猫色骨董店4

 台風が一頻り暴れ、街を荒らして通り過ぎた次の日の朝、店員はいつものように椅子に座って店番をしていた。
ビルの外では通りを挟んで停電が続いていたり、強風で割れた硝子や散らかった物の後片付けをしているのだが、
この店は不思議と台風が暴れている間でも何も起こらなかった-まるで結界に守られているかのように。
 目を閉じた猫の背を時折店員の指が這う。
そんな空間の中で、一人の男が机にしがみつくようにして店員に縋っていた。
殆ど動かない店員に向けて男が変わらずに訴える
。今朝から来たこの男は小一時間ほど机の前で粘っていた。
「なあ頼むよ、お兄さん。この間の奴が欲しいんだよ。」
あれやこれやと店員に頼み続ける男。
かれこれ男は長い間店員に絡んでいたが、店員の方は何処吹く風といった案配であった。
「そうは申しましても…。あれは一品物ですからね…。」
猫を撫でながら男を躱す店員。必死に店員にせがむ男を対照的にのらりくらりと言葉を交わしていた。
「あれが無いと駄目なんだよ…。一回やったらもう、あれ無しじゃ駄目なんだよ。」
「残念ながらここには有りませんからね。次に入荷するかも分かりませんし…。」
どこかおかしくなってしまった男であるが、店員は変わらずにあしらう。
二人の言葉を聞いていた猫が、いい加減飽きたかのように目を開けた。


「でしたら、こちらは如何でしょうか。」
不意に男の後ろから声がした。室内で白い日傘がクルリと回されて、パチリと閉じられる。
緑色の髪をした女性が男の方にゆっくりと歩み寄り手を差し出した。
体半分で振り返った男の前に和紙で包まれた粉薬が差し出される。
後ろを向こうとして首をいっぱいまで曲げていた男の唇から、涎が一筋つっと滴った。
「-----」
ゆっくりとした足取りのまま男の横まで回り込んだ女性が、男に包みを握らせてから耳元に口を近づけて何やら囁いた。
するとあれだけ店員にしつこく絡んでいた男が、あっさりと店から出て行ってしまった。
女性がそのまま店員の方に近づいてくる。
男が絡んでいた間ずっと店員の膝の上を占領していた猫が、カウンターの上に飛び乗った。
「こちら、お騒がせしてしまったお詫びのお品です。」
先程と同じ包みを女性が差し出す。
「は、はあ…。」
あっさりと男を従えた女性に対して困惑している店員をそのままに、女性は猫に軽く会釈をしてから店を出ていった。
未だに何が何だが分かっていない店員が女性を目で見送った後でカウンターに視線を戻すと、
いつの間にか先程の包みは無くなっていた。
台所の方に少女の後ろ姿が見える。
少女は丁度、コンロで燃やした物をシンクの排水口に流しこんでいる所だった。
少女の行動に想像がついた店員が抗議の声をあげる。
「おいおい橙、ひょっとしてあの商品を燃やしちゃったのかい?確か結構な値段だったと思うんだよ、あれ。」
「他の女からのプレゼントなんて知ーらない。」
少女のスカートからは、嬉しそうに揺れる二本の尻尾が飛び出していた。






感想

名前:
コメント:




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2018年12月16日 21:23