月都貴人専属医療班、隊長の日記7
10月30日 依姫(もう『様』はつけん)が月始めにやる(日記の中では敬語も使わん)特訓に使う医療具の準備を、同期の出世頭に丸投げしてやった
奴は情報関係の部署だが、用意するぐらいなら棚から持ち出すだけだ
豊姫は空中庭園でコーヒーを飲み続けている私を見てホッとしていた
やや焦ったが、私の考えは気づかれてはいない。これで時間が作れる
11月1日 綿月姉妹は、私に対して良くも悪くも行動力や思考力があると言っていたのを思い出した
上層階から演習場が見えたので何の気なしに眺めていた
同期の出世頭、奴の部下らしき連中が荷物を届けていた
しかし、渡したらそれっきりであった
何となく合点が行った。私の場合なら、在庫について依姫の耳に入れておく。やりすぎて在庫が底をついたら事であるから
どうやら私は、真面目すぎたようだ
11月2日 貴人の為に用意されている脱出ロケットの場所は分かっている
問題は○○と一緒にどうやって、
サグメや綿月の二人に気付かれずにそこまで行くかである
逃げる方法はすぐに思い付いた、その方法が思い付かない
11月3日 鼻の良い奴め
方法は思い付かないが、一番の手段である脱出ロケットの下見に向かったら
同期の出世頭が入り口の前で立っていた
あまつさえ奴は、私の顔を見て穏やかに笑った
だから情報関係の連中は好かん、性格が悪い
奴は入れないが、私は綿月の二人からもらった権限で入れるから閉め出してやろうとも思ったが
目の前で出入りしたくなかった、諦めるしかなかった
11月4日 私の新しい持ち場に、同期の出世頭がまたやってきた
何も言わずに、私の目の前で食事をしだしたのには閉口した
何が、朝食を食べそびれただ
しかし、奴がここにいるということは脱出ロケットの入り口にはいないということだ
空中庭園にいくふりをして、ロケットの下見を行えた
バカな奴め
11月5日 豊姫から脱出ロケットを見に行ったのかと問われた
心臓が跳ね上がりそうであった
場所が場所であるから、開閉記録は常に記録されているそうだ
せっかく権限を貰ったので、出来ることと出来ない事を確認したと言ってごまかした
豊姫は私の背中へ手を回しながら瞳を覗いてきた
結局『今回は』私の言葉を疑わないことにしてくれた
そう『今回は』
……メモ魔の性格をここまで喜ぶとは思わなかった
内装や機器の動かし方を記しておいて、本当によかった
11月6日 依姫の月始め特訓が終わったから
今日は全く動けなかった
それだけならばまだ良い
豊姫から依姫に、私の不穏な動きが伝えられたのだろう
必ずどちらかが、食事時には両方が私のそばにいた
夕食時は特に酷かった、最初から最後まで下界に対する罵詈雑言である。説得のつもりなのか?
最終的に、まだ話したいことがあるから部屋に来ないかと言われた、二人から
サグメが○○を連れていく時と同じ色が見えた
吐いてしまった、酒のせいではない
11月7日 昨日の事を○○も見ていたようで(気がついたら綿月姉妹の部屋にいたことは不安でたまらない)、また近寄ってくれた
しかし、彼があそこまで追い詰められているとは思わなかった
辛いと思ったら飲むと頭を動かさずに済みますと言って渡してきたのは……
はっきり覚えている、何年か前に玉兎の間で流行った薬物だ
奪い取って、目の前で踏み砕いた
11月10日 三回目だ
同期の出世頭がまたまたまた!!!私の新しい持ち場にやってきた
ひどく疲れていて、目の下にはクマも出来ていた
詳細は話さなかったが、綿月の二人から怒られたそうだ
それで、何か栄養剤でも無いかと言ってきた
しかたがないので、ドリンクぐらいは渡してやった
目の前で飲み干したが、帰らなかった
イスに座って、ただ一言。私にも立場があるし、命もまだ惜しいとのことだ
結局その日は、空中庭園以外のどこにでも奴は付いてきた
11月15日 しばらく同期の出世頭から付きまとわれていたので、何もできなかった
しかし、いざいなくなると調子が狂って何をやれば良いのか分からなくなる
しかたがないので、脱出ロケット施設の入り口まで走った際の所要時間を調べたが(扉は開かない、次に開くときは○○と逃げるときだ)
その入り口の前で、同期の出世頭が寝袋にくるまって寝ていた
叫びそうになったが、奴は熟睡していたので気付くかどうかは怪しかった
11月20日 ○○と偶然、トイレで出会ったら○○が何かを隠した
まさかと思い取り上げたら、この間私に勧めたあの薬だった
全部出させて、目の前でトイレに流して捨てた
だが怒りより、涙ばかりが出てきた
11月23日 何も出来ない、何も思い付かない
11月30日 ○○がトイレで倒れていた
辺りには薬が散らばっていた
ついに自ら命を、とも思ったが。治療して話を聞き出したら
辛くて、薬の量が増えていると告白してくれた
サグメはオロオロしていた
お前のせいだ、それが叫べればどれだけらくになれるか
12月1日 サグメが違法薬物の浄化作戦をやると宣言した
同期の出世頭も駆り出されたようで、情報畑らしく玉兎の私用メールなどの検閲で隠語や取引の符丁を見つけると……何故か私の仮初めの持ち場で昼食を食べながら説明してくれた
ただ、忙しくなるのは確実だから、余計なことをしないで綿月姉妹と仲良くしていろと最後に付け加えられた
そのお陰で、呆れだけで終わらずにすんだ
12月2日 依姫の月始め特訓、サグメの違法薬物浄化作戦
しかし、豊姫がまだ私のそばにいる
1つ賭けに出ることにした、あのとき○○から取り上げた薬はまだ私が持っている
それを、まるで私の持ち物のように、目の前で落とした
追記 賭けに勝った!!今は深夜だが、綿月の二人が玉兎の宿舎を片っ端からひっくり返して家捜しを始めた!!時間が出来た!!
12月3日 やや希望的観測を持ちながら、脱出ロケットがある場所の様子を見に行った
……あいつは正気か?
同期の出世頭、あいつが脱出ロケット施設の入り口にベッドや通信危機やカセットコンロを置いて、そこで暮らしていた
間の悪いことに奴は、そこで仕事をしている最中だった
奴は私の顔を見ると、ここ以外に確実に逃走できる手段はない
下手なことをされないように、しばらくここで暮らすことにしたとの事だ
憎らしいことに、奴は最後に私に対して頑張れと
顔も見ずに言いやがった
上等だ、貴様の鼻っ柱をへし折ってやる
12月5日 厄介なことになった……
サグメは○○に、綿月の二人は私に
違法薬物よりも良いものは間違いなくあると言って
カウンセリングやリハビリのつもりなのか、方々を連れ回された
そうしている間にも、サグメから委任された
ドレミーが違法薬物浄化作戦を指揮していた
この日だけでも、宿舎の一室で薬物工場を稼働していた者とそこにいた売人が
問答無用で射殺されたと携帯情報端末に速報で流れた
見せしめと警告の意味もあるのだろう、画像も添付されていた
その間にも、一般玉兎の住居エリアから爆発が起こった
12月7日 同期の出世頭がやってきた
その顔は強張っていた
いわく、違法薬物浄化作戦はまだ続く。作戦は順調に成果を収めている
つまり薬にすがるしか無かった一部の玉兎から、薬物の供給者から、そして無茶な浄化作戦の余波である誤射や誤爆で友人を亡くしたかなりの数の玉兎から
私と○○は恨まれたとのことだ
逃げる理由が1つ増えた
最終更新:2017年08月28日 23:58