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さとりがその外来人と初めて出会ったのは雨の中だった。男は傘をさしていて、さとりも傘をさしていた。これは妹の
こいしがどこからか拾ってきて彼女へとプレゼントした代物である。
さとりはこのコウモリ傘がなんとなく気に入っていて、雨の日は必ずこれをさして外出した。
それじゃあ、よろしくおねがいしますわ。
そう言って外来人のそばにいた八雲紫が、不敵な笑みを浮かべて境界の中へと消えていった。いつ見ても胡散臭い人だわ、さとりはそう思った。
(これがこの
地霊殿の主か)(本当にそうなんだろうか?)
(ふつうの女の子みたいな外見だ)(うまくやっていけるだろうか)
(不安だな)
(おれはあんまり人とうまくやれるタイプじゃない)(とにかく今は明日のことだけ考えて……)
「不安ですか?」
さとりがどこか蔑むような、哀れむような、そんなふうな複雑な表情で言った。
「人とうまくやっていけないのは、私もですよ」
外来人が目を丸くして、さとりを見る。
ひょっとして……男が思考する……他人の心が読めるのか?
さとりは男を見ず小さくうなずいた。コウモリ傘に雨がパラパラとあたる。
このごろ幻想郷では、幻想入りする外来人の多さが小さな問題になっている。
元々そういった人々を守るのは博麗の仕事だが、あまりに多さに手を焼いているのだそうだ。
そこで賢者の八雲紫によって考案されたのが、この幻想郷のパワーポイントとなっている複数の強力で影響力を持った機関や組織、または個人にそういった外来人を分配すること。
無論これは彼らにとっては危険極まりない話だが、農村で暮らすには外来人は脆弱すぎたし、農村側も使えもしない人手はもうこれ以上必要ないという話だ。
というわけで、有力者の会合によって正式な措置が決まるまで、その代替案として一時紫のこの案が採用される形になったのだった。
そして外来人の引き取り手にはここ、地霊殿も含まれていた。
「……お名前は○○さん、ですか?では、そろそろ行きましょう。雨の中で突っ立っていても仕方がないですしね」
さとりは後ろを向いて、すたすた地底の入り口へ歩いていった。
彼女の後方では、外来人がさまざまな思いをめぐらせている。その思考はどうもネガティブで、途方に暮れているものだった。
まぁ、変に明るすぎる人間じゃなくて良かったわ。さとりはそう自己完結して、この男の思考はできる限り範疇に入れないようにしよう、と考えた。
人間の思考なんて、だいたいどれも似たようなものだわ。
さとりはそう思っていた、この日までは。
彼女がこの考えを改めるのは、そう遅くもない後日のことである。
※執筆中
感想
最終更新:2023年07月25日 23:24