妖怪と人間の相対、悪意に染まっていない外来人と其れを蝕む因習、二人の間の愛情、それらを探偵は
無意識に曝け出し、さとりは無言ながら雄弁に表していた。さとりの強迫的な表現に探偵の顔に反発の色が生じる
が、それでもさとりは落ち着いた顔を崩さない。まるでその様な物は何の障害にもならないと言うかのように。
 愉悦を存分に味わったレミリアはさも満足したかの様に言う。

「いやはや面白いわ!非力な人間の矜持と圧倒的な力を持つ妖怪の傲慢さ、まるで演劇の舞台のようだわ!」
これまで殆ど口を開かなかった男性が、長い犬歯を覗かせて重い口を開いた。
「それでも、貴方には月並みな言葉だけれども、頑張って欲しい、意思を貫いて欲しいと思っている。」

 帰り道にさとりに抱えられながら、探偵は地底の暗い空を飛ぶ。さとりに運ばれている状態ではあるが、探偵の
心には反発が燻っている。その心を感じたさとりが探偵に話しかける。
「まだ怒ってますね。」
「ペット扱いされて怒らない方がどうかしているよ。」
「ふふふ、ペットの方がある意味健全かもしれませんよ。二人が平等であるが如く、その愛は歪なのですから。」
アルキメデスの亀の如くパラドックスを展開するさとりに、探偵は考え込む。
「吸血鬼の血の契約は絶対です。どれ程憎悪があろうとも、それをも血の繋がりは二人を愛で結びつけるのです
から。そして吸血鬼の力があるがこそ、相手に裏切られないための絶対の契約が必要になるのです。」
「平等なのは結構なんじゃないのか。」
「平等だから、裏切られるのが怖いのですよ。だから相手を拘束し、血で心や魂まで縛るのですよ。あのような
尊大さは裏に弱さを隠しているのですから。」
「でも、さとりだって異常だ。」
「幻想郷に完璧は存在しないのですよ。外界にも存在しなかったように。」

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最終更新:2017年06月13日 19:22