夢幻の霧雨




 夢幻の霧雨

 あいつが気になったのはいつだろうか。思い出に残る日は遠い昔の事でも、最近の記憶の様に鮮明に強く覚えている。だからと
いって気になった日が曖昧になることはない。なぜなら、最初に会った時からどうしても手に入れたいと思っていたのだから。


 あいつの家を訪れる。最近普及してきたガス灯なんて最新の物や、石油ランプのようなお洒落な物が置いていない家でも、大抵
の家には光が灯っている。外の世界では電気を使って料理が出来るらしいが、生憎幻想郷では煮炊きには竈が大抵使われている。
なればこそ、その家に光の一つも無いのならば考えら得ることは二つ。一つ目は単純、その家に人が居ない時、もう一つも明快、
即ち灯りに使用する蝋燭すら惜しいか、夕食の米すら無い様な赤貧の状態か、どちらにせよあまり歓迎したくない状態である。
 外界では自然の光を有り難く思い、自然に戻ろうという運動すらあるようだが、こちとら幻想郷の人間からすれば、とんだ贅沢
な変人の戯言か、はたまた吸血鬼の御一族かそのシンパかと思われるものである。
 そんな家にわざわざ遣ってきたのには訳が有る。その家に人が居ないにも関わらず通い妻をするような間が抜けた事を、この私
がしない以上、その家には人が居る。それもとびっきり貧乏な外来人が。

 家に入る前に魔法を掛ける。魔法の森に生えているキノコを使い、自分の姿をぼやけさせる幻術を掛けておく。今のあいつは私の
姿がさしずめ、天使か精霊に見えているようだ。黒いローブを着ているのにそれは無いだろうと自分では思うが、あいつからすれば
それでも、らしい。まあ、幾ら何でも貧乏な家に来て色々と施していく人がいれば、それは天使か神の使いに見えるので有ろう。
 それについては感謝しなければならない。勿論、あいつの貧乏では無くて、あいつが幻想郷に入り込んだことについて、の方で
あるのだが。


 そう、あいつの貧乏は私が仕組んだ物で有る。私の実家は里で一番の豪商であり、権力もそれなりにある。それだけでは勿論
稗田家や上白沢といった有力者に敵う物ではないが、彼女達、特に阿求には逆立ちしても真似出来ないであろう、異変の度に解決
した伝手を上手に利用していけば、思った以上に効果を得ることが出来る。幻想郷に入り右も左も分からないながらに、精一杯生き
ている外来人を絞め殺すには十分な程度の権力。それを私は目一杯使っていた。
 手始めに閉鎖的な人里に、霧雨家が目を付けていると吹き込んでおいた。あいつの周囲を彷徨く女性の影がすっかり消え去った。次
にあいつの周囲に妖怪を出没させておいた。妖怪の怖さと危険を、肌で知っている村人は潮が引くように逃げていき、あいつの周囲
には、まともな人間は近寄らなくなってしまった。そして最後に仕事の成果を裏から手を回して崩していき、自身の拠り所を丁寧に
壊してあげた。何故だか畑は実らず、魚は川に浮かび作った柵も次の日には散々に壊されるとなれば、周囲の人が助けてくれない以
上、手詰まりになって落ちぶれるしか道は無い。
 そうして私は、夜な夜なあいつの家を訪れていた。家にまともな食べ物や衣類、小間物すらも無いとあっては、もはや私が演じる
幻の姿に全てを頼るしかなくなっていた。しかしながら、その自分を救ってくれて居るはずの神の使いが、家の周りにせっせと有毒
な妖怪除けの粉を捲いていたり、挙げ句の果てにはそれでもあいつを助けようとした少数の者を、闇討ちして潰しているとは思いも
しないのであろう。
 もっともそういった者は、存外少なく済んだ。流石に私の背後に潜む魑魅魍魎達、人間を浚うと有名な赤い吸血鬼の館、人が入れば
無事に出ることが出来ない魔法の森、妖怪の山とそれを束ねる守矢の神社、果てはそれらを討伐する役目すら持つ博霊の巫女。
 善良な人間からすれば、いくら何でもそこには繋がりが無いと思いたいが、万が一首を突っ込めばそのまま足の指まで引きずり込む
ような連中との付き合いは、自分が思っていた以上に人除けになったようであったし、実際に幾ばくかは役に立った。


 そしてあいつは夜な夜な幻の私に、自分に目を付ける「霧雨魔理沙」に対しての敵意をぶつける。今の自分が落ちぶれたのは霧雨
魔理沙の所為だと本物の私を組み敷きながら幻の仮面に向けて怨嗟を流す。栄養不足と疲労で壊れかけた頭では穴だらけの噴飯物の
推理であったが、存外本質を突いている。全ては霧雨魔理沙の所為であるというその一点は。
 私はそうして愉悦を心で踊らせる。どれだけ私が憧れて理想とした、星の魔法やマスタースパークの様な真っ直ぐな正攻法で進ん
でも手に入らなかったあいつを手に入れることが出来、そしてあいつは私の手のひらで踊っている。苛烈に、私だけを見据えながら。
 さて、あいつをどうしようか。明日はあいつに付けた借金の返済日である。そのままあいつを借金の形に召し抱えてても良いし、
時折また幻を見せてからかっても良い。ああ、でも、救世主のようにあいつを救ったその瞬間に、全てが失われた悲哀に満ちたその
時に、反転するような幸せな幻を見せ、そしてそのまま私の地獄の様な本性に引きずり込んで、二人だけの楽園を作りたい。

 霧雨は目に見えず、一見服も濡れないように見える。しかし、しとどなく降り積もるその雨は、いつか足元を泥濘ませ、歩く人を
底なしの泥沼に引きずり込むのだろう。








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最終更新:2019年02月09日 20:38