さりとて何か能力がある訳でもなく
かと言って知識に秀でていることもなく、ましてや容姿に優れていることも無かった
平凡だ
そう、普通
まさに人間を体現したかの様な彼は……だからこそ美味しそうだった
私だって妖怪なのだから、三大欲求を満たしたいという本能に従いたくなることだってある
だから、冗談めかして聴いてみた
「少年、私は君を食べたいのだが」
「いいよ」
あっさりと、淡々とした受け答えに私は心配になってしまう
なぜなら、彼は私と異なり冗談でもなんでも無く食べられることを了承したのだから
これは良くないと思ったのは、庇護欲か、これもやはり欲望だったようだ
「食べないの?」
むしろ、食べられたいとでも言うのか?
「食べられても構わないだけ」
苦痛は嫌なのだと
なんだそれは、人間にしたって思考が突飛じゃあないか
だから、興味を抱いたのだろう
普通に見えてそれはとんでもない異常だったから
最近の外の流行り言葉で言えば「ぎゃっぷ萌え」だろうか?
なるほど、確かになにかの息吹きの芽生えを心の中に見た
彼を食べたいと言う者は私だけでは無かった
それは仕方のないことかもしれない、あんなに美味しそうなのが大手を振るって歩いているんだから
だから、まあ……守ったさ
何というか、やはり放ってはおけなかったんだな
「ありがとう」
その無垢な顔が、私を憤らせる
「死にたいのかい、君は」
「死にたくは、ないかな」
死生観、と言うよりは食に対する意識が明らかに異常だった
まるで家畜に押し付ける都合のよい人間のエゴの体現とでも言えば良いのか
ではなんだ、私の気持ちは愛玩に対するつまらない同情だとでも?
「……食べないの?」
ほらまた、そう言う
止めてくれ
時折、衝動に駆られそうになってしまうんだから
おあずけは、あんまりだ
理性にだって限度がある
ぺろり
ああ、やっぱり美味しい
「食べる?」
だから、やめてくれ
そう言われてしまうと、押し殺した知性が枷になってしまうのに
「いま食べてしまうのは、少しもったいないかな」
熟成させよう
肉だから、月日は味を引き立ててくれる筈だ
食べるのは、何時?
もう少し長くなりそうだ
あげない
やらない
これは私のモノだ
私は主のモノでも、彼は私のモノ
紫さまにだって、ヒトカケもくれてやるもんか
「くすぐったい」
君の耳は咬み心地が良いからねえ
咬みちぎったりなんかしない
まだ
まだ
「あったかい」
九つの尾でくるんでやる
納まりがいいね、抱き心地も
「今日はもう、寝ようか」
明日までおあずけだ
でもきっと、それは明日も
明日も
明日も
明日も
いただきます
最終更新:2017年09月18日 20:47