通い幽霊
いつも通りに看板を立て、村の大通りの道を人々を見ながら客を待つ。
占いと書かれた看板に興味を示すのは大抵が暇を持て余した物好きか、
それとも金銭や人間関係で色々と悩みを抱えている者かと相場は決まっているのだが、
この目の前にきた男は違う様である。
どこかせかせかと余裕が無さそうな雰囲気を漂わせる割には、服の汚れや乱れは無く小綺麗な身なりをしている。
長い間占いの一環として人間観察をやってきたこの目からすれば、こういう手合いには用心がいるものだ。
得てしてこのような人がとんでもないモノを持ってくるのだから。
「つまり、旦那は幽霊に毎晩会っていると。そういう訳ですか。」
目の前の客の分かりにくい話を要約する。
客は興奮しているせいか、どうも話しが飛んだり端折られたりしてわかりにくかったが、
結局のところ彼の話しはそれに集約された。
「ああ、そうだ。」
「ならば、ここに来るのはお門違いなんじゃないですか。」
「・・・・。」
「幽霊に付きまとわれて困っているなら、まずいの一番に考えるのは霊能力者か坊主連中、
それか脳味噌が可笑しくなったかと考えて医者に行くのが筋ってものでは?」
こちらの正当な質問に詰まる客。
暫く辺りに沈黙が漂い、唾を飲む音が響く。やがて踏ん切りが付いたのか、客は話し始めた。
「実は既に行ったんだ。」
客の口振りからすると恐らく両方に行ったのであろう。
一度堰が切れた堤防から水が押し出されるように、客は話しを続ける。。
「最初に目に付いた霊能力者に行った。」
「そいつは何だか胡散臭かったが、俺の家で祈祷をやったんだ。」
「その夜もやっぱり幽霊が来て、御丁寧にあの男はインチキだと教えてくれたもんだから、
文句を言いに次の朝にそいつの店に行ったんだ。」
「そしたら店の周りに人が集まっていて、前の日はそんなこと無かったのに、
野次馬が一杯で、周りの連中に話しを聞いたら、そいつが死んでいたって聞いて…」
「怖くなって、知り合いから紹介してもらった別の霊能力者の所に行けば、そいつからは一目で断られて。」
「別の奴もやっぱり嫌だと言い出して。見料の金すら要らないなんて言いやがって。」
「医者からも匙を投げられて、何もしていないのに竹林には出入り禁止なんだぜ。」
「だから兄さんの所に行ったんだ。どうしようもなくて…。」
ふと疑念が湧き上がり客に尋ねる。
確かにこの客からは何か嫌な予感がするが、然りとて一目で断る程の警告は「まだ、視えていない」。
霊能力者の勘が鋭いのは商売道具でもあるからだろうが、それだけでは説明が付かない。
何か、何かがまだ彼には隠されている。
「旦那、何か幽霊から貰いませんでしたか?それか何か食べたとか、したとか。」
客の目が一瞬細くなる。大当たりと彼の顔は言っていた。
「何をしたんですかい?」
「…彼女から色々貰って食べた。」
「色々とは、何度も?」
「ああ、そうだ。最初は羊羹、次に饅頭、そして葛餅。どれも甘かった。」
最悪である。黄泉戸喫(よもつへぐい)をした人間はもう元の世界には戻れない。
しかも味の濃い物から順に何度も食べさせるという念の入れようで
ある。絶対に逃がさずにあの世に引きずり込もうとする女の情念が、まざまざと透けて見える気がした。
「彼女から貰った甘味を食べてから、普段の食事の味がしなくなったんだ。」
然もありなん、一度死に浸かると日常の生活は最早色褪せる。それにあらがえるのは人外か聖人のみである。
「最近は彼女の口付けが甘くて、それ以外は現実感がしなくなって…」
ああ、もはや彼に助かる道は無い。
自分の命が零れていくその味が甘く、それ以外には世界に色が無いというのはなんたる皮肉か。
「なあ、俺は助かるのか?助かるんだよな?!」
ー助かる訳ないだろーと言いたいのを堪え、営業用の顔を自分に貼り付ける。
「ここに札を書いておきますので、家の玄関や神棚、枕元に貼っておいて下さい。」
「有り難い、一昨日の医者には持って数日と言われて、昨日の霊能力者にはもう目前と言われて、
今日が峠だったんだが、これで大丈夫だ。」
無邪気に喜んで帰っていく男。
さて、縁(えにし)を作らないように、この金を今すぐに博霊神社の賽銭箱に入れておかないといけないだろう。
きっと彼に明日は来ないのだから。
感想
最終更新:2017年12月11日 20:24