霊夢/1スレ/777-778




 楽園の素敵な巫女、幻想の管理者たる博麗霊夢は、誰にも囚われず、誰にも靡かず
ただ一人で淡々と、自らの役目をこなしていく、はずだった。
 これまでも、そして、これからも。

 彼が、外の世界より迷い込むまでは。

 幻想郷に迷い込んだ青年は、妖怪退治の帰りがけの霊夢によって保護された。
行くあてもない青年を神社に住まわせるよう決めたのは、彼女の気まぐれだったのだろう。
 家事を手伝い、宴会の後片付けを手伝いながら、長い時間を過ごしていくうちに、同居人
以上の感情を抱くのは自然なことだった。霊夢がそんな感情を抱くことは初めての経験であっただろうが。

 紆余曲折あり、ついに青年と霊夢は結ばれた。
 心も、身も捧げ合い、貪り合った。
 神社に帰ると、大切な人が待ってくれていることが、どんなに幸せなことか、初めて霊夢は知った。

 しかし、それは突如打ち砕かれた。

 里へ買出しに行った青年が、いつまでたっても戻ってこない。
そういいながら取り乱す霊夢が、偶然遊びに来た霧雨魔理沙に縋り付いたのは、季節が一巡りした
夏のある夜だった。
 涙さえ見せて、か細く震える霊夢の姿を初めて目の当たりにして、魔理沙自身も穏やかではなかった。
ほどなくして知らせを聞いた私や鬼、紅魔の門番、人形遣いや半獣、炎の蓬莱人など青年と親交のあった
者達が集まり、幻想郷のめぼしい場所を手分けして探し始めた。

 そして、それは最悪の結末を迎えた。

 見つけたのは魔理沙であった。
 森の小道から脇に入ったところで、彼は倒れていた。
 体の所々を食い散らかされ、無残な亡骸となって。
 音速で竹林の薬師のもとへ運び込むも、それは遅すぎた。

 巫女装束が汚れるのも気にせず、寝台に横たわる青年を抱き上げた霊夢の慟哭は、夜が明けるまで続いた。

 運悪く妖怪に出会い、襲われたのだろう。
 半獣はそう結論付けた。
 昼間出歩く妖怪の類は、珍しい部類だが、全くいない訳でもない。近いうちに山狩りをしなければならない、
と呟きかけて、慧音は続きの言葉を飲み込んだ。

 霊夢の瞳には、何も映っていなかった。全ての感情が抜け落ちた顔で、ただ座り込む巫女が、余りにも痛ましかった。

 葬儀はごく親しい者達だけで、しめやかに営まれた。
 私を含めた捜索に加わった者たちや、後で知らせを聞いて駆けつけた者達の前で、荼毘に付される青年を、霊夢は魔理沙と慧音
に支えられながら、ただ見ていた。

 夜空へ彼を還す炎が、霊夢の瞳に映って揺れていたのを、覚えている。

 その炎が、憎悪の煉火に変わるなど、この時誰が予想し得ただろう。


そして、秋も深まるある夜。霊夢の友人、霧雨魔理沙はこんな会話を交わしたという。

 「霊夢……」
 「あら、魔理沙じゃない。一足遅かったわよ。退治はもう終わっちゃったもの」
 「……お前、また」
 「結構汚れちゃったわね。あーあ、洗濯するの面倒なのよね」
 「そこに転がってる妖怪の成れの果ては、何か悪さしたのか?」
 「知らないわよそんなこと。ただそこにいたから退治しただけよ」
 「…まだ小さい子供だっているじゃないか」
 「下手に大きくなって力つけたら面倒でしょ?手間にならなくてよかったわ」
 「お前……!」
 「妖怪なんて退治されるもの。邪魔な羽虫を叩き潰すのと一緒でしょう?」
 「それで、あの宵闇の妖怪も……」
 「あれだって所詮妖怪でしょ。あの氷精の邪魔が入って塵には出来なかったのよね。今度は二匹纏めて消してやろうかしら。
 その方が面倒も無くていいわね」
 「……どこへいくんだ」
 「まだ私の役目は残ってるから、おかげさまで商売繁盛なの。じゃあね」


 ──やっぱり、霊夢の話か。

 あいつ亡き後、雨の中傘も差さず一晩中墓の前で佇んでたり、二人分の飯を用意したり、一日中縁側で呆けたりしなくなって、
なんとか立ち直ってきたかと思ったんだが──私が甘かった。永遠亭の薬師やスキマの奴が何であんな顔してたのか、やっと分かったぜ。

 霊夢の心は、壊れたんだ。

 強いあいつでも耐え切れないほどの悲しみ。大事な奴が突然いなくなる寂しさ。それがどれほどのものか分からないが、あの霊夢を壊して、
狂わせるほどのものだったんだ。相当なものだろうな。
 後でスキマの奴が言ってたよ。「悲しみと憎しみの境界は、春先の氷より薄い」ってな。ハッキリとした対象がいるなら尚更か。
だから、あいつは妖怪を、退治するんだ。

 ──それが役目だろう、って?

 あいつの視界に入っただけものや、出会い頭の人畜無害な人を襲わないやつや、その子供ごと退治するのが役目なら、私も何も言わないぜ。
しかも最悪な苦痛を与えてから、形も留めないほどに「退治」するんだ。ルーミアは未だに意識が戻らないらしいからな。永遠亭の薬師も、
「もう目を覚ますことはないでしょう」って、ため息ついてたぜ。チルノと仲のいい妖精の二人で、看てるらしい。

 ──もう、わかっただろ。霊夢の中にあるのは、憎悪だけだ、多分。

 あいつを駆り立ててるのは、妖怪への憎しみだよ。本人は役目だからと言い張ってるが、私はそう思えないぜ。思えないんだ。なぜかって?
ルーミアは、殺されたあいつに懐いてたんだよ。あの人は食べたくない人類~とかいってな。面倒見がいい奴だったから、チルノとか、スキマの
式の式とか、竹林の兎達とか、相当人気だったぜ。そして霊夢も、それを知ってた。ルーミア達は何回も神社に遊びに来てたんだからな。

 ──ブン屋、お前も気をつけな。

 霊夢の憎しみは、妖怪からそのうち、人以外のものへと向くぞ。私の勘、だけどな。よく当たるぜ?


 この時の私は、まだ事態の深刻さを理解していなかった。山の上の神や、永遠亭の天才、亡霊の姫君、歴史の半獣や紅魔の主やスキマ妖怪が一同に
会するということの意味も、まったく理解していなかったのだ。

 今すべてを理解して、それがすでに遅すぎたことも理解した。

 彼女達の説得は失敗し、今行われているのは弾幕ごっこなぞというお遊びではない。
正真正銘の、殺し合いだ。一度、たった一度だけ遠くからそれを覗いたことがあったが、あれはおぞましく、恐ろしいものだった。
遥か昔から生きてきた私が、あれを見たとき初めて足が、いや体が震えたのだ。あんなものが、この幻想郷にあっていいはずはない。
いいはずがないのだ!

 しかし、私は絶望的な予感を抱いている。

 彼女達では、そして私でさえ、最早憎悪の塊と化した博麗霊夢を止めることなど、出来やしないということを──



 ~血塗れで見つかった、ある天狗の手帳より~


こわれいむ?ぎゃくぎれいむ?これってヤンデレなのか?
とりあえずこんなものが浮かんだよ。







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最終更新:2019年02月02日 01:23