冷戦と崩壊
冷戦と崩壊
上白沢慧音、稗田阿求、そして彼女達の後ろに申し訳程度に村の主だった者が控えている中、
慧音からの問いかけ-もはや尋問の様な圧力を○○には感じさせていたが-は続いていた。
数日前から博麗神社の巫女が境内に現れなくなり、昼間にも関わらず雨戸が閉じられている状況は、
居候をしている妖精が仲間に話したことで、スクープに飢えている天狗の号外を通じて、
その日のうちに幻想郷全域に伝わっていた。
そしてそれが一日だけで無く何日も続くに至って、異常だと感じた慧音は博麗神社を直接訪れていた。
しかし博霊神社の前には門番を気取る狛犬がずっと居座っており、霊夢に取り次ぐように頼んでも
けんもほろろに面会を断られるのみであった。
弾幕勝負すら断ってくるという、つまりは実力行使になっても構わないという意思を示したあの狛犬の姿を見るに、
十中八九で霊夢自身の意思で出てこない状態であった。
ならばと稗田家を通じてマヨヒガに尋ねてみても、紫は霊夢が表に出てこないことを容認していた。
しかも、紫も原因すら話さない。ただ、時が来れば解決するとなどと、いつも通りに曖昧な言葉を話して人を煙に巻くという、
悪癖を遺憾なく発揮する彼女にあしらわれ、皆目が見当付かない。
そこで霊夢が最近懐いていたという外来人を呼び出して話しを聞いていたのだが、八つ当たりの様な苛立ちも加わって、
慧音の○○に対する言葉はきつくなっていた。
「他に何か無いのか?」
慧音より○○に何回も尋ねられた言葉。
そして○○はいくら思い返してみても、彼にはさっき繰り返したことしか思いつかない。
「いえ、さっき言った様に、ちょっと前に霊夢からの誘いを断ったことしかないです。」
あくまでも、丁寧に言葉を返す○○。いい加減内面は焦れているが、かといって村の重鎮の前でそれを露わにするのは、
狭い村社会の中では少々不味い結果を招きかねない。
「上白沢さん、恐らくそれが原因なのでしょう。」
煮詰まった空気を壊すように、阿求が二人に割って入る。
○○は固まった状況から逃げられて緊張を解くが、一方の慧音は一層難しい顔をする。
「ならば、余計に問題なのではないか。」
たったそれだけの事で、という意味を言葉に持たせた慧音に阿求が返す。
「それだけのこと、かもしれませんが、ここまで至っては最早、それが原因と考える以外にはありません。」
それに、と○○の方を見ながら阿求は言葉を続ける。
「八雲様すらそれを認めているということは、向こうも本気なのでしょう。」
「最早「何か」の際には博霊の巫女の助けを受けられないという、つもりでいなくてはいけません。」
後ろで黙りこくっていた村人が声を漏らし、俄に大事になってきたと感じた○○が思わず口に出す。
「一体どういうことですか。ただ、誘いを断っただけで、異変がどうとか、巫女を辞めるとか。
なんでそれだけでそんなに大事になっているんですか。」
「それだけ?!」
焦れた慧音が○○の言葉尻を引っ捕らえる。
「巫女が役目を放棄することが、それだけというのか!」
普段の冷静さを投げ捨てるごとき姿に、再び阿求が制止の言葉を掛ける。
「言葉を悪く捕らえすぎですよ、上白沢さん。あくまでも、逢い引きの誘いを断っただけで、
引きこもるのはどうかと○○さんは仰りたいのですから。そうですよね。」
水を向けられた○○は口切れが悪く言葉を述べる。
「いや、まあ、逢い引きというのはちょっと言い過ぎかもしれないがだな。」
デートを問題にした○○に対して、阿求はボールを返す。
「いえいえ進んでいる外界とは違うのですから、月が綺麗とすら言わないこの幻想郷で、と言えば聡明な○○さんには理解して頂けるかと思いますが、それは霊夢さんにとっては、ショックでしたでしょうね。」
「うむ、それはそうかもしれないが…。」
価値観の違いという、言った物勝ちの論法を出されては、外来人の○○にとってはどうしようも無い。
「まあ、結局人里としては暫く自力でどうにかすることになりそうですね。」
逢い引きに関する○○の意見を否定することで、あくまでも霊夢が引きこもることについては
いつの間にか問題から外していた阿求は、周囲が気づかないようにしながらも、
その実しっかりと会話の主導権とこの先の方向性を奪っていた。
「それでは、この後で上白沢さんは村の方と見回りの詳細について話して頂きましょうか。
きぬ、この方達を二十畳の部屋に案内してあげて。」
お付きの女性によって、慧音と村人達は別の部屋へと移っていった。
二人だけとなった部屋で、○○は阿求と向かい合う。先程の阿求は冷静であったが、○○にとっては正直何を考えているか解らず、
異常事態に慧音がややもすれば興奮して普段の冷静さをいることと比べると、その若さでの静謐さは不気味ですらある。
再び入れられたお茶で唇を湿らせる○○に、阿求が口を開く。
「結局、霊夢さんについてはどう思われているのですか。」
なんとも答えにくい様子で○○は答える。
「そこまで親しい訳ではなかったのだけれどなあ。まあ、気の置けない友人とでもいう感じだろうか。」
「そうですか…。では、いっその事、博麗神社に婿入りでもされてはどうですか。」
阿求が○○に爆弾を投げつける。
「いや、そういうのは勘弁願いたい。」
「どうしてですか。博霊神社の巫女はここ幻想郷全体として見ても、一二を争う優良物件でしょうに。」
「いきなり強攻策にでるのは、無茶というものだろう。」
断る○○を見て、阿求は結論を下す。
「成る程、嫌ってはいないが積極的に好いている訳ではないと…。」
ならば、と阿求は言葉を繋げる。
「その程度ならば、どうぞ末永く地下室で監禁されていて下さいな、と言いたいですねぇ。」
阿求からキツい言葉を投げられた○○は狼狽えながら言葉を返す。
「どの程度であっても、監禁などは問題だろう。」
「ええ、問題ですよ…。但し、問題にする人が居ればの話しですがね。」
「無茶苦茶だ!そんな簡単に犯罪を堂々と行われてたまるか!」
断固として抗議する○○に、阿求は冷徹に論理を説く。
「博麗の巫女は異変の解決者でもありますが、同時に全体のバランサーでもあります。
彼女が動かなくなったことで、今、人里で他の勢力がらみの動きが起きています。そんな状況では誰もそんな事には構っていられません。
まあ、人里の動きも長く続かないでしょう。」
自分がかなり悪い状況に追い込まれていることを知った○○であるが、それでも阿求に質問をする。
「長く続かないとは、動きが収まるのか。」
騒動が収束すれば、人里がまともに成ることを願って。
「まさか。このまま行けば、動きが加速して「破裂」するだけですよ。」
○○の儚い願いはかき消される。阿求も多少は悪いと思ったのか、目に見えて落ち込んだ○○に対して慰めの言葉を掛ける。
「希望が持てるとすれば、人里は貴方を突き出すようなことはしないでしょう。過激なことをしないように村が押さえにかかるでしょうから。」
「それは霊夢に目を付けられたくないからじゃないのか。」
阿求にすっかり疑いの眼差しを向けるようになった○○であるが、阿求は構わず答える。
「まあ、それが無いとは言いません。が、同時に他の勢力にも人里の表側では騒動をさせないようにする積りです。
それすらも失ってしまっては、もはや異変を越えて、唯の抗争になりかねませんから。」
結局のところ、○○は項垂れて家に帰るしかなかった。
次の日に○○は、人里に買い出しに出かけていた。この分だと最悪は騒動が起きそうであるので、
食料を予め買いだしておき、いざとなれば表に出ずに籠城をしようという計画である。
そして人里の中心へ向かうのであるが、いやに人が歩いていない。
その代わりに目に付くのは、永遠亭の薬売りや丸字に岩の文字が入った法被を着た連中ばかりである。
そしてそいつらも○○を遠巻きにして見ているだけであるので、居心地の悪さを感じながらも○○は商店に向かっていた。
道端で仙人が珍しく辻説法をしている横をすり抜けて商店街に辿り着くと、普段は人でごった返している道並みは一変していた。
あれだけ居た人はいなくなり、道は閑散としてしまっている。おまけに店は次々と手仕舞いをしており、
○○に目を合わせないようにして軒先から家の中に引っ込んでいく。
そして家の中から○○をジッと見つめているものだから、落ち着かなくなった○○はいつの間にか駆け出していた。
家々から注がれる視線に耐えきれなくなった○○は、うつむき加減に走る。
雑踏の中であれば数歩もしない内に人とぶつかるので出来ないことであるが、生憎と今日はぶつかる人もいない。
そして里一番の大店ならば開いていて欲しいと急ぐ○○は、横から割り込んできた人物に避ける間もなく衝突をしてしまった。
衝突をした○○は大きく飛ばされる。普段ならばいやに固かった相手の感触を訝しむのであろうが、
そうは問屋が卸さないとばかりにぶつかってきた相手が絡んでくる。
「おいアンタ、一体どうしてくれるんだい?こちとら、届け物が台無しになっちまったじゃないかい。」
そう言いながら、綺麗に真っ二つに割れたガラスの容器を湿っていない懐から取り出して○○に見せつける。
「いや、そう言われてもだな。そちらが飛び込んできたのだから、此方に文句を付けるのはお門違いだろう。」
面倒になったという気持ちを露わに、相手に向かい合った○○は答える。
しかし、相手はそんなことは百も承知とばかりに更に絡んでくる。
「そんなこと言って逃げようったって、そうはおろさないよ。落とし前を付けてもらおうじゃないかい。」
「だから言っているだろう、それはアンタの不注意が悪いんだ。失礼させてもらおう。」
厄介な相手に因縁を付けられたと思った○○は踵を返す。すると後ろから痛い程に肩を掴まれた。
肩の肉がちぎれるような、明らかな人外の力で○○を掴みながら、輩は声を掛ける。
「おいおい、逃げちゃあ困るよ。」
そして向かいからも、にやけ面の男が一人近づいてくる。○○の肩を掴んでいた輩に男が声を掛けた。
「おう、どうしたんだ××よ。」
「ああ、××さん、此奴が親分へのお届け物を割ってしまいまして。」
「ありゃあ、そいつはいけないなあ。ウチの親分はおっかないからなあ。ちょっと話しをしようじゃないかい。」
「だから、そちらが飛び込んで来た所為だろう。」
「いや、そうしらばっくれちゃあいけないなあ…。おい、ちょっとお前舐めてんじゃねえぞ!」
にやけ面から急に怒りの表情を露わにして怒声を発する男。
二人が○○を掴んで連れて行こうとすると、鋭い声が割って入った。
「お主ら、待たんか!」
三人の視線が声に向かう。そこには烏帽子を被った、背の低い女性がいた。
背の低さに似合わぬ堂々とした姿で、彼女は三人の方へ歩いていく。
「二人がかりで因縁を付けようとは、見下げたものじゃ。インチキはいい加減にせんか。」
余計な邪魔が入ったとばかりに、二人の男は目配せをする。
分担が決まったのか、後から来た方の男が女性の方に近づいて行く。
「おう、嬢ちゃん。余計な口を突っ込んでんじゃねえぞ。」
「ふん、人間を取り囲んでの狼藉乱暴、見過ごす訳にはいかぬ。」
「あん?てめぇ、この一本下駄が見えねえのか?」
威圧するように女性に絡む男。ガンを付けながら、相手の面前に顔を近づける。
「そおら!」
威勢の良い掛け声と共に男の体が宙に舞った。
大の男一人を軽々と投げ飛ばして地面に叩き付けた女性が、もう一人に挑発するように言う。
「雑魚の集団なんぞ一々覚えておらんぞ馬鹿どもが。喧嘩ならばこの神霊廟の物部が受けて立とうぞ。」
おまけとして手の平をを上に向けて指を曲げる格好をとれば、頭に血が上ったもう一人の天狗も
ガラスの容器を振りかぶって突っ込んでいく。
その顔面に容赦なくカウンターの蹴りが入ると、もう一人の方も地面に沈み、僅かに手を痙攣させるのみになった。
「ありがとうございました。助けて頂いて。」
礼を述べる○○に、布都が返す。
「なに、どうということはないぞ。それよりもお主、何処かに行く途中ではないか?」
「ええ、霧雨商店まで買い出しに。」
「ふうむ…。」
○○の言葉を聞いて考え込む布都。結論が出たようで○○に話す。
「成程、ならば我がそこまで行こうではないか。丁度彼方の方に用事が我もあろうぞ。」
「いえいえ、そこまでには及びませんよ。」
固辞する○○に布都は意見を曲げない。
「いや、今日は先の様に物騒だからの。我も付いて行こうぞ。」
先程の事件を楯にされれば、○○としてもそうする他なかった。
○○が霧雨商店の所まで来ると、幸いにもその店だけが開いていた。
珍しく人が居ない店の前には、霧雨魔理沙が箒を持ちながら椅子に座って退屈そうに店番をしていた。
「おや、○○じゃないか。買い物か?」
「ああ、ちょっと買い出しにね。」
○○を一瞥した
魔理沙は布都の方に視線を向ける。
「そうか、それでそっちの仙人はなんだ?」
「うむ、そこで天狗に絡まれている○○を助けてな。この店まで一緒に来たという訳じゃ。」
さっきの二人が天狗だと気づいて驚く○○を余所にして、二人の視線は険しくなる。
「そうか、それじゃあ、お前はもう行っていいぞ。帰りはこっちで送るからな。」
「おや、恩人相手に大層な言い分じゃな。我が居なければ○○が今頃どうなっていたことだろうな。」
「おいおい、それと是とは別問題だぜ。いつまでも○○に付きまとうのは辞めるんだな。」
「それは○○が決めることじゃろう。お主が決めることでは無かろうに。なんじゃ、お主は○○の彼女か、母親か。」
「ストーカーをしている奴に言われる筋合いは無いね。」
にらみ合う二人の口調が激しくなってきた時に、奥から
アリスが出てきて冷静に口を挟む。
「いっその事、二人で行けば?」
「ふむ、不本意じゃがな。」
「まあ、そういうことなら妥協してやるぜ。」
魔理沙の箒の後ろに乗りながら、○○は空を飛んで帰っていた。買った荷物は布都が持っている。
○○としてはどちらも止めて欲しかったのであるが、○○を巡って冷戦をしている二人の圧力に抗することができなかったためである。
相変わらずチクチクとした遣り合いを続ける二人であるが、○○が二人から目線を逸らし、空を見ていると黒い点が見えた。
黒い点が見えた時、初めに○○は見間違えか、飛蚊症かと思った。しかしその点は大きくなり近づいてくる様である。
○○が二人に声を掛けようとした時、急激な突風が吹きつけ○○は箒から飛ばされてしまった。
落ちる、落ちる、風に吹かれて大空から地面に落ちていく。
声に成らない叫び声が勝手に自分の体から出てくるのを感じながら、最早地面に叩きつけられるばかりかと思ったとき、
○○は誰かが掴まれて急激に加速しているのを感じた。先程までの肝が冷えるような無重力感とは一転、
一気に地面からの重力を感じながら、○○は空を飛んでいた。
それに速度も先程よりも随分と早い。
顔に叩き付けられている風が一層激しくなった状態では顔を向けて抱えている相手の顔を見ることもおろか、
声を出すことも出来ない。数分か、或いは十分以上かと思えた飛行が終わり、○○は岩の上に着地した。
そして○○が相手の顔を見ると、そこには射命丸文が天狗の団扇を持ちながら、高下駄を履いて立っていた。
○○が息を付き、文に疑問をぶつける前に、先手必勝とばかりに文が○○に話しかける。
「いやー、すみませんね、○○さん。ちょっと事情があったもので、邪魔の入らない此処にご案内させて頂きました。」
強引な誘拐を案内と誤魔化し、更に言葉を続ける。
「実は、今幻想郷は大変なことになっておりまして。」
「知っている。霊夢が出てこないんだろう。」
「ええ、そのこと何ですが、やはり、○○さんが霊夢さんを振ったからだと聞いたのですが、本当でしょうか?」
やはり此処でもかと思いながら、○○は文に答える。
「いや、告白を断った覚えはないんだが、霊夢はそうとらなかったようだ。」
「成程、成程、二人の悲しきすれ違いという訳ですね。これは大スクープですね。」
ゴジップを追いかける芸能記者としての精神を存分に発揮する文に対して、○○は呆れたように言う。
「おいおい、みんなしてやたらめったら騒ぎ立てるが、一体何なんだ?霊夢が異変解決をしないだけで、一体人里の何が変わるんだ?
慧音先生にもえらい剣幕で言われたんだが。」
「いやあ、○○さんは外来人ですから、実感が無いのかも知れませんが、これはとても大変なことなんですよ。
何せあの博麗の巫女が使命を投げ捨てることなのですからね。」
「だから、それが一体何故人里の勢力争いに繋がるんだ。霊夢が動くのは、異変が起こってからの話しじゃないのか。」
疑問を呈する○○に、文はペンをクルリと回して答える。
「いえ、博麗の巫女は重大な存在ですからね。幻想郷の管理人である八雲紫という人の名前は聞いたことがありますか?」
「いや…。記憶に無いな。」
「成程…。博麗の巫女は代々管理人の八雲紫より命じられまして、幻想郷の安定を担っているのですよ。」
「それで。」
「幻想郷の安定を任されるからこそ、異変の時には解決に動きますし、その為には圧倒的な力が要ります。
何か人里で事件が起これば、彼女はそれを解決するために動きますし、人間の巫女が人里に付いているからこそ、
人里は治安を保てますし-そして、他の勢力が介入しようとしても、それを少なくとも実力行使といった部分では撥ね除けることが出来るのですよ。」
黙って文の話しを聞く○○に、文は話しを続ける。
「逆を言いますと、博麗の巫女がいなければ、人里に残るのはもはや半獣位しか居ませんし、
精々がその仲間の炭焼きの蓬莱人一人という所でしょう。
それだけの力では、ああ、別に大したことが無いと言っている訳では無いのですよ。でも、他の並み居る大勢力、そうですね、
紅魔館に、永遠亭、命蓮寺に神霊廟といった強力な人外の連中と渡り合うには少々、押さえが効きにくいのですよ。」
さりげなく妖怪の山を除外していた文に○○が反論する。
「だが、紅魔館も最近は大人しいと聞くし、永遠亭に至っては薬を売ってくれたり、治療までしてくれるそうじゃないか。
それが人里に何かしているようには思えないな。」
「いえいえ○○さん。それは違うという物ですよ。」
「何がだ?」
「確かに永遠亭は人里の助けになっています。薬を売ってくれたり、手術すらしています。でも、」
「でも?」
「まず、第一に人里の弱味を曝け出しています。それだけ恩を売っているのですから、色々と裏では遣り取りがあるのですよ。」
「裏で何があるんだ?」
「いえいえ、それは後でごゆっくりという奴で、第二にそれを止めるということが脅しとして使えるのですよ。
言うことを聞かなければ、薬を売ってやらないぞ、ってね。」
「それはそうかもしれながいが、しかしそんなことをしても、永遠亭には利益がないじゃないか。」
「ええ、利益は出ないかもしれませんが、別に永遠亭は薬を売らずとも、自給は出来ますからね。
それに、人里がそれで壊滅をしようとも、それはもはやそこまで至った時点で永遠亭としては折り込み済みなのですよ。
そうですね、外の世界には八咫烏の力を使った大層な爆弾があるじゃないですか。
それを相手に使う時には、最早誰も正常な明日がくるとは思っていないのですよ。
ただ、自分が要求を通す為に相手に許容できない被害を与えて、そうして自分だけは取り敢えず今日を生き延びるという奴ですよ。
相互確証破壊と言うそうですね。まあそれと似た様な物ですね。人里は永遠亭が助けないことで、疫病で壊滅するかもしれませんが、
取り敢えず永遠亭側には被害は無いという。」
「無茶苦茶じゃないか!」
「ええ、その無茶を通そうとすると、普段でしたら博麗の巫女が介入するのですが、生憎不在となります。
そしてそれを止めさせるためには、他の勢力を抱き込む必要があるのですよ。いやはや、世知辛いですね。」
「なんという…。」
「そして、ここまで考えが行きますと、次に目聡い連中は自分達の勢力を売り込むのですよ。自分達が人里に付いていれば、
他の勢力が無茶をした時にはそれを実力で制止してやるぞってね。今日の町には薬売りが普段よりも目に付いたでしょう?
あれは永遠亭が送り込んでいますし、岩の法被を着た連中は二つ岩マミゾウの手下ですからね。それに…。」
「それに?」
「人里も既に一枚岩では無いのですよ。」
「どういう事だ?」
「霧雨家には一昨日の時点で紅魔館のメイドが居ました。そこまではギリギリ人間なのでまだ平時とでも言い訳は立ちそうですが、
昨日から既に
パチュリー=ノーレッジが居ます。
こいつは紅魔館の当主の友人でありますが人外の魔女なのです。
そして人形遣いのアリスと共に、三魔女の同盟を組んでいることが分かっています。
このアリスも魔界神の娘という情報を掴みましたので、霧雨家は既に紅魔館と魔界とすら組んでいると私達は見ているのですよ。」
「だから霧雨商店にアリスが居たのか。」
頷く○○に文が嘘と真実が入り交じった情報を吹き込んでいく。
「ええ、ですから○○さんを天狗の方で保護させて頂く為にさせて貰ったのですよ。邪魔が入るのは想定外でしたがね。
まあ、神霊廟が動くのは想定内でしたが、遂に地底組も動きましたよ。」
「そもそも地底と地上は行き来を禁じられているのでは無かったのか?」
「そうですけれども、先日間欠泉が大噴火を起こしましてね。これは地底の八咫烏の力を使ったデモンストレーションですよ。
自分達はいざとなればこんな感じで皆吹き飛ばせるんだぞっていう。まあ、流石に星熊勇儀の様な大物の鬼が動いているのならば分かりますが、
今の所一切姿は見えて居ないのですよ。」
「じゃあ、地上に居ないんじゃあないのか?」
「いえ、ならば態々爆発をさせる意味が無いので、恐らくですが、紅魔館に滞在していると考えられます。
あそこならば人里に近い癖に友人を招いたと言い張れる場所ですからね。隠れるにはもってこいです。
そして霧雨家に肩入れをして一気に里での勢力を奪いに来るでしょう。
上白沢や村の重鎮が持っていない戦力を見せつければいいのですからね。
現に霧雨家だけが魔理沙さんがいるお陰でこんな抗争中も店を開くことが出来ているですからねぇ。
勘ぐるなって言う方が無理な話しですよ、これは。」
「そうなのか…。」
「ええ、ですから、○○さんには是非とも、我々の元に来て頂たく…」
「そこまでよ。」
聞き慣れた声が○○の耳に入り、霊夢が二人の前に降り立つ。以前見た時とはがらりと雰囲気を変えている。
愛らしさ、愛嬌、余裕、そういったものを全て投げ捨てて、ただ○○への執着とその他の者への嫉みだけを残し、
余分な物がそぎ落とされていた。
正常な精神すらも。
「いい加減にしなさいよ射命丸。それ以上、一分一秒でも○○さんの側にいたら、その分アンタの羽をちぎってやるわ。」
針をちらつかせてえげつない脅しをする霊夢だが、文は堪えた様子が無い。
パパラッチとも評されるそのジャーナリスト精神は未だ健在の様である。
「いやあ、記者としてはその話を飲めませんね。それに役目を放棄した巫女に指図される筋はありませんよ。」
「そう、じゃあ…。」
まぶしい光が一面に満ち、文がいた辺りの地面はえぐれていた。射命丸が死んだかと思った○○だが、後ろから声が聞こえる。
「危ないですね、この巫女は。でも、これならいかがですか?」
○○の頭に指を突きつけて、嗜虐的に文は笑う。
「ほら、ほら、どうですか?どうにか言ったらいかがですか?ざあーんねぇん!動いたらこの人死んじゃいますもんねぇ!!
ほら、ほら、早く針を捨てろよ!こいつの頭が弾けたくなかったらなあ!!」
○○を人質として霊夢に武器を捨てるように言う文。霊夢はためらわずに針を後ろに放り捨てる。
「よーし、じゃあ、さようなら霊夢さんんん゛、あぎゃ。」
霊夢は後ろに投げ捨てた針を空中で掴み、後ろ手で突き刺す仕草をする。
霊夢が手を動かすと後ろの文が手の動きに合わせて悲鳴を上げる。
「あべっ!うぼっ!ああっ!」
ドサリという音がして風が止み鉄の匂いが周囲に充満する中、霊夢が○○に一歩一歩近づく。
ついさっき人を一人殺したのに、それでも彼女は顔を変えずに、
○○の頬に手を伸ばす。
「ねえ、帰りましょうか。」
どこに、という質問は無粋であった。
感想
最終更新:2024年04月23日 15:52