○○は蓬莱人である。当然最初から蓬莱人ではない。
○○は外の世界から来た人間で、元々は医学生だった。
幻想郷に来てからは、永遠亭の薬師の技に魅せられ、
弟子入りし、挙句に自ら望んで蓬莱人になった。
本人曰く、医療の向こう側が見たいから、という理由で蓬莱人になったとの事。大馬鹿である。
そんな馬鹿は、今でも永遠亭で修行に励んでいる。
それから月日は流れた。
××はつい最近幻想郷に迷い込んだ外来人である。
彼は外の世界に戻るべく、日雇いの仕事に精を出している。
その日は行商の品である薬を買うべく、永遠亭に向かった。
「やぁ、××、待っていたよ」
「道中よろしくお願いします」
迷いの竹林の入り口には○○が待っていた。
彼の仕事には助手だけでなく、竹林から永遠亭までの道案内も含まれている。
竹林の案内人には元々別の人間がいたが、現在は訳あって外に出る事が出来ないため、
代わりに○○が案内しているのである。その訳とは、
「××、そこには硫酸の溜まった落とし穴があるから気を付けて。
それと、もう少し左側を歩いたほうがいい。クレイモアが埋められているから」
「わっ分かりました」
竹林全域に無数の罠が仕掛けられているからである。
罠の種類は上は核地雷から、下は落とし穴と多岐に渡り、
今の竹林は、『地獄よりも危険な場所』と呼ばれるようになっていた。
元々の案内人、藤原妹紅は運悪く核地雷を踏み抜き、
身体の再生が終わった後は罠の除去に躍起になっている。
そのため、現在竹林を案内出来るのは○○だけしかいないという訳である。
「それにしても、なんでここはこんなにも罠が多いのですか。」
「罠を仕掛けているのは、うちの因幡なんです。我々としても迷惑しているのですが、言う事を聞かないのです」
因幡てゐ。人を幸運にする能力がある、と言われているが、実際は人間を騙し、不幸にする質の悪い妖怪である。
人を誑かすだけでなく、人を罠に嵌めるのも好きである事も××は知っていた。しかし、これはいくら何でもおかしい。
「確かに因幡は罠を仕掛けるのが好きだという事は知っています。ですが、これはいくら何でもやりすぎです。
因幡にいったい何があったのですか」
永遠亭に長く暮らしている○○なら何か知っているかもしれない。××は試しに聞いてみた。
「……誰にも話さないと約束しますか?」
○○は歩を止めると、神妙な声で聞いてきた。
急に雰囲気が変わったため、××はたじろいだが、気を取り直し、約束します、と言った。
それを聞いた○○は再び歩き出した。歩きながら、話し始めた。
「昔々、永遠亭には私以外にも□□という人間がいました。彼は因幡と仲が悪く、いつも口喧嘩ばかりしてました」
その口振りは、遥か昔を思い出すようであり、目の前の人間が蓬莱人であるという事を思い知らされた。
「□□は弁論が上手く、何千年と生きている因幡でさえやり込めていました。因幡の方も口では勝てないからと、
そこ等中に落とし穴を仕掛け、□□に対抗していました。□□が穴に落ち、因幡が笑い、怒った□□が因幡を追い掛ける、
というのが永遠亭では一つの風物詩になっていました」
「……まるで子供の喧嘩ですね」
「そうです、子供です。特に因幡は典型的で、□□が気になっていたから、反応を楽しむために罠を仕掛けていたんです。
……まぁ、はっきり言ってしまえば、因幡は□□の事が好きだったんです。
それに認めていませんでしたが、□□も因幡の事が好きだったみたいです」
××は驚いた。あの性悪妖怪が人間を好きになるとは思わなかったのだ。
しかし、その事がどうこの現状に繋がるのか全く理解出来ない。そんな疑問を他所に、○○は話を続けていた。
「ある日、我々は妖怪の山にピクニックに行く事になりました。
ですが、当日になり因幡は風邪を引いてしまいました。
我々としても因幡を置いていく訳にもいかないので、ピクニックは次回にしようという事になりました。
ですが、それを□□が遮りました。因幡は僕が診ていますから、皆さんはピクニックに行ってきてください、と。
少し迷いましたが、我々は□□の言葉に甘えて、ピクニックに行く事にしました。……それがいけなかった」
そこまで言って、○○の様子が変わった。声が少し震えている。
「我々がいない間に、永遠亭に妖怪が攻め込んできました。
力はそれ程強くはなかったとの事でしたが、不調の因幡とただの人間である□□では敵う相手ではありませんでした。
そんな時、□□は永遠亭を守るために妖怪を引き付け、以前因幡が仕掛けていた落とし穴に、妖怪諸共その身を……」
苦しい告白だった。誰にも言わないで欲しいというのはこういう事か。
だんだんと重くなっていく空気に××は耐えられなくなってきた。
「それからです。因幡がそこら中に罠を仕掛け始めたのは。
きっと、今度妖怪が攻めてきても、大丈夫なように……大切な人が死なないように仕掛けているのだと、私は思うのです」
気付くと、××の目から涙が溢れていた。まさか因幡にこのような悲哀があったとは。
すでに永遠亭の門が見える。××は慌てて涙を拭った。こんな顔を永遠亭のお歴々に見せる訳にはいかない。
「……という話だったら、中々感動的ではありませんか?」
「……えっ……?」
××は耳を疑った。
「先程の話はすべて私の作り話ですよ。因幡にそのような過去がある訳ないではないですか。
罠を作っているのも、単純に暇つぶしなだけです。騙されましたね」
「なんでそんな嘘を……」
「××がどういう反応をするのか興味があっただけです。意外と情熱家なのですね」
クククッ、と○○は笑った。カァっと頭に血が上った。
やはり、元人間といえど蓬莱人。普通の神経ではなかったのだ。
もう二度とこのような会話はするものか。そう誓った××は永遠亭の門を潜っていった。
「帰りには声を掛けてくださいね」
後ろから聞こえる○○の声は無視した。
「……まぁ、作り話という事が嘘なんですがね」
××がいなくなってから、○○は呟いた。
○○は因幡に何があったのかを詳しく知っている。
昔に永遠亭に□□という人間がおり、因幡とは口喧嘩をしながらも仲が良かったというのは本当である。
しかし、そこからが違っていた。
その日も因幡は落とし穴を掘り、□□が来るのを待っていた。
そして予定通り、□□は穴に落ちた。いつもならすぐに穴から□□が出てきて、因幡を追い掛ける、という展開だった。
しかし、それは起きなかった。
いつまで経っても□□が出てこないので穴を覗いてみると、□□は身動きせずに倒れていた。
「□□、どうしたんだよ」
穴に入った因幡は□□の肩に触れた。□□は返事をしない。
「分かった。死んだふりをしてるんでしょ。馬鹿だなぁ。私がそんな芝居に引っかかる訳ないじゃん」
そう言って、因幡は□□を抱き起した。□□の首はあり得ない方向に曲がっていた。
「えっ……、なに……これ……」
因幡は状況が理解出来ていないようだった。
我に返ると、永琳が□□の脈を採っていた。永琳は首を横に振った。□□は死んだのだ。
その瞬間、聞いたことのない絶叫を、因幡は放った。
その日の内に□□は棺に納められた。
永遠亭の面々が□□に別れを告げて部屋から出ていく中、因幡はいつまでも棺のそばを離れなかった。
「なんで……、そんなに深くは掘ってなかったのに、どうして死んじゃったの」
因幡はずっと同じ事を呟いていた。その瞳には生気はなく、まるで人形のようだった。
それからしばらくして、因幡は不意に立ち上がると、どこかに行ってしまった。
戻ってきた因幡の手には肉切り包丁が握られていた。
「□□……、私、死ぬから。死んでそっちに行くから。だから、待っててね」
そう言うなり、躊躇いもなく包丁を突き刺した。
しかし、不思議な事に、何度も包丁で突き刺しているというのに、因幡は一向に死ななかった。
人間というのは本能的に死を避ける生物であり、例え本気で自殺しようとしてもどこかで躊躇ってしまう。
それは妖怪も同じようで、本人は本気で死のうとしているが、本能がそれを拒否しているようだった。
妖怪のため、致命傷以外なら例え重傷であってもすぐに塞がってしまう。
いつまで経っても死ねない事に、因幡はさらに絶望した。
自分のせいで□□を殺し、さらにその責任を取ろうにも取れない。
そんな状況が因幡を追い詰め、ついに壊れてしまった。
因幡が毎日のように罠を仕掛けているのは、□□が罠に掛かり、自分を追い掛けて欲しいためである。
つまり、因幡は□□が死んだ事を忘れたのだ。
「□□ぅ……、早く出てきてよ。あんたが罠に掛からないと、暇すぎて死んじゃうよ」
以前聞いた、因幡の譫言である。
それを思い出し、○○はまたクククッと笑った。
一部始終を見ていた身として、これほど面白い事はない。因幡はこの後どこまで狂うのか。それを思うだけで心が躍る。
「こんな面白い事を、他の奴に告げるのは勿体ない」
○○は笑いを抑えた。もうじき××が戻ってくる。
今度は竹林の外まで案内しなければならないのだ。
「さぁて、もう一仕事。さっさと終わらせて、因幡の様子を見に行くとするか」
○○の表情はどこまでも朗らかだった。
感想
- 〇〇やべぇー -- 江尾譜羅威エビフライ (2025-07-14 21:56:54)
最終更新:2025年07月14日 21:56