『因縁と因業』

 それは、生贄という習慣がまだ存在し、これによって神様が確かに存在出来た時代の事であった。

 ある所に、一人の少年が居た。どこにでも居る、何の変哲もない男子であった。
名は○○。とかく自由奔放で、他の子と遊ぶことはあるものの、決まった遊び相手もおらず、
一人で遊ぶことさえある、猫のように気ままな子供であった。

 ある日○○は、二人の少女に出くわした。
名前は舞と里乃と言って、一緒に遊んだことは無いが、顔と名前と、
あと、不思議な娘たちであることくらいは知っていた。

 彼女らは何やら妙な恰好をして、妙な踊りの練習をしていた。

 「何をやってるの」

 そう訊くと、

 「今度のお祭りのための踊りの練習をしてるんだ」

 舞がそう答えた。

 「君たちが?」

 ○○の住んでいる村では、数年に一度、祭りが開かれる。
その祭りでは、神へ踊りを捧げる巫女役として、二人の女子が踊るのである。

 「えへへ、すごいでしょ」

 里乃は照れを含ませながら得意げに言った。

 「これで儀式が成功すれば、君らんちもアンタイってやつだね。
ま、失敗したら、怒った神さんに食べられちゃうんだろうけど」

 からかうように○○が笑ってみせると、二人とも一様にムッと頬を膨らませて、

 「失敗なんかしないよ! だって今までだって失敗しとことなんかないって、
ジサマも言ってたもん! ……ね、里乃?」

 と、いささか不安が入り混じった膨れっ面で反論したのは舞のほう。言葉尻が頼りない。

 「え、うーん……、そうだよね?……」

 ところが、同意を求められた当の里乃のほうも、気の無い返事をして、心許ない様子であった。
そんな二人の様子を見て、○○はニヤニヤと顔に笑みをにじませた。
今すぐにでも腹を抱えて笑いだしたいという気が満ち満ちているのが外からでも分かる。

 「どうだかねー。ジサマでさえ分からないくらい昔だったら、
ひょっとするとそういうのもあったかもしれないし」

 と、自分の知ったこっちゃないという塩梅に、○○は顔を逸らしておもむろに語った。
そうして少し間を置いて、ちらと二人を見やった。
最初は強気だった彼女らも、今では不安げな様子を隠し立てすることもなく俯いている。
よく見れば涙目であった。そんな二人を見て○○はニヤニヤと笑っていた。
だがその視線に二人が気付くことはなかった。

 「ふふふ、ちょっとからかっただけだよ。ダイジョブでしょ。だって陣屋の人たちが話してるのを
聞いたけど、あの人たちが知ってるだけだと、儀式が失敗したことはないんだってさ。
だからさ、ダイジョブでしょ」

 そう和やかな調子で告げると、二人はポカンと拍子抜けしたような顔を見せ、
その後二人してしかめっ面をして、

 「もうっ、なにさ、なにさ! 僕たちにいじわるなんかして!」

 と、まず舞のほうがプリプリと○○に詰め寄った。
彼女は突き飛ばすように○○の襟を掴むと、そのまま前後に大きくゆすった。
それに続いて里乃のほうも、横から○○に突撃し、彼の肩を両手で掴んで、
グングンと押したりするのだった。

 ○○は悪戯成功だとばかりにゲラゲラと笑った。
これを見て二人はまた更に顔を赤くしてますます怒り出すのだった。

 そうして揉み合っていたら、○○が足を滑らせてしまい、
それによって二人も、巻き込まれて地面に倒れ込んだのであった。

 構わず二人は、仰向けに倒れた○○に圧し掛かってその上でバタバタと暴れだした。
今度は○○が堪らなかった。上に乗っかっている二人の娘で起き上がれず、
加えて暴れられるものだから息苦しいことこの上なかった。

 舞と里乃の顔からは、○○の上で暴れ出した時から、とっくに怒りの表情は失せていた。
その今では、自分たちが下敷きにしている少年を困らせることを楽しんでいた。

 「ちょ、ちょっと! どいて、どいてよ!」

 と懇願するも、

 「へへへ! やーだよ! 僕たちをおどかしたバツだー!」

 「そう、そう。バツよ、バツ!」

 二人は耳も貸さず、それどころかもっと激しく暴れ出すのだ。

 さすがに○○もそろそろ根を上げ始め、

 「わ、分かった、分かったよ、参った! 参ったから、もうカンニンして!」

 手を頭上に伸ばして降参の意思表示をした。
これに満足して、二人は勝ち誇ったように笑いながら○○の上からどいたのであった。


 「まったくひどい奴らだ……。何もそんなに怒ることはないだろうに……」

 「ふふん、からかうほうが悪いのよ!」

 「そうだ、そうだ!」

 明らかな劣勢に、○○もこれ以上反駁するのは止しておき、ただチェッと小さく舌打ちだけをした。

 「で、○○はここで何してたのよ」

 「そこら中をぶらぶらして気ままに遊んでただけだよ、今日は一人で遊びたい気分だったから」

 「ふうん、一人だったんだ。じゃあ、せっかくだし、いっしょに遊ぼうよ。
○○、色んな子と遊んでるけど、私たちとはまだ遊んだことないでしょ」

 地面に腰を下ろしたままの○○に、舞が食い気味に顔を寄せて提案してきた。

 「僕はいいけど、舞たちは? 踊りの練習だったんでしょ」

 「ダイジョブ、ダイジョブ。今はちょっとお休み。ちょっとくらいヘーキだって」

 と、里乃は○○の腕を取って引き起こした。

 「そう言うなら、僕もかまわなけど。で、何して遊ぶの」

 「んーとね、ドロボウごっこ!」

 舞が指をピンと立ながら腕を真上に上げて言った。

 「私たちがオヤクニンさんで、○○がドロボウさんね」

 「えっ、僕が?」

 「いいから、いいから。はい! じゃあ始め! ――やい盗っ人、隠したモンはどこにやった!」

 と、舞は有無を言わさず遊びを開始して、役人みたいに居丈高な口調で
彼を問い詰める台詞を放ったのであった。

 「ダンナ、こいつ吐きませんぜ。痛めつけてやりやしょうよ」

 と、手をすり合わせて言う里乃の眼は妖しく光ってい、口角が目に見えてつり上がっていた。
それは演技と言うより、これからしようとすることを楽しもうとしているようだと、○○には見受けられた。

 「そうだな、このゴウジョウな奴には立場ってモンを分からせてやらなきゃあな」

 と舞が言うと、二人は一際ニヤつきを深め、手をワキワキさせて○○に迫ったのであった。
舞は、未だに腰を下ろしたままだった○○の背後に回ると、自らの脚で彼の胴を挟み、
万歳させるように羽交い絞めにした。

 あとは言うまでもない。猛烈にくすぐられたのだ。それそこ息が出来なくなるくらい。
汗も沢山かいた。当然、舞と里乃の二人もである。
日がカンカンと照っていた中で、溌剌な子供三人がくんずほぐれつしていればそうなる。
で、すっかり遊び疲れた三人は、その体勢で重なり合ったままぐったりと寝っ転がっていたのであった。
しかし、日の下でずっと寝ているのは暑いため、日陰に移動し、三人並んで木に背を預けて涼むことにした。

 「ねえ」

 と声を掛けたのは舞で、おもむろに○○に視線を寄越した。○○は黙って視線を返した。

 「もしよければだけど、また一緒に遊ばない? 流石に、教えてもらってる時はムリだけど、
自主練習の時だったら、誰にも文句は言われないし」

 「それ以外の時に遊ぶってことはしないの?」

 ○○がそう訊くと、二人はくすくすと悪戯っぽく笑い、

 「だって、そのほうがヒミツのアソビって感じがして、良いじゃない」

 反対側から里乃が囁いた。

 それを聞いて○○は、ふむ、と唸って虚空を見上げた。
ヒミツのアソビと聞き、いくらか惹かれるモノを感じたらしい。

 「じゃあ、またここで遊ぼっか」

 迷うことはなかった。その話から、彼自身が損する要素が見当たらなかったからだろう。
縦しんば、損することがあったのだとしても、それについて考え及ぶことはないだろう。
謀というものを知らない子供であれば尚更。

 それから○○は、舞と里乃と最初にあった場所にて、三人でたびたび遊んだ。

 その遊び方というものがまた風変わりなもので、まず三人が離れることはなく、
常に接触しているものだった。
最初会った時にやったくすぐり拷問ごっこなんかはまだ可愛いもので、きわどいものだと、
はたから見れば二人の女郎と一人の客がまぐわっている図にしか見えないというものであった。
○○はそれに対して、まだそういった知識に疎くよく理解していなかったが、
名状し難い興奮を本能的に覚えていた。
他方の舞と里乃は、○○より幾分ませていたため、その昂揚の正体を承知した上で
彼との遊びに興じていたのであった。


 斯様な日々を送りつつ、例の祭りの日が訪れた。

 祭りは問題なく進行した。村人らは祭りの熱に浮かされ、普段であれば不快な騒々しさに
身を任せ、自らもその騒音の炎の中に声をくべた。
気難し屋のジジイも、陰気なあの青年も、女たちによって杯に注がれる酒を意気揚々と呷っていた。

 「ちぇっ」

 と○○は、つまらなそうに彼らを見た。

 「どしたの」

 と舞が訊いた。

 「父ちゃんたちは僕にあのお酒飲ましてくれないんだ、まだワッパだって言ってさ。
僕だって飲んでみたいもんだ」

 「へー、そうなんだー」

 「ふーん」

 やけに二人が意味ありげな調子だった。

 「な、何だよ」

 ○○もこの二人にさんざん引っ張り回されたものだから、二人が見せる妖しげな態度を訝んだ。

 「んっふふー」

 「ふふーん」

 ○○のその反応を面白がって二人は口々に笑みを漏らした。
そうして彼女らは、手に持っていた杯を、顔の横まで持ち上げて、可愛らしく首をかしげて見せたのであった。

 あっと○○が声を上げそうになると、舞が杯を持っていない手で彼の口を覆った。
彼女は無邪気に歯を見せて、しーっと言った。
その後ろで、里乃は過剰なまでに自信たっぷりなしたり顔で笑っていた。

 「ほら、こっちに来て」

 との言葉でその辺の物陰へと引っ張られた。
もしかしたらお酒が飲めるかもという期待から、○○は手を引かれるままついて行った。
そこは祭りの喧騒から少し離れて、ちょっとだけ静かな所だった。
向こうのほうでは皆騒ぐことに夢中になって、○○らの行動を不審に思う者は居なかった。

 「さて、○○」

 声を掛けられて○○は二人の方を振り向くと、酒の入った杯と一緒に
いきなり顔を寄せてきた舞に驚き、思わず仰け反った。

 「このお酒、飲みたい?」

 「うん飲みたい!」

 逸った様子を隠すこともせず、目を大きく開いて、ほのかに嬉しそうな面持ちで○○は即答した。

 「うふふ、ふふ……、そうなんだ……」

 舞は、そんな様子の○○を見て、如何にも男を弄んで楽しむ女に通ずる愉悦の情を浮かべ、
里乃と顔を合わせ、微笑み合ったのである。
そして手に盛った杯を、○○の文字通り目前で呷ったのであった。
それを見せつけられた○○の顔は見る見る落胆の色に染まっていった。

 そうしていじけようとした○○の口に、唐突に舞の口が被さった。
開いた口から挿し入れられた舞の舌を伝って、彼女の口に含まれていた酒が口の中に少しずつ流れ込んだ。
○○は口を上に向かせられて、それを吐き出すことが出来ず飲み下すしかなかった。
時間を掛けて、口内の酒を全て流し込まれたところで、舞は口を離した。

 「うえー……」

 ○○は気分悪そうに呻いた。まだ幼い彼は口付けの甘美さというものが解らない。
そんな彼からすれば、自身の口に流し込まれた酒は気色の悪いものでしかない。
他人の口の中で生暖かくなり、唾液で味が薄まった分、唾液の味というものを意識させるのである。

 その態度に舞はムッと口を引き結んで怒った様子。
そんな彼女を見て里乃は可笑しそうに笑った。
里乃の嘲笑でひとしお不愉快になった舞は、その仏頂面のまま顎をしゃくって、
今度は里乃がやるよう促した。

 里乃は逡巡してから、舞と同じように口に酒を含んで○○に近づいた。
が、彼のほうは、もう一度やられたくはないと、里乃の肩を押して抵抗した。
それを里乃は門前払いされたとでも思ったのか、
意地になって、なおも○○に自分の顔を肉薄させようとしたのであった。
○○も負けじと押し返すのだが、やはりそれにも限界はあり、じわじわと彼女の口が迫ってきて、
ついには接触し、押し付けられた。
里乃はそこから○○の口に酒を流し込もうとしたのだが、今度は彼も拒んだため、
酒は口の間から溢れ両者の首を伝って胸にこぼれただけだった。
そんな二人の押し合いに、舞はひたすら腹を抱えて笑うばかりだった。


 さて、

 「そろそろ君らの出番だし、早く行ったほうがいいと思うよ」

 ○○は手拭いで口や頸、胸元に付いた酒を拭いながら調子悪そうに言った。酒のせいか顔が赤い。
一方の二人は、酒は舐める程度にしか摂取していなかったからか、調子を崩した様子は無かった。
○○は、自分だけ酔っ払う羽目になりながら、向こうは何ともないことへの不満を見せていた。

 さりとて、気分が優れない時に食って掛かる気にはならないし、
二人にはこれから神へ踊りを捧げるという大事な役目があることを慮れば、
これ以上引き止めるわけにもいかなかった。
そのため、彼は悪戯っぽく笑いながら手を振る彼女らを、黙って見送るだけだった。

 群衆の中に紛れ○○は儀式を眺めることにした。
最前列に居る大人の体の隙間から覗く形である。

 儀式は恙なく進行しているらしいということが、○○には分かった。

 この祭りは数年に一度執り行われるものであり、前回執り行われた時には
○○はまだ物事を明瞭に理解出来る年頃ではなかったので、彼は祭りをよく知らないのだが、
周りの大人たちに不穏な様子が無いことから、今のところ問題は無いものだと思ったのだ。
だがそれは、例の二人――舞と里乃の踊りの披露までのことであった。

 そして二人の踊りが始まった。

 「ヘンな踊り」

 であった。

 以前一度――小さな頃に見た時には何とも思わなかった○○であったが、
こうして意識して観ると、その奇抜さをしみじみ感じた。

 奏者各々が好き勝手に音を撒き散らしているんじゃないかというくらい滅茶苦茶な曲の中、
踊り手である舞と里乃らは、下手くそな笛の音みたいな拍子を口ずさみつつ踊っていた。
何かの植物を手にドタドタと足踏みをして、後ろの楽器の音とはちぐはぐな動きであった。
騒がしく、荒々しく、如何にも不吉なモノを威嚇して追い払おうという気を振り撒いていた。

 その熱気に観客たちも中てられてか、ある者は立ち上がって飛び跳ねたり、
ある者は近くの者に絡んだりして、それまでに輪を掛けた異様な盛り上がりとなっていった。
客観的に見れば、それは歓楽とも、暴動とも、或いは乱交とも言えるだろう。
が、その時その場には、そんな野暮な指摘をする者は居なかった。

 ただひたすら彼らは流されていったのみ。
怪しげな術にでも掛けられたとしか思えないほど面妖な光景。

 ところが、その場に掛けられた術は、祭りの終わりを待つことなく解けることとなった。

 儀式が終わる間際、不吉な事が起こったのだ。

 かつて前例の無い事であった。それにより俄かに場がどよめいた。
若い者らは怪訝という程度であったが、大人たちはどこか浮足立っていて、
歳を取った者ほどこれが顕著になっていた。
殊に、長老をはじめとした村の年長者らは、まるで三千世界の終わりを目の当たりにでもしたかのように、
いつもは力なく垂れていた目をカッと見開き、口を半開きにしてをガクガクとわななかせていた。

 「災いじゃ……、近く災いが訪れる!……」

 長老はこのように呻いた。
次には、生贄を捧げねばならないという意味のことを、興奮でどもりながら滔々と語り、
そしてその生贄というのが、舞と里乃たちのことであるのだと、皆にはっきり聞こえるよう結んだ。

 この祭りは本来、村の安泰を、二人の踊り手の少女を通して祈願するもの。
儀式を終えて何事も無ければ成功とし、踊り手を担った少女の家には祝いの品が置かれる。
だがもし失敗した折には、村の安泰はおろか、祈願する相手である荒神により災いがもたらされるのである。
そこで、その荒ぶる神を鎮めるために、二人の踊り手が生贄として捧げられるという風習が存在していた。

 俄かに村人らは慄いた。まだ神が信じられていた時代なら尚更そうである。
皆ひそひそとざわついていた。時折口々に、あの二人だとか、生贄だとか物騒なことを呟いていた。


 彼らの中で誰よりも動揺していたのは他でもない○○であった。
舞と里乃と、背徳的な秘密の遊びをしていたというそれが心当たりだった。
確証があったわけではない。が、何かが失敗した時、その原因が自分にあると考えるのは自然なことである。
心当たりがある時は特に。

 ○○は二人に目を向けた。彼女らは怯えと絶望の情をその顔に瀰漫させていた。
そして自らを取り巻く苦境の中で一縷の希を求めるかのように、○○へ縋る視線を寄こした。
これを彼は、見て見ぬ振りをし、目を背けた。
自分に原因があると考えてはいても、その責任を負う度量は無かった。
たとえ、その二人がどんなに悲痛な眼で見てきたとしても、○○はちらちらとそれを見るばかりで、
やはり助けることは出来なかった。

 このような態度を取られて舞と里乃は、今にも打ち首に処させれようとする罪人よろしく、
目の前が絶望で暗転した。そして失望し、幻滅し、これらを経て、ついに怒りとして煮えていった。

 彼女らにとって○○は、憎からず思っている相手であった。
ついては彼女らは、○○のほうも自分たちに好感がであったとも期待していた。
そんな彼女たちからすれば、○○は自分たちを裏切った男に他ならなかった。
それは一方的で、恣意的な想念。だが煮え立つ憤怒がそうさせていた。

 「○○だッ!」

 「そうよ、○○だよッ!」

 舞と里乃は口々に彼の名を、憎悪を込めて叫んだ。すると村人らは、やおら辺りを見回しだした。
で、○○の近くに居た村人が、あっと声を上げて○○を見た。
その声を聞きつけたまた別の誰かが、彼に気付いた。
そうして○○に近い者から順々に、次から次へと○○の所在を悟っていくのであった。
この不穏な流れに彼は顔を青ざめさせた。

 「あいつと遊んだのが原因だよッ、そうとしか思えないッ!」

 彼女らはただ感情のままに叫んでいるわけではなかった。
あらん限りの力で声を張り上げていながらも、その場に居る誰もが聞き取れるものであった。

 「舞の言う通りよッ! だって、ここ最近で、私たちが練習している頃に
○○を見たって人は居ないでしょッ!」

 「違うよっ!」

 咄嗟に○○は二人の言葉を遮るように声を上げた。

 「僕は君たちなんかと遊んでなんかいなかったっ! 
 こ、この子たちは、自分が助かりたいからって僕を悪者にしようとしてるんだっ!」

 「何言ってんのよ、あなたのせいにしたところで私たちがイケニエにされるないわけがないじゃない!
 あなたはヒキョウ者よ!」

 「そうだ、君はヒキョウ者だ! もしかしたら○○もイケニエにならなきゃ
村が大変な事になるかもしれないのに、自分だけ逃げようとしてるんだ!」

 「違うッ! 違うッ! そんなんじゃないッ!」

 ○○は反駁出来なかった。激情に思考を乱されまともな言葉が浮かばなかったからだ。
だから、頭を抱えひたすら否定を叫び続けるしかなかった。

 惑う彼を見て、舞と里乃はほんの僅かながら理性を取り戻していた。
怒り、憎しみ、悲しみ、執着といった情念が消え失せることはないが、
今の自身らの欲求を満たすために頭を働かせることは出来ていた。
即ち、○○を道連れにすること、そして罰として、死んだ後も自分たちのそばに居させることであった。

 然り而してその邪知は今将に奏功するところであった。

 今しがたの二人の言い分に、村の誰もが納得しかかっていたのだ。

 これは法に基づいた裁判ではない。規定された条文のみに従って実施するものとは違う。
そもそも儀式は祀られている神に向けてのものである。
ついては、それらのことについて決めるのも神である。

 もし、決め事通り舞と里乃を生贄に差し出したとしても、それで神が満足しなかったら。
二人の言った通りに、儀式の失敗の原因は○○にあって、その○○を裁くことを望んていたとしたら。

 ○○を差し出さなかったばっかりに、神が怒りを鎮めないことが危惧される。
だが、○○を差し出せば、子供をいたずらに一人失うこと以外に被害は無いかもしれない。

 と、村人たちの中でこういった保身の人情が働くのは無理からぬ話であった。


 ○○はそんな彼らの考えを敏感に感じ取った。
自らに集中する視線が、強欲な追い剥ぎのそれかのように感じていた。

 だから逃げ出した、脱兎の如く。そんな○○を捕まえようとする幾多の手。
これらをその小さな体ですり抜けて、どうにかそこから逃げ出した。

 しかし、その場から逃げ出すことが出来たのは、彼だけの力ではなかった。

 「逃げろ、○○ッ!」

 そう後ろから叫びを受けて、走りながら○○は振り返った。
彼を捕まえようと殺到する村人らの行く手を阻む二人の男女が居た。
それは○○の両親であった。一瞬立ち止まりそうになった。
でも、父と母が押さえ切れず取りこぼした村人らが迫ってくるのを見て、逃げ続けた。
とにかく我武者羅に走り続けた。逃げたところで、宛は無いのに。

 むしろ、何もないからこそであったのだろう。
居場所も、親も、未来も、何もかもを失ったという事実を忘れ、逃避するために。

 やがて疲れ果てた彼は、近くの茂みに身を隠すことにした。周囲に追っ手は居なかった。
ひとまず一休みは出来る。

 茂みの中に座り込みながら○○は、陰鬱に、何かしらの想念を浮かべることもなく、
ただ茫然と途方に暮れていた。身も心も疲弊し、煩悶する力も無かった。
張り詰めていた神経が弛んで、眠気に沈みそうであった。

 そうしてうつらうつらとしていたために、○○は自らに近寄る者の存在に気付けなかった。

 「見ぃつけた」

 聞き覚えのある声が掛かって、○○は一気に覚醒した。しまったと感じた時にはもう遅く、
○○は目の前に居た二人の少女――舞と里乃に組み付かれていて、身動きが取れなくなった。

 「ねえ、逃げないでよ」

 冷たい声で舞が言った。

 「そうだよ、逃げちゃダメ。そうすればもう私たちは怒らないから。
 ね、あんなことしたのは赦してあげるから……」

 と囁きかける里乃は、怒っている風ではなく、微笑んでさえいた。
媚びるような声、或いは勝ち誇ったような声でもあった。
未だ○○への負の感情は健在でも、今の○○の惨めな姿を見て幾分か溜飲が下がったから、
そんなにも穏やかな風を装っていられたのだろう。

 「ははは……」

 「ふふふ……」

 舞も、里乃も、二人とも口や目を、裂けてしまいそうなくらい引き延ばして笑っていた。

 ○○は戦慄し、逃げることはおろか、呼吸もままならなかった。而して叫ぶことも出来なかった。

 「い、いやだ……、いやだ……。助けて……」

 絞り出すようにそういうばかりで碌な抵抗も出来ず、二人によって村に連れ戻されることとなった。
そして三人とも、神への生贄に捧げられた。


 村はその後、何の災厄にも見舞われることはなく、無事平穏を得ることが出来た。
そのための犠牲となった子供三人の親たちは、村から手厚く面倒を見てもらえることとなった。
我が子を失って幸せに暮らせたわけではないが、不自由の無い暮らしは出来た。

 しかし、村はそれだけで事が収束しても、○○の苦悶はまだ終わっておらず、
むしろ始まりはそれからであった。

 舞と里乃は、その後、摩多羅隠岐奈の配下(二童子)である丁礼田と爾子田として
取り立てられ、隠岐奈が領く『後戸の国』に移り住んだのである。
が、何と○○は二人に引き摺られる形でその『後戸の国』に迷い込んでしまったのだ。

 無論、彼は『後戸の国』に招かれた存在ではないため、ただそこを彷徨うだけである。
既に死んでいるその身に苦痛は無いが、変わり映えのない薄気味悪い景色ばかりの世界で、
音もほとんど立たないし、食べ物も無く、においも感じられなければ、何かに触れることも出来ない、
そんな日々を延々と体験させられる無間地獄。

 唯一刺激を受けることが出来る機会といえば、
丁礼田舞と爾子田里乃が時折彼のもとに現れた時である。

 彼女らは人間だった時の記憶は全て無くしている。はずなのだが、
何故か○○への情念だけは覚えていた。
そして二人は、そのことについて深く考えることはせず、ひたすら己らの欲するままに○○とむつむ。
一方の○○も、唯一受けられる刺激にその身を委ねるしかない。

 なお、そんな状況に、舞と里乃の上司である摩多羅隠岐奈は頭を抱えていた。

 自身の同神異体の神が祀られているとある村で、
それまでの二童子の後任として良さげな二人の少女を見つけたので、その神に掛け合った後、
その少女らが生贄になったところで彼女らに声を掛けた。
で、そのままトントン拍子で話が進んで二童子にしたのは良かった。
ところが、その二人に、○○がくっついて来てしまったのである。

 二人を取り立てる際、彼女らに何やら妙なエニシが付いていると隠岐奈も気付いたのだが、
その時は、彼女らを二童子にしてしまえば消えるだろうとそのままにしておいたのだが、
それがこのざまである。

 隠岐奈としても出来るなら○○を二人から切り離して解放してやりたいところなのだが、
どうも二人との因縁と、その種となった因業が強過ぎて切り離せない上に、
下手に切り離して排除したら何が起こるか分かったものではない。
差し当たって二童子の仕事に――○○が絡むと逆らう場合があることを除けば――深刻な影響が無いから、仕方なしにそのまま放置するしかなかったのだ。

 しかしながら、隠岐奈としては、巻き込んでしまった以上、
何かしら彼を厚遇はしてやりたいところであった。人を雇用する立場として福利厚生はしっかりしておきたいし、
あと解放した後に訴えられたら嫌だし、何より巻き込まれた○○が可哀想だ。

 そんなこんなで、隠岐奈は目下頭を悩ませている最中であった。

【完】






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最終更新:2018年08月27日 00:17