猫色骨董店3
朝晩の気温が涼しさを通り過ぎて冷たくなってきた頃、骨董店の中には心地よい空気が流れていた。
部屋の中に店員が煎れたコーヒーの香りがフワリと漂う。
インスタントとは違う風味を舌に感じながら、店員はいつも座っている椅子にゆったりと腰掛けていた。
いつの間にか舌がこの味に馴染んでいた事に気が付いて、溜息にも似た息が彼の口から吐き出される。
知らぬ間に彼女の内側に取り込まれているような、そんな気持ちがふと心を過ぎった。
ドアが開き、客が一人入って来た。
ウインドブレーカーを目深に被り、ゆったりとした服を来ていても、女性の客が入ってきたことは直ぐに店員には分かった。
客(の一部分)に目を寄せられながらも店員が声を掛ける。
手元に居る猫が素早く店員の手を引っ掻いた。
「いたた…お客さん、何をお探しですか?」
店員が女性に声を掛けると女性がビクリと震える。
「え…。ちょっ…とxxx…を探x…。」
小さく途切れ途切れに帰って来る声を良く聞こうと、店員が身を乗り出そうとすると猫が一声鳴いた。
茶色と白が彩られた前足が一つの商品を示す。女性の顔がそちらに吸い寄せられた。
「あっ…、これ…」
猫が再度鳴くと、女性が怖ず怖ずと財布を開いた。
「これ、く…下さ…ぃ。」
店員から奪うようにして月の兎が作ったメガホンを手に取ると、女性は商品を抱え込むようにして店を出た。
彼女はそれから暫くして再びこの店を訪れた。
かつて被っていたフードと服は同じであったが、内側からはかつてと違い濃密な匂いがあふれ出ていた。
異性を吸い寄せるような、或いは惑わせるような何か。
勝手に魅了されてしまいそうになるのを、手の甲についた傷跡を机の下で抓りながら店員は密かに堪えていた。
一度目の悲劇を二度繰り返すのは喜劇である-但し本人を除いた周囲にとっては、の話しであるが。
「こちら、お返しします。」
堂々とした足取りで歩み寄り、フードを取った女性が催眠銃を返す。
大きな耳が布の下から現れていた。
「お、お気に召しませんでしたか…?」
女性の色香に押されるかのように店員が問いかける。二人は以前とはすっかり逆の立場となっていた。
「いえいえ、私、気がついたんですよ…。」
「何にですか…。」
「物に頼らなくっても、月はいつでも空にあることに。」
女性の視線が下がり、机をのぞき込むような体制になる。
相手の体が近づき、店員は自分の吸う空気が相手の体温で押しつぶされていくかのような圧迫感を感じた。
「ふふ…。」
自分の紅い唇に長い爪を立てながら女性が視線を猫に合わせる。
自分の目前の空間に、大きく亀裂が入る様を店員は幻視した。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ…。」
からかうことに満足したのか、そう言った後で彼女は店を出て行った。放心する店員の膝の上で猫が不機嫌そう
に一声鳴いた。
感想
最終更新:2018年12月16日 21:11