酔いに任せて

 グラスを傾ける。透明なグラスに注がれた赤いワインは、口に流し込むと数秒で消え去った。親友と二人で傾けたワインは、当初は
メイド長がよりを掛けて入手したに相応しい、年代物であり芳香な香りをさせていたが、一本を空ける頃には香りの感覚は消えており、
そのまま勢いに任せた二本目には苦い味を感じるだけになり、惰性で空けた三本目を半分ほどに残す際には、遂に味すら残していな
かった。里で売っている安物ならば、少し味わっただけでも翌朝酷い頭痛を感じるであろうが、紅魔館で仕入れている高級なワインな
らば、少々の事ならば悪酔いをしない筈であった。少々ならば。
 いくら吸血鬼と魔女という人外の身であっても、大江山の鬼が酒で人間に殺されたように、酒のアルコールは体に響いていた。隣の
レミィは半分潰れており、かく言う私も惰性でワインを手酌で飲んでいた。不意に感情が湧いてくる。心に穴が開いたような、空虚感
に包まれるような、全ての物が過ぎ去って行くような、キルケゴールの様に大袈裟に言えば、無限の虚無が私を貫いていた。
 感情を打ち消すように更にワインを注ぐ。最早胃袋に感じるだけとなったワインを飲むと、唇から言葉が零れた。
「あー、寂しい。」
隣で体を崩していたレミィは、悪戯好きな眼で私に言う。
「恋人でもつくればぁ。」
図書館に引きこもっている私に恋人どころか、退治に来た紅白か、蔵書を盗みにくる白黒といった知り合いしかいないことを知ってい
て、彼女は言っているのであろうか?
「どこに居るのよ・・・。」
そんな私にレミィは甘く囁く。
「浚ってくれば、いいじゃぁないの。」
ふと、頭の中に光りが差した。
「あー。良いわね、それ。」
「でしょう?」
顔を机に乗せ、自分の腕に預けたレミィの瞳は、怪しく輝いている気がした。


「ひゃっ、ひゃっ、ひゃ、最初からこうすれば良かったのよ!」
夜の風に当たりながら大声で叫ぶ。こうでもしないと、隣を飛ぶ親友には聞こえないからだ。
「いえーい!対象は?」
私と同じ位酔いを残したレミィが負けじと叫ぶ。
「えー、村の外れにいる奴ー。」
「なら、隕石よーい!」
「ラジャーぁ! ドッカーン!」
稚拙な効果音付きで放たれた隕石は、吸血鬼の運命操作で対象の家を、見事なまでに無残に破壊していた。

隕石の衝撃で気絶している彼を、掴んで紅魔館に戻る。外界の銀行強盗の方がまだ、優しいかもしれないような状態であるが、そんな
ことは酔いに任せて脳裏より消し去る。獲物を魔法で浮かしながら紅魔館に堂々と凱旋する。気分はローマのカエサルである。
「いえーい!帰ったわよ!」
「御当主様のお帰りだ!」
隣のレミィも声を張り上げる。美鈴や咲夜の相手を彼女に任せ、彼が見つからない内にさっさと図書室に向かう。
「え、パチュリー様、どうされたんですか?その男性は?」
小悪魔が駆け寄ってくるが、彼には触れさせない。
「拾ってきた。」
「え、いや、拾ってきたって、そんな動物みたいな・・・。それにパチュリー様、酔ってらっしゃいませんか。」
暗がりでも私の様子に気づいて、介抱のために寄ってこようとした彼女に釘を刺す。
「ほっといて。てか、寄るな。」
「え、でも・・・。」


あくまでも付きそうの小悪魔であるが、私の方が使役者であるということを、分からせないといけないのであろうか?彼を部屋に放り
込み、小悪魔に声を掛ける。
「扉、開けたら殺すから。」
扉を閉めると、静寂が部屋に満ちた。ここには邪魔は居ない。この部屋には彼と私だけ、わたひだけ、わた・・・


朝が来た。朝の穏やかな光が部屋に差し込む。いつもより高いうららかな日差し、重い体、そして見知らぬ男が一人・・・。男?!
思い出す、昨夜の痴態を。突然の行動を。そして取り返しのつかない凶行を・・・。私はとんでもないことをしてしまったと、痛む
頭を一人で抱えていた。さしずめヴィクトル・ユゴーの言葉を借りるとすれば、レ・ミゼラブルなのであろう。

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最終更新:2017年06月15日 23:17