買いとりて




 買いとりて

 暑さが和らぐ昼下がりの午後に、私は屋敷の奥座敷で客人を待っていた。
○○さんが最近人里で孤立していると使用人経由での噂を耳にした私は、
それを解消するために裏の事情に通じている人物を態々呼び寄せた。
情報屋として手広くやっており幻想郷の至る所に顔が売れている彼には、何度か○○さんの周囲を探らせたこともあり、
彼ならば恐らくは○○さんの今の孤立を解決することができるだろうと考えたためである。
 彼程度の人物ならば今までと同じ様に呼べば直ぐに来るのであろうし、期待していた程で無ければスキマに送りこめば良い。
丁度彼には何ヵ所からも申し込みが来ていたのだから、いや、いっそこの際そうした方が都合が良いのであろう。

 情報屋は部屋に入ると辺りをグルリと見回した後、ゆっくりと来客用の座布団に腰掛けた。
私の焦る気持ちを知ってか知らずか、堂々とした落ち着いた振る舞いをする。
いつもいけ好かない、人を食ったような笑みを浮かべている情報屋が、慌てている姿なんぞは終ぞ今まで見ることがなかった。
場合によれば此処でお別れとなるのならば、少々感慨深くもある。
自分がこんなに感傷的になっていることに気づき、こんな気の持ちようならばひょっとすればきまぐれで
慈悲でも掛けてやってもいいのかも知れないと、つと思い直す。
全く、○○さんが絡んでいると私は正気では居られない。
里の重鎮としての稗田も、歴代の阿礼より続く血も、サバンとしての能力もない、唯の若い村娘のように私は○○さんに焦がれてしまう。
全てを掛けても彼が欲しいと思い、されども私の全てを見せて嫌われる勇気も無く、唯私に出来るのはこうやって物陰より眺めるのみである。
暗く、陰湿で、きっと彼が見れば幻滅されるのであろうが、それが私の本性である。全てを投げた後に残る、暗い感情--。

「それは少々むずカしイかと--。」
ふと耳に情報屋の言葉が入ってくる。上の空の自分が今まで一体何を話していたのかを、咄嗟に意識を巻き戻して確認する。
全ての記録を記憶することは出来なくても、数分程度の無意識ならばサバンたる脳内のレコーダーより読み起こすことが出来るのだから。
どうやら意識を○○さんに飛ばしていた間にも、私の口は自然な言葉を紡いでいた様である。
しかし、本当に使えない情報屋である。今までは○○さんに近づく動物を駆除するために、色々調べさせていたのだが、
今となれば彼の孤独を埋めることすら出来ない。
ああ、しかも苛立たしい事に、情報屋の顔にはお前の所為だとはっきりと書いていた。
うるさい、本当に使えない屑野郎め!私がこの立場でなければ、もっと彼の近くに居ることが出来るというのに、
それを態々我慢しているのだから!
せめて○○さんの万分の一の脳味噌があるのならば、もっと私と○○さんの為の策が出来るだろうに。いやいや仕方が無い。
そもそも○○さんと唯の十把一絡げの替えの効く部品と同一視することすら、同じ土俵に立つことすらおこがましいことであったのだ。
幾ら人間の形をしていても、それは月と餅を同じだと言い張る様なものである。
彼が優しいので彼の周りにいる人を彼は平等に取り扱っているので、私もついつい甘えてしまっていた。
ああ、すみません○○さん。こうなってしまっては最早貴方を庇うには稗田の家の中に入れることが必要です。
いきなり旧家に放り込むなんて、幾ら何でも非道すぎる話しですが、ああスミマセン、スミマセン、でも阿求は嬉しゅうござ-

 「当主様と○○さんが距離を置かれる方が宜しい・・・」

 ア゛? 何、人の未来を断ち切っているんですか?馬鹿なのですか?ああ、そうでしたね、屑でしたね。微塵子でしたね。
全く、貴方に期待した私が残念でしたよ。ええ、本当に、ほっんと うにね。
さてこうなったのならば、あの情報屋にはお茶のお替りを頼む序でに、永遠亭の薬で眠って貰いましょうか。
ええ、これでも少しは感謝しているのですよ。態々死んでいないのに彼岸へ送ることも無く、
地上の妖怪に嫌われている地底でも無く、良く外来人が憧れている永遠亭に送って上げようというのですからね。
ええ、稗田の当代に代々受け継がれている、私の裏の一番大きい利権である、人里の人間をどの勢力に引き渡すかを
采配する権利の役に立ってくれたのですからね。
さあ、目が泳いで来ましたよ、腕が震えて来ましたよ。はははっ、悔しいでしょう、残念でしょう。
これまでの全てのこの幻想郷での人生が、今まで必死に生きてきたその全てが、こんな所で自分より遙かに無力な女の手で、
無残に潰されるというのですからね!ああ、楽しい。それじゃあ、

「八雲様、それではこの人を永遠亭まで送って下さいな。」

さて、○○さんをお迎えするために、色々と根回しをしなくてはいけませんねぇ・・・。






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最終更新:2019年01月23日 22:04