空を見上げれば雲が見える。
例えその時に見えなくとも、時間が立てば雲は出てくる。
春も、夏も、秋も、冬も、決してかわらずに。
そして人もまた然り。
心の中には多かれ少なかれ"雲"が存在する。
そしてその雲は他者との関わりによって形を変え、増えたり減ったりするのだ。
本来のソレは自力では儘ならないものだし、ましてや他人のものならばなおのこと。
では目も耳も優秀なこの私ならどうだろうか。
「ごめんくださぁい。薬売りですけれども、何か足りないお薬はございませんかぁ」
里のある家の前。中に居るであろう者へと向けて、わざと間延びした声で呼び掛ける。
中からは住人の声が聞こえ、私を出迎える。
私は薬売りの立場を利用してカウンセリングの真似事を行っている。
表向きは社会貢献というという触れ込みではあるが、あくまでも建前だ。
真の目的は至ってシンプル。○○さんに新しい認識を抱いてもらうことである。
「件のお悩みのお話ですけれど、どうなりました?」
「ええ、順調ですよ。こうしてお話を聞いてもらえるだけでも楽になりますから」
「そうですか、ふふ。そう言っていただけると治療のしがいがありますよ」
治療ーーすなわち催眠を用いた認識の誘導がここのところのお仕事。
○○さん相手では少々"別の目的"も含まれているが、
まあ本人の精神が健全な方向へ向かっていることは事実なので特に問題はないだろう。
催眠というと、相手がこちらの意のままに従順になるというようなステレオタイプな認識をもっている患者もいた。
実のところ、これは正しくない。催眠暗示は"本人の強い意思"には逆らえないのだ。
活力溢れる者に"常に憂鬱になる"などと突飛な暗示をかけようとしても、心の壁によって容易くブロックされてしまうだろう。
心強きもの、つまり人間に対しては尚更だ。
結局のところ催眠は洗脳ではなく、ただそっとその背中を押すことだけしかできない。
そう。背中を押すことだけ。迷いを抱える本人の一歩を後押ししてあげるのが催眠暗示の力だ。
そして催眠にかかる深さは術者への信頼の度合いに依存する。
つまり○○さんが私を信頼して、暗示に身を委ねてくれさえすれば、私は○○さんに幸せなな一時を与えてあげられる。
「さあ、治療を行います。横になってください」
少しずつ押して、押して、押して。
そうしてあなたは私に向かって"自ら"歩み寄ってくれるはず。
洗脳して服従させるだけなら機械へのプログラミングとかわらない。そんなものを愛と呼ぶのは月の連中くらいだろう。
大切なのは相手が本気で私を愛してくれること。相思相愛にこそ意味があるのだ。
だから私は、○○さんが私に対して安心感を抱くように言葉をかける。
そうして背中を押された○○さんはさらに私を信頼し、さらに私の言葉を受け入れる。
もしかすると心の治療が終わる頃にはプロポーズされるかもしれない。
「どうしよう、最終回はちょっとお洒落して行った方がいいかな…でもだめか、まわりに正体がーー」
「……あの?"イナバ先生"?」
「ひゃいっ?!なっ、なんでしょう!」
「あ、いえ。今なにか仰っていたように聞こえたので」
「あはは…独り言ですよ。最近多くて…」
「先生もお疲れなのですね。無理はなさらないでください」
「恐縮です……」
そう、これも計算のうちなのだ。茶目っ気とかそういうのが大事だって言うじゃない。
だからこれは思ったことが口から勝手に出てたとかそういうアレではない。決して。
ともかく、こうしてゆっくりと○○さんに"歩み寄ってもらう"ために色々な暗示を与えてきた。
それらは私が○○さんの波長をちょいちょいっと弄ってあげれば
それに呼応して幸福感やら不安感やらを沸き上がらせる"起爆装置"として機能する。
だからもしこの治療が終わったときに私恋愛感情とか抱いてくれていれば、
仕込んだ"起爆装置"をさっぱりと消し去っておしまい。
あとに残るのは相思相愛の恋人たちだけ。
逆に結果が芳しくなければ、適当なタイミングて"再発"させて、はじめからやり直すこともできる。
だがあまりやり過ぎると○○さんの精神がダメになるので多用は禁物だ。
「さて、気を取り直してもう一度深いところへ行きましょうね……」
「……頬に耳当たってます。くすぐったいです」
「……それはきっとお布団の当たる感覚ですよ」
「……これやっぱり先生の耳ですね」
「……はい、耳です。すみません。……それじゃあその耳が頬を撫でる感覚に意識を集中してくださいーー」
…と、毎回こんな感じで治療は進んでゆく。○○さんの波長を見る限り、あと数回で心の病は消え去るだろう。
私への感情もよい方向に進んでいると見てとれる。
さて、結果はどちらに転ぶのだろうか。 楽しみだ。
感想
最終更新:2018年03月12日 23:53