「あぁっ、もう!なんでなのよ!」
永遠亭の一室に輝夜の怒鳴り声が響く。普段ならば小一時間ばかり大人しく自室に籠もっている時間であるが、
どうやら今日は機嫌が恐ろしく悪いようである。竜宮の使いが今晩幻想郷に来ると予告した
台風の渦の如く、激しい感情が部屋の中で荒れ狂っている。
「馬鹿!屑!間抜け!」
障子戸を開けると丁度頭の横を花瓶が通り過ぎ、そのまま障子に大穴を開けて廊下へと飛んでいった。
ロケットを月に向けて飛ばしたならば、哀れ砕け散った花瓶と同じ様な軌道を通るのではないかと、
要は半ば無駄なことを考えつつ渦の中に踏み込んでいく。
寿命が無いが為に、ややもすれば目の前の人生に半身で構えてしまうのは、蓬莱人の二番目に悪い癖である。
「あんたなんて、○○さんの足下にも及ばない蟻なのよ!」
私が入って来たことにも構わず、室内にあるものを癇癪を起こして壊し、投げつけていく。
私に気づいていなかったのなら、今頃脳漿を廊下にまき散らしてリザレクションをしているだろうから、
気づいて-気づいていたにも関わらずにそうしていたのならば・・・、
頼ってくれているようで、全てを見せてくれているようで、それでも嫌われないと信じてくれているようで嬉しくなってしまう。
そしてそんな私の内心が揺れ動く間にも、部屋の状況は悪くなっていく。
「大体、分かるでしょう!」
シルクロードを渡ってきた羅馬のコインが撒きちらかされる。
「○○さんの文章がどれがどれかなんて!」
外界ならば正倉院に保管されているであろう波斯の壺が無残に割られる。
「○○さんの内面だって分かるでしょうに!」
・・・それはどうだろうか、と内心で思う私の横で、一枚板の机が振り回されて壁に叩き付けられる。
ひとしきり部屋を破壊した後で、輝夜は肩で息を吐く。
私が自ら丹精込めて手入れをしていた黒髪は乱れ、額には玉の汗が浮かぶ。
世の権力者を狂わせた顔を拭いていると、輝夜が言葉を漏らした。
「直ぐに行くわよ。」
「どっちに行かれますか。」
どこに、では無くどちら、と選ばせる。千年前から変わらない我儘さは今でも変わらない。そしてそれを育ててきた私の方も。
あの時に月の使者を殺して以降、私はどこかオカシイ。
「博麗神社の方。」
幾ら何でも迷い家を強襲するという、とち狂った事はしない様である。面倒くささが減ったと思う反面で、
しかし輝夜はこれでは引き下がらないであろう。
「優曇華に法具を用意させて。全部よ。」
戦争でもするのですか、と何気なく言いかけて止まる。するつもりでは無く、正に戦争なみに本気であるし、
問題は「いつ」、「どうやって」するかの方である。
「牛車で行かれますか。」
「飛んで行くわ。頭が冷えないように。」
こうなっては輝夜は止まらない。かつて貴族の求婚を全て難癖を付けて断ったように、そして帝の求婚ですら潰したように。
殺しても死なない蓬莱人は、実に質が悪いと思ってしまった。
最終更新:2017年09月18日 21:02