きりさめまりさと魔法の箒




きりさめまりさと魔法の箒

恋を下地に愛を知った少女は何を願うのか。
共に歩みを進め、同じ夢を見て、最期は同じ場所に納まる。
要は愛する者と添い遂げたい、きっと誰しもがそう願うはずである。


この私とて例外ではない。
黄金色の髪に澄んだ蒼い瞳、箒に跨がり大空を駆ける"普通"な私も、やはり、どこまでも"少女"であった。

「…この森の全てのマナよ。霧雨魔理沙の名において命ずる」

「この箒に、命の揺りかごを与えよ」




────────




「おいお前…大丈夫か?おい……あ、生きてた」
「立てるか?…よし、とりあえず私の家まで来い。傷の手当てはそれからだ」

特別な結末を迎える恋物語も、塵屑のように消えるありふれた恋物語も、元を辿れば些細なきっかけから始まる。
私の場合は行き倒れた人間を助けたところに端を発した。普段なら「お気の毒さま」程度でスルーしてしまうのだが、今回はキノコ採りの最中で地上を歩いていた上、ばっちり目もあってしまったのだ。さすがの私も良心の呵責によって助けざるを得なかった。

「ほら、こんなもんで大丈夫か?ま、私じゃあこれ以上どうしようもないけどな」
「いえ、これでも十分すぎる程です…あぁ、助けて頂いて本当にありがとうございます」
「気にするなって、人助けは感謝の言葉とお礼の品が貰えるからな」


この人間、名を◯◯といった。
元は外来人で運良く里に辿り着き、何とか手に職を付けたという。大抵の者はすぐに外に戻ってゆくが、一宿一飯の恩義からなのかそのまま居着く者もいる。◯◯もそんな者の一人であった。


だが外から来たといって珍しがられるのははじめの数週間、あるいは数ヶ月だけであり、それを過ぎれば"お客様"ではなく誰ともなにも変わらぬ里の者と見なされる。即ち食う寝るところに住むところ、何もかもを自力で何とかせねばならないのである。

○○の場合は移住の決断が早かったお陰なのか、まだ周りの手が差し伸べられているうちに手に職をつけることが出来たらしい。これは裏を返せば「誰でもすぐ出来る仕事」しかなかったということでもある。
職人のように修行が必要なもの、種の入手どころか土地から開拓せねばならない田畑での農作物栽培。こういったものはこの土地での人間関係が弱い外来人が容易く飛び付けるものではない。

聞いてみれば案の定"売り歩き"や"品運び"の仕事であった。それも幸か不幸か、里ではそれなりに大きな商人のもとに雇われたのだという。
となれば、○○がこの森にいるのは十中八九里の外の客へ遣わされたということだろう。実際、○○の話を聞くにつれてそれは確信へとかわってゆく。


「……なるほどな、近道だからとこの森を突っ切ろうとしたわけか。そして一息ついているところを獣に襲われてあの様と」

「はい。いやはやなんとも情けない話で……。幸い中身は無事でしたが主様になんと詫びれば……。いや、それより約束の時間はとうに過ぎていますからもしかするとすでに……」

「……残念だがお前の予想は当たってるかもしれない」

不安を漏らす○○に対し、私は間髪いれずに残念なお知らせを告げる。というのも、商人が自分の品物を雇人に売り歩かせる、あるいは客に届けさせるときの心得があるからだ。

曰く、

半刻遅れは咎めるなかれ
半日遅れは訳を聞け
一日遅れはさようなら
二日遅れは無惨無惨

というものである。つまりはこうだ。

届けものが半刻遅れたとしても、ある程度は多目に見てやるのが良い雇い主である。

半日遅れたときはひとまず言い訳を聞いて、真にやむを得ないときは許してやるくらいの度量はあるべきである。

どんな理由であれ、約束に丸一日も遅れるようでは荷運びには不向き。客のために心を鬼にすることも必要である。

二日も経ってもどらなければ、それは妖の仕業か、あるいは野盗か。いずれにせよ、最早この世にはいない事は確かである。

里で商を生業とするものにとって、これが暗黙の了解なのだ。実家が店を出しているがために得た知識が初めて役に立った瞬間である。もっとも、私の心中はなんとも複雑ではあったが。


対して○○はというと、商人の心得を教えたとたんに"真っ青"になってしまった。

「おいおい、私はちゃんと止血したはずだぞ」
「……いえ、その……。約束の時間は朝だったもので」
「あっ……」

先ほどの『商人の心得』を元に考えると、遅れて許しが得られるのは半日だけ。普通半日といえば、単純に一日の半分の12時間を指すのだが、商人にとっては客が戸を開けている時間、即ち朝から日が落ちるまでが一日である。日の長い夏場の今といえども商人の感覚では一日12時間、つまり半日はたったの6時間しかない。

そして私の家の柱時計は午後の7時半過ぎを指している。外を見ればすっかり日は落ちてしまっている。つまり、○○にとっての半日どころか1日がすでに終わってしまっていたのだ。

私の反応を見て、自分の仕事が『終わって』しまったことを確信してしまったのだろう。○○はがっくりと肩を落としてうつむいている。

「なんてことだ……あぁ……」

「まぁ……致し方ないさ。でもお前がもし獣に襲われなければ、今頃は死んでたはずだぜ」

「なんですって?」

「お前は近道するつもりで道を外れたのだろうが、実際はまっすぐ魔法の森へむかってたってことだ」

実はこの森、進む方向次第では魔法の森へと入り込んでしまうのだ。実際、魔法の森側からこの"普通の森"へと歩いていた私が○○を見つけている。魔法の森は瘴気が濃いため、普通の人間が足を踏み入れれば、一時間もしないうちに動けなくなるだろう。そうなれば、あとはそのまま瘴気に身体を蝕まれて息絶えるか、普通ではない動植物の餌食になるかの二択である。

「つまり遅かれ早かれ確実に職を失っていたと」

「そういうことだな」

「……全くもって情けない限りで……」

「まぁ、少なくとも命の方は失わずに済んだんだ。元気を出せとは言わないが、あんまり思い詰めるなよ?」

「……はい、ありがとうございます」


すっかり気を落としてしまっているが、仮に雇い人から本当に解雇を言い渡されたとして、覚悟ができている分多少はましであろう。ともかく今は身体を休めることが大切だ。


「とりあえず、今日はゆっくりしていくといい。夕食と朝食くらいはご馳走してやるさ」

「ほっ……本当ですか?!」

「うおっ!……お、おい……急に大きい声出すなって、びっくりするじゃないか」

「あっ……すみません。なにぶん食べることが生き甲斐な身でして……」

どうやら食事は○○にとって重要な立ち位置であるらしい。それならば、ここで見栄をはって美味しい料理をだしてやるのも面白いかもしれない。

「いや、気にするな。それよりもご飯、ご飯だぜ」

再び湿り気を帯はじめた○○を尻目に、そのまま夕食の準備を始める。

私は魔法だけでなく料理も得意だ。というより、魔法も料理も似たようなものなのだ。既に発見されたレシピがあるならば、それに沿って作り上げることで確実な結果が得られる。逆に、真新しいものを作り上げるならばそれなりの試行錯誤やリスクを負うことが要求される。私にとって、それは代わり映えしない日々を彩る楽しみの一つでもある。頻繁に出掛けるのも同じ理由だ。



だが"代わり映えのある"客人がいる今、無理をして変な料理を出すよりは堅実さが求められる。結局、その晩の食事は『お化けカボチャのシチュー』と『きのこたけのこ炊き込みご飯』の二品となった。瘴気を吸って巨大化したカボチャに壁を壊される前に処理しきらなければならないのでちょうどよかった。




翌朝、日が昇るか昇らないかといったころに目覚めた私は、○○の様子を確認しにいった。
昨晩の夕食は私にとって体調不良に効く定番のメニューだったため、怪我にも効果があるのかを確かめる意味合いもある。

結果からすれば、怪我への効果なんてものは何もなかった。代わりに顔色だけは良くなっていたが。

「どうやら瘴気起因の体調不良にも効くらしいな。……瘴気か。なぜ私は瘴気にやられてないんだろうか」

風邪は引くのにな 、と心の中で自嘲する。だが考えてみれば瘴気の影響を受けていないのは当たり前だった。家を出て直ぐに飛んでしまうためだ。

では家にいる間はどうなのか。これも簡単、お化けカボチャ達が瘴気を吸いまくっているため、私の家の周辺は下手な森の中よりもずっと空気が清浄なのだ。

それではなぜ私は風邪を引くのか。それを考えはじめたときに○○が目覚めたので、結局原因究明までたどり着くことはなかった。

──

食事を終えた頃、○○はすっかり元気になっていた。やはり昨日の夕食が効いたのだろう。

「だいぶ顔色が良くなったな。一先ずは安心していいぞ」

「本当にありがとうございました。手当てどころか夕食と朝食まで頂いて……」

○○は相変わらず腰が低く、いつもアクの強い面々とやり取りをしているせいか、若干やりづらい面もある。だが、○○には強い信念のようなものがみてとれたため、不思議と話は続けられた。。

「そう言えばお前、これからどうするんだ?帰るなら途中まで送っていくけど」

「その必要はありません。気持ちだけ受け取っておきます」

曰く、何がなんでも品物を届けるつもりらしい。それならば止める理由もあるまいと、彼の荷物を取ってくる。ついでに道中の無事を祈ってマジックアイテムも渡してやった。


「それでは、繰り返しですが本当にお世話にのりました」

「おう、たくさんお世話したぜ。精々それを無駄にしないように、道中気を付けてな」


「……そういえば、まだお名前を伺ってませんでした。もし良ければお名前を教えて頂いても」

私を見て尚も名前を聞いてくるということは、まだ里に来てさほど経っておらず、そこまで馴染んでいないと考えていいかもしれない。そんな中でここまで『仕事』をやり通そうとするのは、やはり『飯』のためなのだろうか。


魔理沙、霧雨魔理沙だ。……おおっと、言うな!霧雨さんはやめろ。名前で呼んでくれ」

「あはは……。改めて、ありがとうございました。魔理沙さん」

○○は深々と頭を下げると、ふらふらとした足し取りで"来た道"を戻りはじめた。これからその足で昨日行くはずだった客先へと向かうのだろう。全くもって大したものだ。

結局私は○○が見えなくなるまで扉の前からは動かなかった。

「感謝の言葉は大量にもらえたが、お礼の品は貰えなかったなあ」

冗談めかしてそんな独り言を言いつつ、踵を返して家の中へと戻る。中にはいつもと変わらない、心地よい静寂と朝食の残りがが漂っていた。

窓際まで歩くと、そのまま古びたロッキングチェアに腰掛ける。朝食のあと、こうして窓辺で1日の予定を組み立てるのが私の習慣だ。
暫くの間、目を瞑ったまま椅子に揺られる。こうすることで、脳を徐々に活動モードへと切り替えることができるため、無理なく心地よく1日を始めることが出来るのだ。

「……さてと、まずは鍋でも洗うとするか」

前後に揺れ動く椅子からタイミングよく飛び降りると、欠伸を噛み潰しながら台所へと歩みを進める。

この時点では、自身の心中に漂う若干の虚しさに気付いてはいなかった。









感想

  • 霊夢「純愛はかp」 -- 博麗霊夢 (2024-03-10 22:52:47)
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最終更新:2024年03月10日 22:52