今日もあの人は狭い部屋の中、いや、布団の中から出られない
「なあ幽香」
作業の手を止めて、私は彼の声に応える。
「どうしたの」
「俺の病はいつになったら治るんだろうな」
何度も繰り返されてきた問いだ。私はおざなりに答える。
「私には分からないわ」
「まあ、そうだろうな」
彼のその声には諦念、達観といったものが見え隠れしていた。
「幽香、俺みたいな先の短い奴なんて見捨ててくれたって良いんだぞ?」
「嫌よ、私はあなたのことが好きなのだから」
「お前はそればっかりだな」
あの人は笑いをこぼす。その太陽のような笑顔が私は好きだった。
「病気に関すること以外ならなんでも言ってくれてかまわないから」
「それじゃあさ、あれ」
彼の指す方には植木鉢が置かれている。
布団から出られない彼が辟易しないように、と、私が持ってきたものだ。
日に日に数が増え、今では両手では収まらないほど。
「あの花、赤くて喇叭みたいな奴、元気がなさそうなんだ。見てると気が滅入る」
私はその植木鉢を手に取る。
「そうね。やっぱり、たまには陽に当てないとダメね。
これは一旦持って帰るわ」
「そうだな」
しきりに頷く彼を直視できずに、私は顔を伏せた。
帰る道すがら、抱えている植木鉢から意識を離すことができない。
これは私の罪の証だ。これは毒草。花粉を浴びた人間は体調を崩す。
彼を縛り付けているのは私だった。
私は家に着くと植木鉢を庭へ置き、別の毒草の品種改良に励む。
彼を飽きさせてはいけない、もっと鮮やかな色を、綺麗な姿を、と。
分かっているのだ。そんなことをしたって何の解決にもなりはしない。
私が彼のことを縛ることを止めればすべては簡単に解決する。
彼が外を自由に歩き、馴染みの店主に声をかけ、「今日もお天道様が眩しいな」と笑うーーそれが正しい姿なのだ。
彼を狭い部屋に閉じこめていてはいけない。植物達もこんなことに使われていることを喜んではいない。
私も気が狂いそうだ。誰も得しない。
それでも、町娘へも無邪気に声をかける彼の姿を想像すると、胸の痛みが私の良心を絞め殺してしまうのだった。
感想
最終更新:2017年12月26日 22:15