蛮奇/23スレ/892-893
赤蛮奇には気になっている人間が居る。
それは馴染みの屋台でよく顔を合わせる○○という男性だ。一人ちびちびと酒を煽り、注文と勘定以外ではほとんど何も言わずに去っていく。人間ではあるが、普通の人間からは感じ取ることの出来ない孤独感というものを背負っていた。
話を聞けば、外来人だと言う。神隠しに遭いこちらに流れ着いてきて、こちらに永住することを決めた。そこまでは珍しくない話だが、外の世界を捨てたことに引っかかりを感じていないことに引っかかりを感じているのだそうだ。外の世界の人間関係を捨てたように、この幻想郷での人間関係もいつか捨ててしまいかねないと考えると、人との繋がりを作ることに躊躇を覚えざるを得ない。そう嘯いて彼は酒を煽る。
赤蛮奇にとって、彼の隣は心地よかった。酒の肴にする話以上には互いに踏み込まず、慣れ合おうとはしてこない。彼女と彼は似た者同士だったと言えるだろう。
互いの最も近しい者は蛮奇あるいは○○だったが、彼女らは彼女らが近しいとは感じていなかった。否、薄々感じてはいたが、近しいと認めてしまうと今の関係が壊れてしまいそうな気がして認められなかった。
「蛮奇ちゃんは、ずっと独りで居るつもりかい?」
屋台の店主の質問に、赤蛮奇は顔色一つ変えずに答える。
「そのつもりよ」
「もったいねぇなぁ。蛮奇ちゃんは別嬪だから男は放っておかないと思うんだがね」
「……非力な人間の癖に」
「ま、そういう奴らは論外だわな」
店主は力強く語る。
「伴侶を得ることは人生を共に歩くパートナーを得ることだ。隣にいて嫌じゃない、そういう野郎を選ぶべきだな。
例えば……蛮奇ちゃんなら○○とか」
○○の名前を出されて赤蛮奇は内心動揺していたが、表面上はポーカーフェイスを保ったまま答えた。
「あいつは根無し草の外来人よ? 私が認めてもあいつが認めないわ」
「同じような言葉をあいつの口からも聞いたぞ。『俺が首を縦に振ってもあの人は頑なに首を横に振ると思う』ってな。やっぱりお前らは息ぴったりだよ」
「……首のない私には面白いジョークね」
酒が回ってきた頃、赤蛮奇は唐突に管を巻いた。
「認めるわ。確かに私は○○が好きなのかもしれない。昼も夜もあいつの頭は私のことで一杯に……なんて、そうなったらどれだけ良いことか」
それは○○の前では到底語ることの出来ない、偽らざる本音だった。
「先立たれるの仕方ないのよ。人間と妖怪だもの。
でも、私を忘れてしまうなんて許さない。忘れさせやしない」
赤蛮奇はとっくりが空になったことに気が付いて、おかわりを頼んだ。店主はそれに応えて言う。
「執念深いねぇ」
「もう、あいつほど好きになれる人間には会えそうにないから」
勘定を済ませた帰り道、誰も見ていない路地裏で、誰に聞かせるでもなく赤蛮奇は呟いた。
「首の一つでも、あいつの家に置いておこうかしら。そうしたらいつも側に居られる」
そして、笑みを漏らす。その笑みは一人の恋する少女にしては儚すぎるものだった
夜が更けていく。
感想
最終更新:2020年09月20日 18:27