布団の下でモゾリと天子が動く。
こちらの寝起きの気怠い気分には関わらず、体を寄せてひっついてくる天子。
昨日の夜、言い争った時には見せなかったようなしおらしさをする彼女。
気まぐれな彼女の青い髪を梳くと、首筋に頬をすり寄せてきた。
昨晩あれだけ言ったのに今朝はこんなに寄ってくる彼女に、少し意地悪をしてやりたくなってしまう。
「嫌いじゃなかったの?」
「嫌い。」
昨日の嫌いとは違う、負けず嫌いのキライ。
何度かの衝突の末に、それが判る程度には彼女のことを知るようになった。
こちらの反応が薄かったためか、天子が少しむくれた気がした。
「あんたなんか、大っ嫌い。」
ふうん、と気のない返事を返す。幾ら嘘だと判っていても、ここで突っ込んではいけない。
精一杯の薄いプライドに包まれた彼女はそれ故に敏感で、無遠慮に触れてくる周りの人々を剃刀の如く鋭く切り裂く。
「信じてないでしょ。」
「うん。」
即答する-これは本心だから。そしてそれが気に入った彼女は、直ぐに機嫌が直る。
「あんたなんて、グズで、馬鹿で、鈍くさくて…。」
「だから、アンタは私が治してアゲルから。」
言葉とは裏腹に、一層こっちにしがみつく彼女を、心が壊れないように優しく抱きしめる。
「アンタは私が居ないと駄目なんだから…。」
ボソリと言い聞かせるように彼女は言った。

 綺麗なホテルの喫茶店で珈琲を注文する。
いつもは砂糖を入れた紅茶のような甘い方が好みだったが、目の前の美人な女性に対して
無意識に見栄を張ってしまったのかもしれないと、心中一人反省する。
目の前の女性が名刺を差し出した。
名刺なんぞ無い身分の自分にとっては、受け取るのみになってしまってやや不格好であった。
上等な白い厚手の紙に、シンプルに名前と連絡先のみが書かれている。
世間知らずの自分でさえ知っているよくCMで目にする大企業の、そのまた持株会社の名前が黒い文字で大きく書かれていた。
「初めまして、○○さん。永江衣玖と申します。」
「初めまして、永江さん。本日はどういったご用件で。」
これほどまでの凄い人から、どうして声が掛かったのかは不思議であった。
勿論美人から声が掛かるのは、昔ならばやぶさかではなかったのであるけれども、
天子と知り合ってからはそれは別問題となった。綺麗な薔薇には棘があるとは、よく言ったものである。
「実は天子さんのことでお話がありまして。」
名字の比那ではなく、天子ときた。彼女のことを良く知っており、しかもあれだけ人の好き嫌いが激しい、
大体九分は嫌うであろう彼女がそう呼ぶことを許しているのは、相当に天子と親しいと言外に伝えていた。
「比那さんのことですか。」
居住まいを正して答える。彼女の眉が少し不自然に動いた。
「ええ、そうなのですが…。少し失礼ですが、いつも比那と呼んでいらっしゃるのですか?」
「いえ、普段は天子と呼んでいますが、比那が名字だと聞いていたので、それが…。うん、まさか…。」
第六感がザワザワと騒ぎ、心臓が鼓動を大きく打つ。
そういえば、彼女の免許やパスポート、果ては保健証すら見たことが無い。
全ての郵便は自分の気付宛てで送ってきていたので、彼女の名前を疑問に思うこともなかった。
「いえ、それはありません。総領娘様は、そのような誤魔化しをする方ではありませんので。」
こちらの疑念を読んだかのように打ち消す彼女。
顎に手を当てて考えていた彼女は、言葉を続ける。
「そもそも、総領娘様の名前は比那ではなく、比那名居天子とおっしゃります。」
「偽名?」
「いえ、むしろ護身のためです。今は家から離れておりますが、それでもご実家はとても大きな会社ですので。」
「天子の一族に創業者が居られるとか?」
スーツを着た彼女の目を覗きこみ、苦し紛れのように質問をする。
彼女の目は笑っていなかった。
「もう、お気づきでしょう。」
ああ、やはり、
「総領娘様は現代表のお子様で、しかも一人娘です。断じて「妾の子供だから家から疎まれたのよ。」なんてことはありません。」
彼女のその性格と心は、
「どうでもいい子供に、天の子供なんてつける訳ありませんからね。」
硝子の様に脆く壊れやすく、鋭い。
「それで、いかがされますか。」
機を制して彼女が問いかけてくる。聞いてしまった以上、最早元には戻れない。伸るか反るか、賽は投げられた。


「衣玖、何やってんの。」
鋭い声が後ろから飛んでくる。いつの間にか後ろにいる彼女が、どんな顔をしているか容易に想像がついた。
「総領娘様の今後について○○さんとご相談を。」
椅子に乱暴に座った天子が噛みつく。
「私がいない所で何勝手にやってんの。」
これは凄まじく機嫌が悪い気がした。今までの彼女との喧嘩が、たわいもない戯れ言の様に思える程に。
「総領様も娘様のお帰りをお待ちです。そろそろお戻りになられては?」
永江さんは天子に臆さずに話す。飄々と刃を躱す姿が見えた。
「絶対に嫌。」
即断、即決。この性格で、家を出ることも決めたのであろう。
「しかし、このままお遊びをされるお積もりですか。」
敢えて空気を読まずに突っ込んでくる永江さんだが、それは彼女の地雷に触れた。
「こいつは私のモノ、絶対に渡さない。別れる位なら死んでやる。」
予想外に強い力で天子の方に引き寄せられる。
ここまで執着されているとは、正直意外であった。大地が震える如く、彼女は全てを巻き込む。
そして全てを犠牲にして、雷の様に真っ直ぐに目的に向かって彼女は進んでいく。
「いやはや、中々に総領娘様には驚かれますね。そこまで思い詰めていらっしゃるなら、少し時間を置きましょう。」
天子の決意を悟った永江さんが伝票を取る。立ち上がろうとする彼女に天子が声を掛けた。
「私、コイツとの子供がいるの。」
二度目の雷に打たれて、伝票がハラリとテーブルに落ちた。






感想

  • 好き -- 名無しさん (2018-02-09 07:59:20)
  • 新喜劇だと、乗り込んできた天子の両親とひと揉めしてから強盗かやくざに捕まった天子を助けて結婚を認めてもらう流れ -- 名無しさん (2018-06-05 14:54:58)
  • 此処の天子ちゃんは可愛いですね。 -- タタリさん (2020-05-31 15:34:50)
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最終更新:2020年05月31日 15:34