悠久輪廻阿求ちゃん
今日も一日が終わった。
ここは幻想郷の人里の一角。
外から幻想郷に迷い込んだ者や、何らかの形で財産を失った者たちが身を寄せ合う、貧乏長屋である。
俺は○○。昔の記憶が少しばかり曖昧なのだが、元は外の世界からやって来た日本人であり、
何故か元の世界に帰る事が出来ないというので、仕方なくこの長屋の世話になっている。
しかし、仕方なくとは言うが住めば都。
住人たちの仲は良く、金欠であってもお裾分けのおかげで食い逸れることは無い。
受けた恩は後できっちりと返す必要はあるのだが、それは礼儀節度の問題だろう。
「おや、○○くん。いま帰りかい?」
「ええ。どうにか今日も無事に終わりましたよ」
うん、実に平和だ。こんなのどかな時間は、外の世界で経験した記憶が無い。
いや、単に忘れているだけなのかもしれないが……。
だが、俺にはもう一つだけ忘れていたことがあった。
「あ、○○兄ちゃん。今日もいっぱいお手がみきてたよ」
近所の子供の言う通り、俺の部屋の前には大量の手紙が置いてあった。
大量と言われても想像がつかないかもしれないが、一言で表すなら、
神社の巫女が使っている何とか陣というのをリアルで再現できそうな感じだ。
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ああ、貴方を思うと胸が高鳴ってしまうのです。
まるで夜空に輝く星々のように心は煌めき、貴方と胸の高鳴りを確かめ合いたく思います。
出来ることなら、大声で叫びたく思います。私はここにいるの、貴方の手で見つけてほしいの、と――。
でも、貴方が気付いてくれるとは限らないでしょう。
ですから私は、この心の内を墨に託して恋文として贈ることに決めたのです。
ええ、贈りましょうとも。百通、千通、二千通。腕が腫れ上がろうとも、したため続けてご覧にいれましょう。
食事などとっている場合では御座いません。
夜空を翔る魔女の如く、秋の山を翔る天狗の如く、疾風怒濤の恋文嵐です。
そう言えば今日から使いの者が変わるのでご了承くださいませ。
何せ、さがさなひで下さひ、と書置きを残して去ってしまうんですもの。
たかだが丑三つ時に手紙を置きに行くだけの簡単な仕事に、何を疲れるというのでしょうか。
そんな情けない方は稗田家には必要御座いません。その程度で私の恋情は止まるものではないのですから。
ところで、先日の文の返事は何時になるのでしょうか。
貴方のような律儀な御方が忘れているとは思えないのですが、私も待ち焦がれているのです。
それこそ、魑魅魍魎になってしまうかと思いました。
まさか、浮気などはしていないでしょうね。
いいえ、きっと貴方の事ですから、相手から一方的に思われているだけなのでしょう。
そんな一方通行な恋慕は、私が穏便に"沈めて"みせましょう。
ああ、でも恋文だけでは足りなく思えてきましたわ。
最近はつい、貴方によく似た人形に愛の一文字を記した紙を張りつけて、
二度と剥がれてしまわないように、釘を打ち込んでしまいますの。
いつか、好き返事をお待ちしておりますわ。
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はじまりが何時だったかは覚えていない。
覚えていないのだが、とにかく俺の部屋に恋文らしきものが送られるようになってから、
すでに一ヶ月は経っていたと思われる。
人間の里のご令嬢。歴史を知る少女。転生の娘。
何度も生まれ変わっては、幻想郷縁起を綴ってきた数奇な運命の持ち主。
稗田阿求。それが、この文の送り主の名前だ。
そんな彼女の、人里の名門である彼女の琴線に、貧乏人の俺の何が触れたのか。
きっと俺には一生理解できないのかもしれない。
別に嬉しくない訳ではない。訳ではないのだが、流石にこの量は困る。
とにかく、この手紙の山を放置しては部屋には入れない。
そう考えた俺は手紙の山を抱えて、体を起こし……その場にうずくまった。
「げ……が……なん……!?」
痛く苦しい。原因不明の症状が、俺の胸に襲い掛かった。
まさか病気か。大して蓄えが無い身で病気などもっての外だと思って、健康にはそれなりに気を付けていたつもりなのだが……。
"貴方によく似た人形に"
"釘を打ち込んでしまいますの"
まさか、な……。
感想
最終更新:2018年10月07日 12:54