幻想入りして数日が経ち、そろそろスマホのバッテリーが尽きようとしている。
俺は残り少ないバッテリーを思い出の曲を聴くのに使うことにした。
人気のない静かな湖畔でヘッドホンを装着。人里から離れた場所で無防備になることが不安だったが、
八百屋で顔を合わせてから何かと世話を焼いてくれるメイドさんが護ってくれるというのでお言葉に甘えることにした。
「素晴らしい曲なのでしょう? 私も聞きたいものね」
咲夜は辺りを警戒しながら俺へと語りかける。
確かに、普通はそういう曲を聞くのだろう。普通は。
「いや、紛うことなきクソだよ。他人に聞かせるようなものじゃねぇ」
俺は音楽プレーヤーアプリを起動してその曲を再生する。
不抜けた音色のせいで真面目な曲のはずなのに笑えてしまうというシロモノだ。
破綻らしい破綻はそれほど多くないが褒められる部分も皆無という残念さ。
「でも、嫌いにはなれねぇんだ。
何度も聞いているうちに好きになれるかもな、とも思ったが駄目だったみたいだ。これで聞き納めだと思うと少し寂しいね」
この曲のことはもう忘れないだろう。これからずっと目の上のたんこぶであり続ける気がする。
「……なんで、俺は最後にクソみたいな思い出を振り返ってるんだろうな。家族写真とか、見るべきものはいくらでもあったのに」
家族や友人と笑いあった思い出よりも人を指さして笑った思い出の方が強いというのがやるせない。
「他人の嫌なところばかりが目についてしょうがないんだ」
俺は完全で瀟洒な従者の方をちらりと見る。そう呼ばれるだけあって、彼女はあの曲とは別の意味で目の上のたんこぶだ。
視線に気付いた咲夜は一つ俺に質問をする。
「そんなあなたの目に、私はどう写っているのかしら」
分かってて言ってるだろこいつ。
「人間のくせに人間臭さがない」
「褒め言葉と受け取っておきますわ」
「……いつかその化けの皮を剥いでやる」
咲夜には隙らしい隙が見つからない。それを薄気味悪く感じる。
彼女の顔を見かける度に気が付くと目で追って、必死に彼女の粗探しをしている俺が居る。
「それはとても嬉しい宣言ね。
私のことが嫌いではないのでしょう? それで十分よ。最高と言ってもいい」
俺と咲夜は顔を見合わせる。
こいつが俺を好ましく思ってくれていることは薄々感じ取っていたが、どうもおかしな方向に行ってはいまいか。
「お前、それでいいのか?」
今の俺は無意識に彼女のことを考えてしまうようになっている。
だが、それは悪口を言いたい、気持ち悪いといった負の感情に由来するものである。
仲良くしたい、愛しているといった真っ当な関係性にはこのままでは永遠に届かないのだ。
「俺だって人並みの恋人みたいな関係には憧れてるんだ。そうなれる可能性を捨ててしまってもいいのか?」
俺は咲夜の言葉を待った。
少しして、咲夜は口を開く。
「ええ」
俺は何も言わずにヘッドホンの音量を上げた。
感想
最終更新:2018年11月26日 00:29