さとり/24スレ/96-97




「あらあら、今日も無駄な一日でしたね。」
家への帰る途中の僕に、直ぐ後ろから彼女が話しかけてくる。いつものように誘惑するために。
「何をしても上手くはいかず、これといって良いことは無くて。上司に怒られ同僚には馬鹿にされ、
部下には舐められて、さぞ駄目な人間と周りに思われたでしょうに。」
ずけずけとした物言いにカッとするが、ここで言葉を返す訳にはいかない。
「このままダラダラと無駄な日々を送っていっては、その内に精神が腐ってしまうんじゃあないですか。」
彼女は構わずに言葉を続けるが、あくまでも僕は何もなかったかのように歩き続ける。
誰にも話しかけられなかった如く黙々と。
「ああ、そんなに前をろくに見ずに歩いては・・・。ほうら、躓いた。全く・・・周りの人に見られていますよ。」
「・・・うるさい。」
耐えきれずにポツリと漏らした言葉に、隣を歩いていた中年の女性がギョッとした表情を浮かべる。
それはそうだろう、何たって僕の隣にも、そして後ろにも誰も居ないのだから。
きっと彼女には僕が精神に異常をきたした人物かのように見えたことだろう。
「可愛そうな○○さん。私だけが貴方の相手をしてあげられるんですよ。」
そう、妖怪の彼女は他の人には見えない。僕にはハッキリと見える彼女だが、
意識を操る彼女によって他の人には知覚されず、まるで幽霊の様に他の人をすり抜けて僕の後ろについてくる。
どこまでも、いつまでも、どんな時でも。いい加減我慢が出来なくなった僕は、彼女を振り払うように手を払う。
他の人には奇異に思われるのだろうが、僕はもはや限界だった。

 僕が耐えきれなくなった頃を見計らい、お化けらしく消えていた彼女であったが、
僕が家に帰り部屋の電気を付けると、直ぐに部屋に現れた。
「ねえねえ○○さん。」
「何だよ。」
僕しか居ない場所で彼女に言葉を返す。
別に放っておくことも物理的には可能なのであろうが、そうすると後が非常に面倒な事になる。
「「僕がギリギリ耐えきれるように、変な気遣いをしやがって」ですか。うふふ、そうでしょう、私は○○さんには優しいですからね。」
「心が読めるんなら、別に返事をしなくって良いだろう。」
「いえいえ、駄目ですよ。○○さんは私の物なのですからね。」
答えになっていない言葉を返す彼女。
妖怪だから何かしら人間とは違うのではあろうが、それにしても彼女は特別に変わり種のような気がした。
他の妖怪に会ったことはないので、人外のスタンダードは知らないのであるが。
「それよりも考えてくれましたか?私の世界に来るってこと。」
「馬鹿馬鹿しい。異世界なんてそんなことがある訳無いだろう。」
「おや、私が居るのに存外に強気ですね。妖怪がいるのだから貴方の知識も当てにはなりませんよ。」
「いい加減にしろ。」
「「これ以上話していると引き込まれそうになるから」と。怖い、と貴方は一見心の表面ではそう思っているようですが、
それでも貴方の心は私に段々と近づいて来ていますよ。」
「そんなことは無い。」
「本当ですかぁ?」
わざとらしく笑みを浮かべ、彼女は僕の前で首を傾げる。答えが分かりきっているとでも言う様に。
「本当にお前なんか要らない。」
「もしも本当に私を拒絶しているのなら、貴方が望めば私は消える筈ですよ。ほうら目をつぶって十数えて見て下さいな。」
心の中で数を数える。十数えて目を開けると、そこに彼女は居なかった。


 心の中でホッとする感情と、どこか歯車が噛み合わないような感覚を感じる。
急に彼女が居なくなったので、調子が狂ったのだろうと考えて、今は久々な静かな環境を噛み締めるように、
椅子の背もたれに体重を掛けて後ろに伸びをする。
上から僕をのぞき込む満面の笑顔の彼女と目が合った。
「残念でした。残念でした。ざあ~んねんでしたぁあ!」
余程嬉しかったのか、彼女は僕の耳元でキスをする位に顔を近づけて話す。
「どうでしたか。私が居なくなって寂しくなったでしょう。貴方は上辺では気づいていないのでしょうが、
貴方の心は私を求めているんですからね。」
「そんなことは、ない・・・。」
「誰からも尊敬されず、愛されず、そんな貴方は私しか縋る人は居ないんです。
ああ、貴方の心の叫びはいつも聞こえていましたよ。
寂しい、苦しい、助けて欲しいっていう、声にも成らないその痛切な叫び声が!」
僕の前に回り込んだ彼女は、僕の胸に赤い管を差し込む。まるで血の色のような気がした。
「ほら、私が貴方の心を埋めますよ。どうですか、安心するでしょう。満たされるでしょう。」
理性が溶けていき、意識が薄れていった。全身が包まれるような温かい感覚が体を覆った。
そして彼女は十秒程の接触の後で、急に僕から体を外した。
妖怪に精神を汚染されて忌むべき筈なのに、僕の手は彼女を求めて空を切った。
「どうしようかしら。辞めちゃおうかしら。」
いたぶる様に僕を見る彼女。体が動かない僕は唯彼女を見ることしか出来ずに、ジリジリと焦燥感が募る。
そして僕が耐えきれなくなる時を見計らって、彼女は僕に抱きついた。
「ほうら、苦しかったでしょう。耐えれなかったでしょう。」
ドクドクと首から全身に何かが流れていく様な気がしたが、僕は彼女に身を任せていた。
「気持ちいいですよね。もう離れたくないですよね。」
「じゃあ、地霊殿へ行きましょうか。そこでゆっくりと溶かしてあげますね。」






感想

  • 普通に好き - 名無しさん 2017-12-05 17:59:09
  • 素晴らしい - 名無しさん 2017-12-07 00:21:10
  • 俺も溶かされたい… - 名無しさん 2017-12-07 02:47:42
  • 喜んでる感じが最高に可愛い - 名無しさん 2018-03-07 18:24:14
  • 最高 - 名無しさん (2019-10-27 00:23:41)
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最終更新:2019年01月23日 21:56