全然書けてないけど書けたところから投下していくスタイル


 ギターを相棒に自転車で全国を巡り、聴衆からお捻りを少ないながらも投げてもらい、貯金を切り崩しながら日々を過ごす。
 外の世界に居たときの俺はそういう生活をしていた。
 今では、いや、当時ですらも、何がやりたかったのかはさっぱり分からない。
 必然的に俺は世間から忘れ去られることとなり、幻想郷へとやってきた。
 神隠しのゴタゴタで、数少ない持ち物の一つであった自転車が修理不能なほどに壊れていく姿を目の当たりにして、
 俺は幻想郷へと定住することに決めた。自転車さえあればどこへでも行ける、
 そう考えていたことがあの無謀な放浪を続けていた理由の一つだった。
 一所にとどまっていろという神のお告げのような気がした。
 とはいえ長年連れ添った自転車には言葉では表しがたい愛着があり、
 鉄屑として売り払ってしまった今でもベルだけは取り外して懐に残してある。
 そして後には俺とギターだけが残った。

 今の俺は酒場でギターをかき鳴らし、それに対するお捻りで食っている。
 外の世界には掃いて捨てるほどの音楽が溢れていた。しかし、幻想郷はそうではない。
 俺の稚拙とは言わないまでも凡庸な演奏でも聴いてくれる人が居た。ほとんどが酔っ払いだが。
「兄ちゃんよぅ、今日は激しい曲が良いな」
「良いねぇ、どんどんやってくれや」
「じゃあ、今日は俺の知る中でも特に激しい奴を」
 外の世界の楽器を操るという物珍しさも最初は確かにあっただろうが、今では純粋に俺の演奏を楽しんでくれている人がいる。
 そのことが俺の自尊心を満たしてくれていた。
 ちゃんとやればウケる。そうと分かっていれば練習にも身が入るというもので、俺の腕はめきめきと上達していった。
 堀川雷鼓と出会ったのはそんなある日のことだ。

 俺は昼間はギターをしまいこみ、普通の店員として(そこまで客は多くないが)働いている。
 堀川雷鼓が訪ねてきたのはその時分だった。
「外の世界のギタリストってのが居る店はここ?」
 現代的な装いを難なく着こなす彼女には、凛々しいという言葉がよく似合っていた。明らかに人間離れしている。
 俺としては「ああ、また面倒な奴が増えた」という思いだ。長い寿命ゆえ人間以上に暇を持て余している妖怪にはしつこい奴が多い。
 それはこの数週間で知ったことだ。
「ああ、俺だ。演奏は日が落ちてからだから聴きたいならそれまで待っていてくれ。どいつもこいつも騒ぎたい夜ならともかく、今は迷惑になる」
 天狗の取材に応えてからというものこういった手合いが増えていたので、彼女との初コンタクトはおざなりなものとなった。
 とっとと話を切り上げて次の客へと向かおうとする俺の右腕を彼女は掴む。
「いや、演奏を聴きたいというわけではないよ。話を聞かせてくれないか」
 店主の方を見る。裏口を指していた。「営業の邪魔だから追い出してくれ。お前が抜けても大丈夫だ」のサインだ。
「分かったよ。話は里の外れでしよう。
 柳の運河で十分後を目安に集合」
「分かった。柳の運河だね」
 彼女は思いの外素直に運河の方角へと歩いていった。しれっと後を付けて長屋までやってきた天狗とは雲泥の差だ。
 か弱い人間様としては不必要に妖怪に逆らおうとは思わないが、ここまで素直だともし行かなかったら
 どうなるんだろうかといういたずら心が沸き上がる。絶対にやらないが。

 十五分後、俺はギターを携えて運河へとやってきた。彼女はしっかりと待っていてくれていた。
「んじゃ、そっちは知ってるとは思うが自己紹介から始めさせてもらう。
 俺は○○。外の世界から持ち込んだ、このギターっていう楽器を演奏して食い扶持を稼いでる。
 んで、何の用だい? 出来れば名乗っから本題に入ってもらえると助かる」
「私は堀川雷鼓、ドラムの付喪神よ」
 彼女はそう言うとどこからともなくドラムを出現させ、見事な演奏を披露してみせた。
「あなたのギターを見せてもらえないかしら」
「見るだけな。
 俺の相棒なんだ。よく知らない相手にはいそうですかって渡せるもんじゃない」
 彼女は粗雑に扱わないだろうと思えたが、どうしてもということはある。
 自らの手によるものであれば諦めもつくが、他人のせいであれば腸が煮えくり返るという表現では足りない。
「その子、大切にしているのね」
「そりゃあな」
 十年来の相棒だ。
「でも、あまり調子が良くないように見えるわ」
「こっちじゃ修理できる人間が居ないからな。弦ぐらいは張り替えたいんだが」
 スチール弦だから材料に問題は無いが、それを弦に加工できる職人が居ない。常連の鍛冶屋に訊いたが無理だと言っていた。
 それを聞いた雷鼓は言う。
「私の付喪神の知り合いに、鍛冶が得意な子が居るの。彼女に弦が作れないかどうか訊いてみる」
 切れた弦が残っていたので、それらを彼女に渡して寸法を伝えた。追って連絡すると彼女は言い、その場は別れた。

それ以来、雷鼓とはそれなりの頻度で会うようになった。
 俺には初耳だったが、彼女は人気の音楽グループを牽引するリーダーらしい。
 彼女個人にもかなりのファンが居て、俺はやっかみの感情を向けられることが増えた。
 しばらくすると俺も音楽で飯を食っていると里中に広まって、その声は少しマシになったが。
 下世話な噂好きでも、同業者同士の話には踏み込めないらしい。
 実際には音楽の話はあまりしない。音楽性が違いすぎるせいもあるだろうが、弦に関する商談のような話だとか、
 日常の些末事に対する愚痴だとか、そういうことばかりだ。
 とりわけ雷鼓に受けが良かったのは外の世界の話だ。
 彼女は外の世界のドラマーの魔力で動いており確かな関わりを持つが、実際に外の世界を見たことがあるわけではない。
 それゆえ、他の人妖の持っているような好奇心とは異なる感情を外の世界に対して抱いている。
 そこに俺という存在が現れたものだから、まあ自重しない。
「音楽で溢れている世界、か。想像できないわね」
「楽器は入手しやすいし練習する暇も作りやすく情報も即座に入手できる。
 そういう環境の差だな。俺ぐらいなら掃いて捨てるほど居たよ。
 しかも演奏をデータとして残す方法が確立されててな、時間と場所関係なく名ギタリスト名ドラマーの演奏が堪能できる」
 俺は外の世界では誰しも一度は聴いたことがあるだろう名ナンバーをスマホで流した。
 旅の途中では野宿する機会も多く、太陽光でスマホが充電できる鞄なるもの入手していたのだが、それが活用されている形だ。
 回線は繋がらないからライトかメモ用紙か音楽プレイヤーぐらいにしか使えないが。
 現物を見せられた雷鼓は面食らっていたが、すぐに音楽へと注意を移した。
「確かに素晴らしい演奏ね。でもーー」
「やっぱり、生演奏には敵わないんだよな」

 そんな日々を過ごすうちに俺の演奏も更に人気を増し、それなりの贅沢も出来るようになってきた。
 そうなってくると気になるのは弦を作ってくれている者のことである。
 雷鼓はタダ同然で譲ってくれているが、人間の鍛冶屋には断られるほど難易度の高いものだ。
 懐には困らなくなってきたことだし、その技術に適正価格を支払いたい。
「というわけでこいつを作ってくれてる奴について知らないか」
 俺はそう酔っぱらい共に声をかけた。
「雷鼓姐さんに訊けばいいだろ」
「雷鼓の奴、この話すると嫌がるんだよ。
 なあ、お前らは本当に心当たり無いか? 鍛冶が得意な付喪神らしいんだが」
 俺の予想に反し、それらしき名前は思いの外すぐに挙がった。
「あの化け傘じゃねぇかな」
「博霊の巫女に針を使ってもらったとか威張ってたなそういや」
 その言葉に該当する顔はすぐに浮かんだ。人間を驚かせる程度の能力、などと言いつつも
 あれに驚かされた人間の話はついぞ聞かない可愛らしくて可愛そうな娘である。
 俺の前にも飛び出してきたことがあったが、もちろん、驚けなかった。
「……マジかよ。あいつのことただの馬鹿だと思ってた」
「人は見かけによらないってな。あいつは人じゃないが」
「そうだな……」
 したり顔のおっさんを無視して俺は思索の世界に入った。
 しかし酔っぱらい共は俺が居ても居なくても、むしろ居ない方が好き勝手に話しやすいとでも言わんばかりにあれこれ言っている。
「雷鼓さんって、○○にホの字なんじゃなかろうか。だとしたら他の女との橋渡しなんて求められたら嫌な顔の一つぐらいするわな」
「いんや、そりゃねぇだろうよ」
「俺は脈アリだと思うぞ。○○以外に男の話を聞かん」
 そんな感じの経過を経て、そのうちの一人が俺へと直接問いかける。
「○○は雷鼓さんのことどう思ってるんだよ」
「よく分からん。確かに仲はいいんだが、なんか、男と女の関係ではないんだよな」
 偽らざる本音だった。
「こりゃやっぱり脈ナシか」
「どうだろうねぇ……」
 混迷を極めていく酔っぱらい共を押さえつけることを諦め、俺はギターを弾く仕事に逃げた。

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最終更新:2017年10月02日 21:32