普段と変わらない部屋で、いつもの時間に起きる。
月の兵士として長年勤めているせいか、休日にも普段と変わらない時間に目が覚めた。
いつも通りに朝食の準備をしようとして、ニュース番組をつけようとすると、違和感に気がついた。
音量を上げようとしてリモコンのスイッチを押す。
みるまに目盛りは盛り上がっていくが音は一向に聞こえない。
さてはモニターが故障したかと思い、電源を落としリモコンをベットめがけて放り投げる。
束の間の空中飛行をしたリモコンは、鈍い音を立ててクッションの上に着地した。
 なんだかだるい気分を抱えながら、ゴロゴロとベットの上で寝転がり
自堕落に過ごしているといつのまにか時間が過ぎていた。
ちょうどこれ幸いと営舎内の売店に行き、適当に昼食になりそうなパンを選ぶ。
休日の昼過ぎという人がいない時間帯のせいか、誰一人話し声が聞こえない静かな店内であった。
無人のレジに商品を通し、数千年前に絶滅した貨幣替わりにIDカードを機械に読み込ませる。
すると、いきなり後ろから肩を叩かれた。
「----。」
同期で仲の良い奴が、声をかけてくるがよく聞こえない。
とりあえず挨拶だろうと思い適当に手を上げて声をかけるが、
向こうも訝しげな顔で更に何かを話してくる。
「----!」
おそらくは耳が聞こえないのかと言っているのかもしれないが、生憎それすら聞こえない。
仕方がないので携帯端末に文字を入力して相手に
見せておく。それを見た相手も端末に文字を入れて返してきた。
『何を言っているか聞こえない』
『俺の声が聞こえないか?』
『全然』
こちらの肩を叩いて、向こうの方向を指差した同僚が何を言おうとしたのかは、端末を見ないでも想像することができた。

「-----。」
「------。」
無機質な医療室で同僚と医者が話をする。
ここまで来る途中で気付いたのだが、どうやら自分の耳は単なる音は拾うことができるのだが、
なぜか他人との会話だけを聞き分けることができない。
単なる耳鳴りとして自分の耳の中を通り過ぎていく。
一見(あるいは一聞か)、物音ならば聞こえるのであるか、それが誰かの口から発せられたもの、
つまりは言の葉ならばそれを脳が拒否しているような感覚すらある。
そうであるが故に、ここまで発見が遅れてしまったのであろうで中々に厄介だと言えた。
普通の病気ならば全ての音が聞こえにくくなるのであろうから、どうにも原因に思いが至らない。
こちらを診察している医者の方も同じ思いだとみえ、ストレスは無いか等と質問をしてくるところをみると、
おそらく精神的な病名がつくのであろう。さてこれからどうするかと、とりとめもなく考えていると診療室の電話が鳴った。
「---。」
「--。」
「----!」
前近代的な設備でありながら、頑丈さゆえに有事の時には役に立つということで残されていた電話であるが、
受話器を取っていた医者の背筋が見る間に伸びていく。最後は見えない相手にお辞儀をしていたのだから、
正直誰と話しているのかも見当がつかなかった。おそらくお偉いさんが診察にでも来るのかと思い、
ならば早急に退室させられるのだろうかと考えていると、受話器を置いた医者がそのまま同僚を退出させた。
なぜそうなったのかが分からず訝しげに思う自分の目の前で、机の上のメモ用紙にペンを走らせた。

『面倒なことになった。』
「どういうことですか?」
『君が呼び出しを受けている。』
「どなたにですか?」
『機密だと命令を受けた。』
「命令される相手すら機密ということは、一体どういうことですか?」
訳がわからず思わず尋ね返してしまう。医者の方もメモ用紙をシュレッダーに突っ込みながら、新しい紙にペンを走らせる。
『かなりの上位者からの命令だ。とても面倒な話だ。身に覚えはないか?』
「いや…そんなことありません。」
いくら思い返したとしても、全く身に覚えはなく正直に返事をしたのだが、医者の方は苦い顔している。
『五分後に君を迎えに相手の者が来る。』
必死になって頭を捻るが、どうしてそのような呼び出しを受けたのか全く分からない。
あれやこれやと想像を立てているうちに、いつのまにか時間が過ぎてしまったようで、ドアがノックされた。

机の上に積まれた色々な書類を机の引き出しにに押し込んだり、シュレッターに流し込んでいた医者が、
弾かれたように立ち上がりドアを開ける。
扉を開くと白色の見慣れない制服をを着た二名が、部屋に入ってきた。
「----」
医者は彼らに対して何かを話すと、そのうちの一人が医者に対して胸につけた金色のバッチを見せた。
そしてそのまま彼らは無言で僕を車まで
連れて行き、特別製の防弾車のドアを開けた。

時間にすれば恐らく十分程なのだろうが、車がひとしきり走った後である施設の前で止まった。
車から降り立った自分の目の前には、教育実習の時に見学で外側を訪れて以来、
ついぞ見ることのなかった重厚な扉が立ち塞がっていた。
最高レベルの警備が敷かれている総司令部の更に奥、特別区と一般には言われているその場所に僕は立っていた。
立哨をしている歩兵とは顔見知りなのであろう。自分を連れてきた二人はそのまま何のチェックも受けることもなく、
ズンズンと奥の方に入っていく。
扉から更に二つのチェックポイントを取り抜けた後で(さすがに最後のポイントでは、自分は身体検査を受けた。
そこでは私物をペンに至るまで全て取り上げられてしまった)、最奥の部屋に入った。
部屋にいたのは一人の女性。白い服を着ており、口に手を当てずっと黙したまま何も語らない。
その女性の部下二人は、一言二言報告を述べただけで部屋を出て扉を閉める。
自分と女性二人だけになったところで、ようやくその女性が口を開いた。
「やっと手に入れた。」
僕の耳に、今日初めて声が聞こえた。






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最終更新:2018年04月18日 04:30