月都貴人専属医療班、隊長の日記外伝
周辺の事情 永遠亭での会談

「月よりの使者、稀神サグメ様のお成りである!!」
永遠亭正門にて、他者を明らかに圧倒する大声が辺りに巻き散らされた。
その大声の主である男性の後ろには、辺りに対して機嫌が悪そうな顔でニラミをまき散らす女性が……稀神サグメの姿があった。
彼女その不機嫌な態度は使者と言う割には、そうとう無礼なものであるとしか言えなかった。
また、彼女を連れてきた男性もかなり無礼としか言えなかったが。
しかし彼の場合は、そうしなければ彼の命が危なかった。

「稀神サグメ様のお通りであるぞ!!」
苛立ちが乗せられた怒声であるが、それは演技だとか、入り込んでしまったではなく本当に苛立っていた。
彼には医者をやっている友人がいた、その友人は彼の手引きで何とか逃げれた。今のところは。
その友人は、友人の友人と一緒にこの幻想郷に逃亡したが。
彼だって、その友人達を苦しめていた連中が。
すぐに諦めるような潔さを持っているなど、全く信じていなかった。
でも彼は貴人の、奴等の執念をやや過小評価してしまっていた。

……せっかく。せっかく、数多を犠牲にしてでも、せめて友人とその理解者は救いたかったのに。
結局、彼が用意した2つの死体は、数日で全く別の死体だとばれてしまった。
幸い、彼自身のアリバイ工作は上手く言っていたが。
全くもって、喜べなかった。これならば、全ての秘密を抱えたまま自決した方が、遥かに良かった。

「八意永琳様はご在宅であられるか!!?」
彼自身ですら、耳がいたくなる程の大声を出していたが、それは保身でしかなかった。
保身の感情に気付いたとき彼は、ギリギリと表情がつり上がった。
先程は、全てを抱えて自決してしまいたいと思っていたはずなのに。
相反する自分自身の感情に、彼はますます苛立ち。
「がぁぁぁ!!?」
二律背反に陥った感情では、まともな思考回路は築けない。
ほとんど何も考えずに、彼は銃を取り出した。
ただし、誰も狙わなかった。地面、もしくは壁であった。

「月ってのはこんな奴ばかりなのか?」
やけくそと八つ当たりで乱射していたら、ニンジンのペンダントを着けた女性から声をかけられた。
ただ、向こうも憎まれ口以上の会話はしたくなさそうであったので。
彼の方もただ一言。
「八意永琳様はおられるか?」
これだけで済ませた。


サグメ、あなたが予告無しで来るとはね」
会話が始まる前に、サグメにとっての目的がやってきた。
「半日前に通信を送った」
「そんなのを予告や約束とは言わないわ。てゐ、部屋の用意を。それから鈴仙」
てゐと呼ばれた、ニンジンペンダントの女性は怯えも見せずに奥に行ったが。
鈴仙と呼ばれたウサギが問題であった。

一目見て分かった、逃亡した者のうちの誰かだと。
故に、怯えていた。
「この手紙を洩矢諏訪子に渡して。他の守谷神社の面々には知られちゃダメよ」
「では、稀神サグメ様。失礼します」
「お前には興味がない。○○はどこだ」
鈴仙は通りすぎたかっただろう。しかし、ここまではっきりと声をかけられたら止まらないわけには行かない。
「○○の居場所なら、おおよその検討は付けているわ」
さすがは八意永琳か。万能にもほどがあった。
しかし、サグメはそんなものお構い無しに。目線をギョロリと永琳に向けた。
神格では、永琳の方がはるかに上なのだが。
○○の事になると、直情的であった。

「可能なら、今すぐにでもここに連れてきたいわ」
永琳はそう言いながら、鈴仙に行くように手を使って促した。

そして、永琳は彼の方を向いた。
彼としては、通りいっぺんの使い古された言葉以外はもうしゃべりたくないのに。
「出世してそうな貴方なら分かるわよね?根回しで、結果的に楽に済むってことは」
「せ……僭越ながら」
たぶん言葉使いが間違っているが、下手に感情を出すよりはマシなはずだ。
「あぁ……月で出世できそうな性格ね。サグメ、一時間ほど待ってちょうだい」
サグメは苛立ちを増していたが、八意永琳相手に喧嘩をする気にもなれず。
ついていくしかなかった



「洩矢諏訪子だ。早苗から、月の賢者については。少しは聞いているよ」
洩矢諏訪子は自己紹介もそこそこに、サグメをしげしげと眺めた。
「下手に喋れないんだってね、物事が逆転するから」
「うるさい」
サグメはすぐにやりかえしたが、一緒に連れてこられた彼は天井を見ていた。

「○○はどこにいる!?」
「おー、怖い」
天井を見ていても耳はふさげず、彼の口内に嫌な感触が、嘔吐感が混み上がった。
「ま、相席している彼が可愛そうだから。結論から言おうか」

「○○と、その友人の医者を返す気はあるよ。ただし、守谷神社が貧乏くじを引かない形で」
「どうやって?」
口約束とはいえ、八意永琳の前ではっきりと諏訪子は確約したが。
完全には信じていないサグメは、なおも気性が荒い。
「それを考えるのが、この会談じゃないのぉ?」
頼むから、棒読みで良いから丁寧に喋ってくれ。
彼はそんな本音を、そして気絶しそうな心中をごまかすために。
熱いお茶を飲み込んだ。

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最終更新:2017年09月18日 20:55