「-----。」
 その言葉に場の空気が凍りついた。
何気ない会話の中での何気ない言葉。されども発せられた声は耳を貫いて、聞いた者の脳を揺さぶった。
「なんだ、結局女の方に全部握られているだけじゃないか○○。男の風上にも置けない情けない野郎だ。」
ピクリとさとりの目が動く。いくら心の中の声を読んでいる彼女であっても、
それが実際に言われたとなれば、それはまた違うものなのであろう。
取り分けそれが自分の大切な人への雑言ともなれば。
テーブルの下で○○を庇うように添えられていた、さとりの指がピクリと動いた。
「あら、それでは男らしいとは何でしょうか?是非とも教えて頂きたいものですね。」
挑むようにさとりが相手に言葉を返す。
丁寧な、ともすれば慇懃さを与えかねない言葉遣いは普段と同じであったが、
一段と低いトーンが隣にいる○○に対しては言葉よりも雄弁に、さとりの怒りを伝えていた。
「ふん、そんな物は単純な事だ。」
男は尊大に返す。横に居る自分の所有物達を見せつけるかのように。
「男らしくいかにいい女を、そして、多くの女を自分の物にするかだ。」
-最も-と正面に首を返しながら男は付け加える。
「そちらの亭主殿にはそんな意気地も気概も無い様だがな。竹林の姫君ならば兎も角も、
陰気な地底妖怪一人に振り回されているなんてハッキリ言って○○、お前には失望した。」
その言葉を聞いたさとりは、ニヤリと口元を歪ませた。
村の有力者たる相手から明確な悪意を向けられてもなお、さとりは薄笑いを浮かべていた。
心が読める妖怪にとっては、たかが数十年しか生きない人間の言葉などはたかが知れているとでもいうように。
まるで、強かかに打ち付けられて地面に這いつくばらされながらも、必死に人間に威嚇をする害獣を見るかのように。
「こちらも残念ですね…。それがもう直にあなたの命取りになりますから。」
「…興が削がれた。お前達、帰るぞ。」
「それではこちらも帰りましょうか、○○さん。」
思ったような反応を示さないさとりに興味が失せた男は、連れだった女達を引き連れて去って行く。
去り際にさとりが男に向けて別れの言葉を告げた。

「健康にはお気を付けて。」
「…ご忠告痛み入る。」
背中越しに交わされた言葉は、風に乗ってフワリと消えていった。

 さとりと二人だけになった○○がさとりに声を掛けようとすると、先にさとりが○○に話しかけてきた。
「大丈夫です。○○さんは世界一凄い人ですから。」
「そ、そんなのじゃなくって…。」
さとりを気遣おうとする○○の言葉を止めるかのように、さとりが○○を抱きしめる。
「大丈夫です。他の人が○○さんにどんなことを言おうとも、私は○○さんのことを愛していますから。
どんな○○さんでも、私にとっては一番大切な人ですから。○○さんが自分をどんなに駄目だと思っても、
それでも私は○○さんと一緒に、側に居たいんですから。ですから、そんなに自分のことを悪く思わないで下さいね…。」
言葉が出なくなった○○に、なおもさとりが語りかける。母が幼子を抱きしめて話すかのように。
「○○さんが私を気遣ってくれることだけで、私は嬉しいんですよ。」
-ですから-とさとりが耳元に口を近づけて○○に囁く。
「○○さんを傷付けた最低のあの男が、馬鹿みたいに侍らせている女がこっそり持っている病によって、
苦しんでいくところを二人でゆっくりと見ましょうね。」
甘い砂糖で理性を溶かされた○○の心に、一滴の墨が垂らされた。






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最終更新:2018年12月16日 21:19