月都貴人専属医療班、隊長の日記11

2月14日 同期の出世頭から、本物の彼からのメールが来た
文面は短く、知りたいか知りたくないかの二択であった
ちゃんとした物を知りたかったので、知りたいとだけ答えた

私のいた野戦病院が解体されたそうだ
あそこにいた四分の一が反乱に積極的に協力して、四分の二が知っていたが誰にも言わない消極的協力
これらは『処分』か、弾除けの懲罰大隊に送られた
残りの四分の一は、そもそも話すら出来ない重傷者
これらは放っておかれた、中に放置したまま野戦病院を解体したそうだ
文章だけで吐き気がした、書いている今は頭も痛い

2月15日 空中庭園から見える範囲では、もう黒煙は立ち上っていない
空中庭園から見える範囲だけならば、である
サグメも、綿月の二人も空中庭園にいるがドレミーがいない
サグメは端末に何度も目を通している、考えなくてもわかる。ドレミーとのやり取りだろう
○○はこれ以上の犠牲を出さないように、笑顔でサグメの機嫌を取り続けている
端末にも触らせたくないのか、○○の方から浴場に誘った
だが、私は……そこまでの踏ん張りが出来ない

2月16日 同期の出世頭が報告にやってきた
あのあと綿月の二人、特に依姫からそうとうこき使われていたのだろう
真っ直ぐ歩くことすら出来ていない、高そうなスーツもヨレヨレで、風呂にすら入ってないのか汚れも目立つ
間の悪い事に、○○とサグメが浴場から戻ってきた
同期の出世頭、彼の言葉が明らかに詰まっていた
○○も顔を青ざめさせた、サグメはいつもの場所で○○を愛でていた

2月17日 今日も同期の出世頭がやってきた
やはり私の想像どおり、空中庭園の周りが静かになっただけだ
依姫は、私を危険な目に合わせた罰でもあるのだろうか
彼に兵器の指揮権を与えただけでなく、進行路まで指定していた
端末で地図を見たら、野戦病院が作れそうな広場があった
医者のふりをした反乱勢力の構成員が多いとのことだ
確かに私のいた野戦病院も、本物の医者は少なかった
だが、治療をしようと言う意思は全員が確かにあった

彼は書類上はまた出世である、給料も増えた、権力も更に上積みされた
だが、全ての者が一番やりたくない仕事を強制された

2月18日 同期の出世頭が、私に出撃前の挨拶に来た
戦死の心配は無いどころか、簡単には死なせてくれないとヤケクソに笑っていた
表情が出せない私とは、また違う病み方をしていた
そうかと思えば急に真顔になり、やって欲しいことを聞いてきた
彼はまだ諦めていない、まだ踏ん張っている
言葉を振り絞り、野戦病院とそこに運び込まれた傷病者のための管理システムが欲しいと答えた
せめて名前と場所だけでも分かれば、家族や友人が駆けつけることが出来る
それが最後の別れだとしても、出来ると出来ないでは全く違う
彼は私に対して、頭が回ることに安心したと言って。1日で作ると約束してくれた

2月19日 一般玉兎も使えるオープンネットワークに、突然SNSのようなシステムが現れた
彼がやってくれたんだ
すぐにこのシステムの用途に気付いた医者たちが、野戦病院の場所とそこに収容されている患者の名前を記していった
システムの扱い方は皆がすぐに慣れて、生きている者が記されている場所と……そうでない者が分けられた
それだけではなく、医療品を融通しあう連絡もされていた
みんな必死なんだ、だからすぐに使えるようになったんだ

2月20日 サグメが端末を見ながら眉をひそめていた
○○がすぐに気付いて、浴場に行こうと誘ったが、生返事であった
ありえない。また何か、物騒な事を考えているとしか思えない

2月21日 ドレミーがサグメと話し合っていた
○○は必死にサグメの気を引こうとしていたが効果は無く
サグメはすぐに終わると言っていたが、彼女が言葉を喋れば出来事は逆転する
つまり、十分に話し合えたと言うことだ

2月22日 ○○から泣きつかれた
野戦病院のための情報交換システムに記載されている患者に、サグメが前々から始末したいと目を付けていた連中が何人もいるそうだ
最悪だ。私はまた、余計なことをしてしまった

元々、サグメのせいで○○には敵が多い
陰に陽に、○○は嫌がらせを受けていた
陽にやって来た者は、サグメが即座に始末していたが
問題は陰にやったもの
はっきりした証拠もなく、またそう言う者は頭がよいので、そこそこの地位の場合もある
始末することで組織になにがしかの損害を負わせてしまう
ただの兵隊とは少し勝手が違う
しかし、今の状況ならば。多少の無茶は許容される
そもそも最初から無茶苦茶しかやってないのだから

2月23日 同期の出世頭に電話で相談した
サグメがまた、自分と○○にとって邪魔だと考えたものを始末しようとしていると伝えた
○○から名簿も手に入れたので、それも合わせて送信した
受話器の向こう側で彼が、士官がごっそり消えてしまうと泣き叫んでいた
ただでさえ、今回の戦争(もうこう表現する)で士官が何人もいなくなり
下士官を戦時任官するのにも限界に達して、指揮官のいない部隊すら生まれている
だが恐ろしいのは。それでも、貴人とその周りにいる私兵は
こんな状況でも統率が取れていて、まともな装備が維持されているのだ
玉兎とは、いったい何のために存在しているんだ
もはや捨て駒ですらない

2月24日 同期の出世頭、彼の助言にしたがい数字で説得することにした
彼が作ってくれたシステムに記載された戦死者をもとに、資料を突貫で作った
綿月の二人にも作業を見られたが、構うものか
戦争前に生きていた士官が、この短期間で驚くほどに減っている
それを数字やグラフで分からせる
確かに士官の数だけは、書類上維持している
しかし士官学校を出ていない戦時任官が学校卒の士官を追い抜こうとしている
全体ですらそうなのだから、地域によってはもう既に逆転している
それに、私がいた野戦病院を解体したのも痛かった
あそこにいた士官は、もうほとんどが亡くなったか戦地には戻れない重傷者だ
あの地域には、もう学校卒の士官はいなくなっていた
全員が戦時任官だった

2月25日 貴人とはいったい何なのだ。こんなのが神様の一角なのか
綿月の二人にも、サグメにも。私の作った資料を顔面に叩きつけるぐらいの勢いで見せた
学校卒の士官が減っていることは理解してくれた
だが、やつらは時間の感覚がおかしい
これが終わったらしばらくは自分達の私兵を出しあって穴を埋めよう
最悪、捕虜に無理矢理産ませて数を増やせば良い
綿月の二人とサグメは、一分程度の短い会話でそれを決めてしまった
あとはもう、何もなかった
呆然としていたら、用意した全ての資料が消えていた
辺りには粒子が舞っていた
豊姫がお茶の時間にしようと言った
怒鳴る気力も出てこなかった

2月26日 サグメは空中庭園の一角からドレミーに引き連れられる自分の私兵を眺めていた
○○はまだサグメを止めようと、私兵を眺めるサグメに引っ付いて、泣きながらやめるように説得していた
空中庭園からでないから、サグメ様のおそばから離れませんから、ここを攻めれる者はいない
色々言っていたが、サグメの意思は硬い
サグメは、自分が始末しようとする者達を『あんなの』と言っていた
サグメは空中庭園以外でも、○○と遊びたいようだ
だから、少しの邪魔も許せないようだ

2月28日 同期の出世頭は、彼は頑張っていたが
限界であったようだ
彼の作ったシステムを覗いていたら、兵器に蹂躙される野戦病院の医者たちが恨み言をぶちまけていた
野戦病院の運営を助けたのは彼だ
そして野戦病院を潰したのも彼だ

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最終更新:2017年09月11日 19:51